イカサマ使い
詠唱のひとつだとか、魔術名を叫ぶだとかいうことは一切なく、ただかけ声のみで放たれた火魔術は火球のようだった。
クリフォードの手から放たれたその火球は、少し離れたところにある的まで一直線に当たって爆発する。
「こんな感じです」
「いやいやいやいや、え、何、そんな雑に発動するの!?」
「雑というか…」
少し詳しく話を聞いてみると、魔術を行使するには、本来はいくつかの段階があるのだという。
まずは魔力。魔力相性ともいうが、最初に魔術属性と自分の魔力との相性を見極め、一番相性の良いものの初級術を学ぶのが一般的なのだとか。
それから詠唱。魔術が誕生した頃は特定の詠唱がなかったらしいが、数百年前に賢者と呼ばれた人物によって、汎用的な詠唱が広まったらしい。これは魔力がうまく魔術発動のためのトリガーに変質するのを助ける働きがあるとかで、今では世界のほとんどの地域で用いられている。
そして最後に魔術名。これがトリガーだ。先の賢者によって、詠唱と共にこの術名も広く普及したらしい。これが広まるまでは、各々が一番いいトリガーとなる名を独自で探し、そして見つけた者は秘匿して自分だけの力としていたのだそうだ。
この面倒な段階を、魔力を持つ貴族は幼少の時からコツコツと学び、力を高め、行使に至るまでに修練するのだが、伊織やクリフォードのようにスキル付与された者には当てはまらない。
魔力操作以外のほとんどをスキルが補助してくれるのだ。極論を言えばイメージと魔力操作だけで、トリガーがなくとも発動できてしまうのだ。反則と言わずして何と言おう。
「それでも高度な魔術となると、術名はトリガーとしてあった方が安定するらしいです」
「らしい、ねえ?アレクシス殿はそうしてるってこと?」
「はい。…しかし兄上の場合は術名を口にすることで、味方に心構えをさせる意図もあるようです」
それはそうか、と伊織は納得する。
急に何かの術を放って、それがどういった術なのかを目の前の光景で素早く判断するのはおそらく無理というものだ。しかし近くにいる味方、声の聞こえる範囲ぐらいならば、その瞬間に放った術を「言葉」から理解することが出来るだろう。
(あるいは…無詠唱でも術名は必要である、という印象付けかもしれない)
魅了などの危険は排除したとはいえ、実の弟を囮に使う男だ。自分の行動すらも、いつか何らかの時に使えるエサにしている可能性はあるだろう。
しかし、そういう理由があるとなると、気になる事がある。
「クリフォード殿がその術名を発しないのは、何か理由が?」
「……あっ、いや…その、滅多に人前では使わないから…忘れてたんです…」
「んん?」
「あの、兄上には黙ってて貰えませんか…?」
伊織の質問に対して分かりやすく動揺するクリフォード。しどろもどろになりながらも観念した様子でうなだれる。
理由を聞けば、いつも魔術を使う時というのが戦闘の最前線、単騎で駆けている場面がほとんどなのだという。そんな時に、いちいち慣れない術名を思い出した上でさらに声を発するという、その僅かな時間はとても惜しいものだ。
ただ、兄に黙っていてほしいと言っていることから分かるように、アレクシスは術名まで破棄できることを周囲には知られたくないようだ。とはいえ。
(……アレクシス殿がそれを見越してないとは考えにくい。あの人のことだし、どうとでも誤魔化すんだろうなあ)
その後、伊織自身は術名破棄をしないようにと固く決心しつつ、この一件はバレるまでは黙っておこうということになった。おそらくバレている後かもしれないが。
そして本題の魔術発動である。
「ファイアバレット」
少しの魔力操作ができればいい。確かにクリフォードはそう言った。
まさか最初から上手くいくとも思っていない伊織だが、言われたままに少しだけ魔力に意識を傾けてみると、不思議と魔術の発動する感覚が分かった。
スキルによる補助なのだろうが、いままで自分の中に存在しなかったものが、感覚としても馴染んでいるというのが不気味ですらある。
そうして教えてもらった初級術の術名を発すると、伊織の手からクリフォードが放ったのと同じような火球が的に向かい、そして爆発する。
自分の中の中二病は絶対に喜んでいるはずなのに、34歳の現実を見る自分がこれを否定する。
「やはり問題なかったようですね。とても綺麗に発動しました」
「…………っ」
これは、だめだ。
ゲームならば手っ取り早く強くなったり、強力で簡単な飛び道具が最初から搭載されているのは歓迎するところだ。
だが、何の努力も、身を削る苦労もなく身につけられた力は、現実で目にすると尻込みしてしまう。
――これを反射で使って、取り返しのつかないことになったら?
「イオリ殿?」
「…何でもないです。それで、この魔術はどこで使う予定で?」
「ああ、メルガルト森林という場所があるのですが、そこで演習の予定です」
演習ということは何度も通っている場所なのだろう。伊織は先ほどの考え事ですっかりとそれ以外のことを聞くのを忘れてしまっていた。
何日かけて向かうのか、何を標的とするのか、その標的のレベルはどれほどか…
普段の伊織ならば突っ込んで聞いていた内容だが、これが後に頭痛の種となる。
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訓練を終えたあと、伊織はクリフォードと食堂へと連れ立って向かっていた。
さすがに毎食を部屋に運んで貰うなどと、一体どこの深窓のお嬢様だろうか、という思考が働いてしまった結果だ。最初こそありがたかったが、次第に罪悪感が出てきたのだ。
もともと仕事でも食堂は利用していたし、と自分に理由を言い聞かせているというわけだ。
それに、純粋に食堂も気になってはいたのも事実だ。
そうして少し浮かれながら歩いていた伊織だが、クリフォードと並んでいることで雰囲気が違うことには気づいていた。
騎士やほとんどのメイドたちからは、ミカゲの縁者であるためか概ね好意が向けられていたのだが、一部からどうにも不穏なものを感じる。
チリチリとした視線には悪意が混じっている。高校時代に隼人とつるんでいた頃にも経験しているから、何となくその辺りの機微ぐらいは分かる。というか、何度かそういう文句を言いに来た同級生がいたので、そういうものだと認識をしたに過ぎないが。
この悪意の中に、アレクシスの言うところの下手人が居るのだとしたら、少し拍子抜けかもしれない。
こういう機微に疎い伊織に気づかれるぐらいだ。ちょっと探ればすぐにでもボロが出てきそうな感じがする。
「どうされました?」
「ちょっとねえ。それより食堂って初めてなんで、オススメでも教えてくださいよ」
「そうですね――」
仮にこれが実行犯からの視線だとすると、これほどレベルが低いのは果たして策か否か。
伊織では判断がつかないので、しばらくはアレクシスに報告を上げながら様子見といったところだろう。
それはそれとして、辺境伯家の食堂のレベルの高さに舌鼓を打つのは忘れない。
夕食を終えると、その後は他愛のない雑談をして部屋に戻る。今日も色々とあって精神的に疲れてはいるが、今朝の反省を生かさなければならない。
ソファーに沈み込んでスキル画面を一気に出す。
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イオリ・ミカゲ
Lv:35
HP:360/MP:14598
力:32 知力:101
素早さ:56 体力: 26
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午前中に6000以上のMPを使ってはいるが、あれから半日の時間が経過しているので、全快とはいかないまでも回復した状態になっている。
「ていうかこれ一時間でどんぐらい回復するんだろうな。まあ、また追々調べていくか」
最初に生成した時の失敗を思い出し、まずはMPの計算をする。
アレクシスは確か下限は一割ほどだと言っていた。ということは1460ほど残せば問題はないだろう。不安なので保険をかけて1600ほどは残すとしても、13000ほどは使用できる。
さて何を生成するか。状態異常への耐性スキルは全部生成してしまったので、早い段階で基礎能力を向上させるのが上策だろう。
属性耐性や物理耐性といった防御系のスキルも、スキル画面上に【生成可能】といわんばかりにグレー文字で表示されているが、まずは下地をどうにかしなければならない。
そんなわけで【基礎能力】スキルの四つを上げていくことにする。
半端に上げたくないので先に計算をしたいところなのだが、レベル上限が分からないので手探りでいくしかない。
最初にすべてをLv.1まで上げたので、次はLv.2からになる。Lv.1では50だった消費MPがLv.2では100になっている。これが倍々になっていくのか、等差なのかは分からないが一旦すべてを生成してみる。
【剛力】Lv.2をMP:100で生成
【金剛】Lv.2をMP:100で生成
【疾風】Lv.2をMP:100で生成
【叡智】Lv.2をMP:100で生成
【基礎能力の統括をします】
【基礎能力Lv.2】を生成
するとグレー文字で現れたLv.3はどうやら150のMP消費で生成できるようでほっと一息つく。
これが倍々だったら恐ろしいMP消費量になっていたはずだ。
とりあえずLv.10と仮定してLv.3以降を計算してみると、1スキルにつき2600のMP消費が必要となる。その4倍で10400、今の消費と合わせて10800でセーフだ。
すぐさま連打の勢いで生成をするとログがどんどん流れていく。
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【叡智】Lv.9をMP:450で生成
【基礎能力の統括をします】
【基礎能力Lv.9】を生成
【剛力】Lv.MAXをMP:500で生成
【金剛】Lv.MAXをMP:500で生成
【疾風】Lv.MAXをMP:500で生成
【叡智】Lv.MAXをMP:500で生成
【基礎能力の統括をします】
【基礎能力Lv.MAX】を生成
【上位スキルがアンロックされました】
「やっぱ10が上限か…うん?」
ログの最後に妙な文字列が見えたので、スキル画面を見てみるとグレー文字が増えている。
基礎能力の場所に【金剛・堅】【剛力・豪】【疾風・迅】【叡智・識】という4つだ。純粋にパーセンテージが上がるならば上位という表記でなくともいい気がするが、と不思議に思うがもうMPに余裕がないので試すことはできない。
「まあ、また明日生成すりゃいいか。ギリでセットもできそうだし、今日はここまでっと」
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イオリ・ミカゲ
Lv:35
HP:437/MP:17780
力:39 知力:122
素早さ:68 体力: 31
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何もしてないのにステータスが爆上がりしていて申し訳ない気分になる。
しかし念願のHP400がこんなにすぐに達成できるとは、とほくほくした気分にもなる。
これがどのぐらいの上昇率なのかはちゃんと計算をしなければならないだろうが、今日はもう疲れたので、「面倒なことは明日に回すに限る」とばかりに、日本に居た頃では考えられないほど早い時間にベッドに入る。
枕を抱え込むようにうつ伏せになると、ほどなくして眠気がやってくるのも伊織が日本に居た頃では考えられない事だ。
案外、こちらにやって来たのも良いことが多いらしい。
そんなことを思いながら眠りに落ちた。
――同時刻、アレクシスが行動を開始していた。




