ステータスとスキル3
食事を部屋に用意して貰うのはとても贅沢だと思う。
食堂でいいと言ったのだが、まだ色々と周知させる内容を考えているため、あまり多くの使用人の目には触れない方がいいとか何とか。
さすがに血縁が伝説とも呼ばれるとその辺りは慎重にならざるを得ないのだろう。
居候だと認識している伊織はそれに否やもなく従うことにした。
そういえば昨日は病み上がりに魔力枯渇状態での食事だったため、この世界でのまともな食事というのは今日が初めてになる。
とはいえ伊織の朝食はいつも食が細い。寝起きが悪いというのもあるが、日本では食べない日もままあった。
こちらに来てもさほどの空腹感はなかったので、軽めに用意をして貰った。
そして昼食。今度は事情が変わって少し量を摂る。
付け焼き刃のマナーを頭の隅から引っ張り出して、メインの肉料理にどうにか手をつける。
朝の時点で薄々気づいていたが、ここの食事は思っているよりも薄味で伊織好みだ。
西洋風の世界だから少し懸念をしていたのだが、ソースは最低限とも言っていい量だし、素材の下味も濃すぎない。
食への興味が薄い伊織でも、さすがに美味しいと思わず口にした。直後にマリアが「イツキ様がお好みになったそうですよ」と疑問を解消してくれた。
ロクなことをしてない兄だと思っていたが、今この瞬間だけは拝みたいほどに感謝をした。
食はやる気を左右する。好みが合うならそれだけで頑張っていけそうだ。
閑話休題。
クリフォードはどこにいるかをマリアに尋ねてみると、午後に限らず大体鍛錬場にいるとのこと。
どこまで期待を裏切らない鍛錬バカなのか。最初の印象通りとはさすがに伊織も思っていなかった。
何もかもをマリアに頼るのは少し心苦しいが、彼女は嫌な顔をすることもなく案内までしてくれた。
そして鍛錬場に来てみれば、ヴェラー家に仕える騎士たちと一緒に鍛錬をしているクリフォードの姿が見えた。
(隣のクラスに行って特定人物を呼び出すミッションによく似ている)
そして伊織はそういうことが大変に苦手だった。必要以上のコミュニケーションを嫌っていたといってもいいが。
どうやってクリフォードに話を振るかと思っていたが、彼の方が先に伊織に気づいたらしく、都合のいいことに一人で駆けてきた。
「イオリ殿。こんなところまでどうされました?」
「いやまあ…初日なので色々と見学させてもらっているところですよ。今後色々と考えなきゃならないこともありますしね」
「…?そうですか。あまり見ていて面白いものではないと思いますが、来ていただけたことは嬉しく思います」
「………」
想定以上の好意ベクトルが自分へ向いていることに、さすがの伊織も気づいている。
気づいてはいるが、どう対処をしたものかなと思うだけしかできない。
伝説の血筋というだけでここまでの好意が向けられるものだろうか。それ以外の理由がありそうだが、目の前の男に表裏があるかと言われるとどうだろうと首を傾げざるを得ない。
「いや、まあ、うん。これから偶にお邪魔するかもしれませんし…その時には何か教えを乞う事もあるでしょう。改めて挨拶といきませんか?」
苦しい。言い訳が非常に苦しい。
しかし丸っきりの嘘というわけでもない。アレクシスからでは教われない、直接戦闘などはクリフォードに聞いた方がいいだろう、とは考えていたからだ。
自分ではどうしても搦め手や安全策など、真っ向勝負の思考にはならない。
そういう相手に立ち向かうわけではないが、護身の意味で知っておいた方がいいだろう。
差し出した右手を見てクリフォードは少し瞠目したようだが、すぐに目を細めると握手に応じてくれた。
(…かかった)
まるで罠に嵌めたような言いようだが、黙って相手のスキルに干渉しているという点では同じかもしれない。
事前に用意していた【混乱耐性】と【魅了耐性】を素早くセットする。
ちなみに昨日はLv.4までしか作れなかった【魅了耐性】だが、今後何度も同じことを黙ってするわけにもいかないので、MPを1500払ってLv.MAXを生成しておいた。
今日はすでにアレクシスに対してMP1400を消費している。そしてクリフォードに対しても生成とセットでMP5000を消費した。
アレクシスとの話から数時間でいくらか回復しているとはいえ、トータルで6400ものMPをぽーんと使える自分のMPって凄いよなあ、と自画自賛していたりする。
そんなことを思いながらクリフォードを見上げ、仕事をやりきったことに満足していると、周囲がわずかに騒めいた。
どうした、スキル付与したのがバレたのか、と怯んで思わず手を引っ込めてきょろりと見渡す。
「たぶん、貴女が珍しいんだと思います」
「めず…珍獣見るようなのはちょっと」
「ああ、いえ、そうではなく。この場で臆さない女性は稀なので」
「ふうん?」
こちらを見ているのは年若い騎士のような人たち。
鍛錬を始めようというところだったのか、数人に同時に見られるというのは何とも居心地が悪い。ので、早い段階で撤退しておきたい。
「まあ、様子見に来ただけだし、邪魔になりそうだから退散しますよ」
「邪魔になど…それより、オレには敬語などいりませんよ?」
「さーすがにね。昨日のはアレだ、ちょっと虫の居所が悪かっただけですよ」
「いらないというか、必要ないですので遠慮なく」
「話聞かねえなあ!?」
この辺りは実は兄の斎に似ていたりするのだが、冷静ではない伊織はまだ気づいていなかった。
後になって「そういえば斎も話を聞かない」と思い出すのだが、同時に「アレクシスもそういう可能性があるのでは?」と気づいてしまって戦々恐々とすることになる。
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「…見たか?」
「見ました。どなたなんです?あれ」
「イオリ・ミカゲ様…イツキ様の妹だそうだ」
「は?あれって60年ぐらい前の話じゃ…」
「イツキ様は異世界の方だぞ。異世界がここと同じ時間の進み方をしてるとは限らん。いや、それよりだ」
「クリフォード様ですよね。あの方ちゃんと人間だったんですね…」
「お前言うよな。まあ俺も思ったけど…」
ひそひそと、三人の騎士が固まって伊織とクリフォードを見ながら好き勝手言っている。
ヴェラーお抱えの騎士といえば響きはいいが、実際のところはまだまだ見習いといった若者たちだ。
上司がこの場にいたならば一喝されただろうが、そうでないなら興味話に花を咲かせるのも無理はないことだ。
「あの人、笑えたんだな」
「表情筋はとうに死んでるものだと思ってました」
「お前ほんとひでえな」
約一名の言葉が容赦ないが、二人とも内容自体には異論はないらしい。
なにせクリフォードは見た目通りの堅物で、口角すら上がったことがあっただろうか?との印象を持たれている。融通が利かないわけではないのだが、常に淡々と物事をこなしていたから、機械人形の類ではないかと噂されるほどに。
そしてそれはこの騎士団においては正しかった…少なくとも今日までは。
「どんな心境の変化なんだろうな。あの人…ええと、イオリ様だっけ?あの人に原因が?」
「それはそうでしょう。イツキ様のお身内となれば、聞きたいこともあるのでは?」
「うーん?それにしちゃ距離感がおかしい気がするが…」
「……お前ら、無駄口とはいい度胸だ」
「「「え」」」
背後から聞こえた声に、三人同時にびくりと肩を跳ねさせる。
声で誰だか分かってしまったものの、その方向を見ないわけにもいかず、恐る恐る振り返る。
そこには三人の思った通りに小隊長が立っていたし、とてもいい笑顔をしていたものだから思わず半歩足を下げてしまう。
なんとか意識を逸らせないかと、同じく立ち話をしていたクリフォードの姿を探すが、視界の端に鍛錬をしている姿を見つけてしまった。
「さて、とても元気があるようだから、お前ら今日は特別に俺が稽古をつけてやろう」
三人の顔がざっと青くなる。
声なき悲鳴を上げる三人の様子を、周囲の騎士は皆哀れんだ目で見ていたという。




