ステータスとスキル2
「ああ、やっぱり」
伊織が決してアレクシスを怒らせまいと決意しているとは露知らず、彼は伊織のスキル画面を眺めていたようで。
彼の見た伊織のスキル画面に触れると、自分のスキル画面から何やらスライドさせて移動させたように見えた。
不思議に思い、自分のスキル画面を開くと自分のものではないスキルが付与されている。具体的に言うと【火魔術:中級】がだ。
「アレクシス殿…?」
「ああ、鑑定を通してスキルセットが出来るんだよ。といっても、基礎ステータスに制限があるみたいで、中級魔術は付与される側の知力が100近くは必要みたいだね。これは新たな発見だ」
「いやそういうことではなく」
分かっていてやってるのではなかろうな、と思わず半目になる。
もしくは、少し早口になっている辺り随分と興奮しているようなのでこれが素だろうか。
「いやあ、クリフォードでも試したんだけどね。あの子は知力が足りないのか初級しかセットできなくて」
この男、好奇心の塊…もとい、ゲーマーとしての素質があるのでは。
取説もチュートリアルもなしに手探りで未知のシステムに挑むこと、そしてそれを楽しめるのは才能だ。
「そもそもセットできる対象がいなくてね。これで色々と分かることが増えそうだ」
…確かに才能ではあるが、ここに自分が巻き込まれることが確定しているのを分かってしまうと複雑な感情にもなる。
どちらにせよ伊織も試行錯誤で同じことをしなければならないのだが。
「ところでイオリ殿、貴女のスキルはどうなのだろう」
「え?ああ、付与ばかりですね。…付与します?」
「是非!」
キラキラとした表情で詰め寄られると苦笑しかできない。
とりあえず期待されているのならば、基礎ステータスを上げてあげよう。スキル自体のレベルはまだ低いが、僅かでも上がるなら次回にも期待してもらえるだろう。
付与するスキルはカードの扱いが一番近い。
一枚のカードを生成して、一枚をセットするのがルールといっていい。
【基礎能力】は現時点で伊織自身にセットしているから、他人に付与するには新たに生成をしなければならない。
【基礎能力】Lv.1をMP:200で生成
【基礎能力】自体は四つのスキルが統合されて生成されたものだが、一度生成されたらその過程は省略されるようである。これを同MPを払ってアレクシスにセットする。
あとは…そう、貴族であるならば、と伊織の勝手なイメージでスキルをもう一つ生成して付与する。
「――!?イ、イオリ殿、まさか基礎ステータスがいじれるのか…?」
「そうですね。まだレベル1なんで微々たるものですが」
「いや、それでも無条件でこんなに上げられるなんて…」
まず付与したのは四つの基礎ステータスを7%上昇させる【基礎能力】スキル。
まだLv.1なのでMPは200で付与できるからノーリスクといえばノーリスクだ。
精製コストが倍々で増えていくのなら、最終的にセットするだけでMPは20000もかかるが、それはまあ今後のレベルとMPの上がり方と相談といったところだろう。
改めてアレクシスのステータスを確認してみる。
――――――――――
アレクシス・アラン・ヴェラー
Lv:120
HP:1425+100/MP:6520+456
力:92+8 知力:163+11
素早さ:90+6 体力:95+6
――――――――――
もとが高い数値だったため、パーセンテージで上昇する付与スキルで更におかしい数値になっていた。
それよりも、知力や体力を上げるとHPやMPの値が増えるのは収穫かもしれない。
低レベルのうえ素の数値が低い伊織にも僅かながら希望が見えた。HPは4桁を目標としよう。
体力を7%上げてもHP400にすら届いていない現状は悲しくなる。
「どれか一つなら一気に上げられますけど、レベルとMPを上げないと付与頻度については何とも。あともう一つの付与ですが――」
「…イオリ殿。もう一つのこれは…これは、外には出せない」
アレクシスは眉をひそめてステータス画面を見ている。
おそらく付与されたスキルを鑑定しているのだろうが、何かまずかっただろうか。
伊織が付与したもう一つのスキルとは、【毒耐性】だ。
「貴族には毒殺はつきもの」という勝手な想像で、よかれと思って付与をした。
これがなかなかの壊れスキルで、上限であるレベルMAXとなると完全に防ぐことができるらしい。他の耐性スキルも同確率での防御率だ。
「まだ色々教えてもらう過程なんですから外には出ませんよ。それとも、もしかして不要でしたか?」
「いいや逆だ、有用すぎる。…だからこそ…貴女はもう、ヴェラー家から独り立ちなどさせられなくなった」
「え?」
最初に会った時のような柔和さは消え、どうやら深刻な話になってしまったらしい。
【毒耐性】でこれならば、他の耐性スキルも大ごとになるのでは。
「でも、付与できるのは私たちの間だけでしょう?口外しなければ露見することも…」
「人の口に戸は立てられないものだよ。貴女は私と違って付与に特化しているから、対象が広がることも考えられる。…それに、これは口に出さずとも露見する可能性がある」
「――!?」
言葉にせずとも露見するというのは、つまり、このスキルを持つ者が毒を盛られて無症状でいること。
まだスキルの効果を発揮したことがないから、服毒時にどういう過程で毒に対抗するかは分からないが、盛った方としては想定の症状が出ないので疑うには十分だろう。
もしくは、次はもっと酷いものを盛ってくるかもしれないし、毒が効かないのがその一人だけではなく、周囲の人間もだとしたら付与スキルの可能性を疑われる。そうなれば――
「…貴女を利用して、静かに国崩しができるというのが最悪だ」
このスキルの悪用は、どうやって対象に毒を飲ませるかという問題が消え去るのだ。
同じグラスに同じボトルから注がれたワイン、更に本来渡す相手を変えられたとしても、盛る側にリスクがないならば全てに等しく毒を仕込めるし被害者にもなれる。これではいかに用心深い貴族とて避けるのは難しい。
「…耐性スキルは使わない方がいいと?」
「ダンジョンや郊外ならともかく、街中ではそうだね……待って、耐性スキル?」
「いやまあ、言いにくいんですけど、他にも【麻痺耐性】【混乱耐性】【魅了耐性】というものが」
「…私のステータスをとやかく言っていたけど、貴女も大概だよ」
盛大なため息とともに目頭を揉むアレクシス。
今の話を聞くとそういう自覚も少しは出てきたが、そもそもが大概な目の前の男に言われてしまうと釈然としないものがある。
「…まあ、【混乱耐性】と【魅了耐性】は常時付与でもいいだろうか…。というか、クリフに付与してやってくれないか?」
「クリフォード殿に?」
「あいつの性格を見ると分かるだろう…?魔力耐性もそれほど高くないし、心配なんだよ」
ああ、と納得してしまう。まだ少ししか接していないものの、思い込みは強そうだし、根が真面目そうなので、一度方向を定められてしまうと解除が難しそうだ。
「それにあいつは同じスキルをセットし続けてる前衛タイプだから、滅多にスキル画面を開かない」
「知らん間に変なスキル付与されてたらどうするつもりなんです」
今度は伊織が目頭を揉むことになる。
折角スキル画面でそれを防ぐことができるというのに、活用しないとは何と勿体ない。
「…まあ午後にでも会ったら握手がてら勝手に付与だけしますよ。どうせアレクシス殿と同じでレベルも高いんでしょうし、触れなきゃならんでしょ?」
「今いくつだったかな、100少しだったと思うから…そうだね」
ついでに、先ほど気になった世間のレベル平均というのも聞いてみたら、冒険者などの一般人であるなら50もあれば相当の腕利きということだ。数多い冒険者の中でも一握りだというのだから、実際のところは30台ほどが多いのだろう。
精鋭の軍人ともなると70を超える者もいるらしい。
その中で、若くして最高峰のレベルにいるのだから数値のやる気って大切だな、と伊織は思った。
何もしていない一般人のはずなのにレベル35の自分も中々におかしいが、異世界人補正という事にしようと棚上げをしたという。
(さて、午後はやることのハードルが上がってしまったなあ)




