ステータスとスキル1
いつもよりも早めに寝入ったせいか、目が覚めた時の室内は薄暗い。日の出にはまだ少し早いらしい。
昨日という一日を表すならば「非常に濃い一日であった」以外の感想が浮かばない。
それに、早く寝て、早起きの制限もなく起きたはずなのにいまいち疲れが抜けていない感覚がする。伊織は思わずステータスボードを開くが、そこにある数値はHPもMPも上限と同じ値を示していた。
「疲労って数値に出ねえんだな…これは新発見だなあ…」
ゲームでは寝たら回復する、がお約束ではある。
そのお約束が果たされないという事実は、ステータスボードが存在しているくせに『この世界は虚構ではないのだ』と現実を突きつけられている気がした。
おかげですっかり目が冴えてしまったので、ベッドから抜け出て背伸びをする。
そのまま流れでラジオ体操などをしてみる。学生時代から遠ざかって久しいので、少しばかり身体が重たいような気が…
「ん、んん?」
全くしない。どころか、学生時代のような身体の軽さに驚く。
あの頃は持久力こそないものの、ほとんどのスポーツがそれなりにできていた程度には身体が動いた。ほとんどがそれなりになるため、熱中するものが何もなかったので部活動などはしていなかったが。
不審に思ってステータスボードを全部開くように念じてみると、一気に視界が半透明の画面だらけになる。
昨日セットした基礎ステータスに関わるものが作用しているのだろうか。【剛腕】だろうか、それとも【金剛】だろうか。イマイチ何がどう作用しているかが分からないので、セットしたスキルをタップしてみると、昨日は出なかった説明のための小窓が出現した。
それによると【剛腕】はその文字の通り力の値を7%上げるという。その他も【金剛】は体力を、【疾風】は素早さを、【叡智】は知力をそれぞれ7%上げるのだとか。
上がった数値を見てみると、100というキリのいい数値をしているのが【叡智】だ。たしかセットする前は94だったかと記憶している。
ということは、キリのいい数値を超えたからボーナスというか、簡素とはいえ説明のための小窓が出てきたのかもしれない。
「このシステム、もしかすると無限の可能性があるのでは」
GATEではそんなシステムはなかったと記憶しているのだが、ここでは自分の基礎ステータスによってできる事が増えていくのかもしれない。
【叡智】に関しては、ゆくゆくは異世界モノでお馴染みの鑑定の能力が付与されるかもしれないと思うと、断然スキル上げが楽しみになってきた。
とはいえ、その他【剛腕】【金剛】【疾風】については、数値の上昇で何のスキルが付くかの見当もつかないのだが。
まあその辺りはアレクシスという先人に聞けばよかろう。考えることを放棄した伊織はラジオ体操の続きを始めた。
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「そんなわけで、基礎ステータスの値について知りたいんですよ」
「一晩で随分と遠慮がなくなったねえ」
つい先程のことを話した後の、伊織の随分な一言にアレクシスは苦笑する。
マリアに相談したことはその日のうちにアレクシスに伝わったらしく、青い騎士服のようなものを用意してもらった。急な事だったのに女性用サイズがあることに驚いたが何ということもない、この国には女性騎士が存在するとのことだった。
ひとまずはサイズの近いものを着せてもらっているが、そのうちオーダーしたものをくれるらしい。わざわざ悪い気はするが、貴族の面子というものもあるらしい。
ちなみに午前中はアレクシスとの会話でスキルなどの「できること」の把握をすることにした。
アレクシスやクリフォードとしても、ステータスボードという特異な能力を持つ稀有な存在からの話は是非とも聞きたいもので、しばらくの間は午後からの仕事とすることにしたようだ。
それでいいのかと伊織は思ったが、領主権限だよと笑顔で言われてしまってはそれ以上突っ込んでいくのも野暮というものだろう。というか、何らかの目途をつけているのだと思うことにした。
「とはいっても、私もまだ手探り状態だからね。まあ、その鑑定能力に関しては、知力の値が上がったことで発現したのを確認したけれど」
やはりそうか、と先ほどの解説画面を思い出す。
「それって多分100が最初ですよね?」
「そうだね。私の知力はいま160ほどなのだけれど、今はもう少し詳しい鑑定ができるようになっている。確か150ぐらいの時に気づいたんだけど、そこから50刻みかどうかは何とも言えないね」
なるほど、純粋にステータス値を上げるだけでも恩恵は大きそうだ。
それよりも何のブーストもなく160という数値にたどり着いているアレクシスに対し「とんでもねえ男だわ」と思って伊織は内心震えていた。
なにせゲームでは後半もいいとこにならないと150という大台は超えてはこない。それこそラスボス戦で一軍メンバーが持っているぐらいの数値だ。
「まあ、上限値が分からないから、スキルもどのぐらい育つか見当もつかないんだけれどね」
「たぶん、255が上限ですよそれ…」
システム自体がゲームそのままだとすると、自分のMP数値だけはおかしいが、おそらく上限値は255だ。
「…根拠が?」
「このシステム、兄がもたらしたものでしょう?そのベースとなる…何というか、ええと…とにかく、概念の上では上限値は255だったんです」
さすがにここがゲームを下地とした世界だとは言いづらい。というか、ゲーム自体の説明が長くなりそうだしその後に役立つ知識でもないので省くことにした。
なんで255かってのも8ビットがどうこうとかいう話になってくる。
「ふむ…ならばまだ道半ばということか」
しかしレベルがいくつか知らないが、知力がこうなのだから他の数値も気になる。
「アレクシス殿、その数値上げはどうやって?」
「ん?普通にレベルを上げているよ。まあ知見を得るだけでも多少は反映されるようだが」
「レベル上げ…って、ええと」
「…ああ、魔の森で瘴気払いがてら、魔物退治をね。そういうモノがいる世界だというのを伝え忘れていたか」
ああ、やっぱりそうなんだ、と伊織は納得する。
一般人を自負している自分が35ならば、世界の平均あたりはどうなのだろう。
「…互いに見せた方が色々と早いな。【オープン】」
アレクシスがおもむろにステータスボードを開示する。
「え、他人に見せられるんですかこれ…【オープン】?」
「私たちだけにしか見えないようだよ」
開示できるなどとは知らなかったので伊織は驚くが、その数値に更に驚かされることになる。
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アレクシス・アラン・ヴェラー
Lv:120
HP:1425/MP:6520
力:92 知力:163
素早さ:90 体力:95
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なにせ知力は先ほど聞いた通りに163を示しているし、その他のステータス値もすべて100に近い。
レベルは120で、ゲーム中ならばラスボスに挑む想定レベルを超えている。
おそらく255でカンストしうる数値だが、ここからの伸びは緩やかになるのではないか。
「すさまじいですねこれ…」
「まあ、うん、やはり数値に現れるとやる気が出てしまうものでね」
それは分かる。伊織もRPGをプレイするときはレベル上げが趣味みたいなスタイルだからだ。
適正レベルなどと知ったことではないと言わんばかりにゴリ押して勝つのが好きである。
「私は軍属でもあるからともかく、一般人であろう貴女も中々だと思うけれど」
「MPの話ですよねそれ…。ところで、スキルとかはどうなってます?」
「ああ、こちらは開示できない代わりに鑑定で覗き見れるらしい。レベル差があると鑑定に有効距離で抵抗がかかるようだけれど…」
アレクシスは何かを思いついたように立ち上がり、伊織の隣に座る。
虚を衝かれて固まっていると、自然な流れで手を取られる。
そのまま両手で包まれたことに気づくと思わずその手を引っ込めたくなって力が入ったが、逃がさないと言わんばかりに握りこまれる。
「あ、アレクシス殿?」
「多分、これで鑑定が通るはずだよ。眼に魔力を通してみるといい」
みるといい、とは簡単に言ってくれる。
伊織は顔に出さないように必死であるが、取り繕うにも限度がある。
兄が兄なので対異性の接し方など知らないし、そもそもゲーセンを趣味としている女の知り合う男は大抵が気のいい友人枠だ。
本名も知らない友人たちにだってここまで接近されたことはない。いい大人同士だから線引きはちゃんとしている人が多いためだ。
つまるところ、伊織は何が言いたいかといえば。
(世間的に喪女と呼ばれる人間にはハードルが高けぇんだよなあ…)
しかし目の前の男はその手を離してくれそうにもないので、腹をくくってアレクシスを見る。
眉間に皺が寄る程度の事は許せ、と思いながら眼に魔力を込めると、自分のものではないステータスボードが次々と現れてきた。
そのほとんどがスキルに関係するものだ。先ほど少し聞かされた基礎ステータス画面も、全体的に数値が高くて圧倒されるが、スキルの多さが目につく。
放出系スキル、つまり世間的に言うところの魔術スキルが多い。
(ていうか細かく分類されてるから多いのか)
たとえば火の魔術なら【火属性魔術】で括られてもいいようなものだが、【火魔術:初級】【火魔術:中級】【火魔術:上級】などと区分されている。
この男、氷魔術と風魔術も上級まで修めた上に、雷魔術とかいうものを派生させている。
勇者の血筋なのかこの男がおかしいのかは判断がつかないが、怒らせないようにはしておこうと伊織は思った。




