表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

むすめのえがお

作者: ウツギ。

(はぁ…、だめだ。またやってしまった。)

 男は頭を抱えた。

 目の前には少女が倒れている。

 男はついカッとなって、少女を殴ってしまったのだ。

 少女は男の娘であった。

 娘は、子供がいるのにもかかわらず、男をつくってこの家から出て行った妻に似てきていた。

 それが妙に癇に障ったのだ。娘は少しも悪くないというのに。

「…ごめんな、ごめんな。お父さんついカッとなってしまって…」

「ううん。いいよ、いいんだお父さん。お父さんは何にもわるくないんだから。」

 娘は殴られた眼のあたりを抑える。

「それよりさ、なんか飲む?」

 娘は笑って男に聞いた。

 男の目にうっすらと涙がにじむ。

(自分のことよりも俺を気遣ってくれるのか。)

 なんて優しいんだろう。


「あぁ、今日は一杯だけ飲もうかな。」

「いいんだよ、お酒無理に我慢しなくても。たくさん飲みなよ。」

 娘は冷蔵庫からたくさんの酒缶を持ってくる。

「だ、だけど、こんなに飲んだら酔った勢いでお前に何するか…」

「そんなこと気にしないで。大丈夫だから。」

 男は目の前の酒缶を見て、ごくりと喉を鳴らす。

「…いいのか?」

「もちろん」

 娘はプシュと軽快な音を鳴らして、コップにとくとくと酒を注いだ。

「はい。」

 コップを男に渡すと、飲みなよ、とジェスチャーをする。

 男は娘にありがとうというと、大きく一口、ごくりと飲んだ。

 娘はそれを笑って見届けると、なんか寒いね、と言って開いていた窓を閉める。

 男はふと部屋を見渡す。


(あれ…部屋ってこんなに狭かったっけ)

 一軒家にしては狭く、二部屋しかない家。

 ドアは固く締められており、まるで何かを閉じ込めているようだった。

(あ、そうか)

 男は二本目の酒缶を開ける。

(俺って、自分で自分の世界を狭くしてたのか。)

 自分から、過去にとらわれていたのか。


 なんて情けない父なのだろう、と男は嘲笑した。

 娘に気を使わせてしまっていた。けがを負わせてしまった自分が憎かった。

 あんなに心優しい娘なのに。


 男は横目に娘を見た。

 せっせと酒を鍋で煮込んでいる。

 娘はちょっと不思議な行動をするが、悪い娘ではないのだ。

 そんな不思議な行動すら、男には愛らしく見えた。


「そろそろ酔ってきたかな。」

 娘がそっとしゃがんで、男の顔を覗く。


 あぁ、かわいい我が娘。

 愛しい我が娘。


 大切にしよう。これからは。

 娘を大切に育てて、守って生きてゆく。

 娘のウェディングドレスを見ることができるまで、そっと見守っていこう。


 男は強い決意を誓った。そっとやちょっとじゃ壊れないような、そんな笑みを。

 タバコを取り出して、男は、優しい父親の笑みを娘に向ける。

 でもどこか酒に酔っていて、ふにゃりとした頼りない笑みであった。

 娘もにこりと笑い返す。 

 

 男がそっと娘の手元を見ると、手にはライターが握られていた。

 あぁまたこの子は。

 自分のためにタバコの火までつけようとしてくれているのか。


「たしか」

 娘は片手でライターを弄ぶ。

 妙に手慣れた動きでライターを固定すると、娘は腫れた片目を痛々しく細めて、優しく笑った。


「十分に気化したアルコールと酸素があって、密閉された空間で火をつけたら爆発するんだよね?」


 カシャン、と無機質な音が、アルコール臭い部屋に響いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言]  素晴らしい!! この一言に尽きます。 妹ちゃんの復讐劇ですかね! 最後、お父さん妹を守るって誓ったのに…!残念でしたねぇ。  読んでる最中、これはやばいことが起こるぞって思ってたら見事に…
[一言] 相変わらず怖いですね。その一言に尽きる。 いや、何て言うんでしょう。「独特の空気感」という言葉では表せないような言葉の現実が生まれますね。 ちょっと調べてみました。なんて言って格好良く娘…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ