3 - 22.『Spiritual Power』
3-22.『精霊の力』
羊主率いる陽動部隊が厄災の陽動を開始したのを確認すると、僕は動き始めた。タイムリミットは厄災が攻撃を開始するまで。攻撃が始まればこの空間全体が攻撃の影響を受ける可能性が高いため、自由に行動するのが難しくなる。
「魔力持ってくれよ……」
魔力を指に集め、地面をなぞるように動かす。魔力の線が出現する。魔方陣を描くのに必要な作業だ。僕はその状態を保ったまま、厄災を中央として円を描かなければならない。魔方陣の最初の工程だ。
「【音速】」
久々の詠唱式魔法。紋章式魔法の【快速の陣】が札を全部使い切ってしまったため、魔方陣を描くよりは詠唱した方が早い。【快速の陣】に負けず劣らずの速度で走る。何度も描画練習をした作業だ。身体が覚えている。
「魔方陣ね!」
僕は羊主に頷く。やはり紋章式魔法を十八番としているだけあって、一瞬で理解していた。恐らくこれから使う魔法も理解したのだろう。厄災の視線を欺くように動き出した。
「……っ! まず1周!」
距離を互いにとりつつ陽動する冒険者達の間を潜りながら、綺麗な円を描くのはかなり集中力を要する。この規模だと修行でもしなかった。初めての試みだ。
「次、もう1周!」
魔方陣の基礎となる外縁は2つの円。この形が丸に近いほど効果は高まる。相手は神の使役獣であるため、万が一にも歪むことは許されない。描き始めの場所に魔力を垂らすと、また走り始める。
「厄災が動き始めたわ!」
「早かったか!」
僕の希望としては外縁の後、複雑な要素だけ描いてしまえば、あとは時間が掛からない簡単な要素だけだったため、その辺りで動き始めて欲しかった。しかし、何事も上手くいかないのは仕方がないことである。
「厄災の眼は潰さないでください! 攻撃の手口が読めなくなります! 出来るだけ手足を狙って!」
神の使役獣は勿論個体ごとに様々な力を発揮するだろう。だが、移動手段を封じればかなり攻撃の手を少なくできる。羊主と話し合って決めた作戦の1つ。これは成功するといいが……。
僕は半周ほど描き終えた所で頭上の気配に気付く。
「くそっ……!」
厄災は陽動に引っ掛かりながらも、自分の周囲を回る人影には流石に気付いたようだ。僕は攻撃される前に駆け抜ける。
「【多重詠唱】! 【魔法障壁】!」
神の使役獣の力でも能力を付加すれば、防御機構は正常に発動する筈だ。魔法障壁を円の内側、つまり左回りに回る僕の左側に発動し続ける。厄災は腕を振り上げる。
「あれはまずい……ギリギリまで引き付けて……【兎足】!」
拳が振り下ろされると同時に跳躍。【魔法障壁】が破られ、地面が破壊されるが潰されることなく逃げ仰せた。
「力押しでもかなり不利だな……」
やはり一刻も早く魔方陣を完成させるのが良いだろう。破壊された地面は幸いにも魔方陣の外であった。これなら続けられる。
すぐに【音速】を発動しなおし、走り始めた。クールダウンが必要なのか、厄災は即座に攻撃してこない。
「【多重詠唱】!【茨の森】!」
六重の【茨の森】が厄災の腕に巻き付く。これで目眩し程度にはなるだろう。僕は【多重詠唱】もかなり同時発動魔法数が増えた。変わらず走っていると、同じ魔法を詠唱するのが聞こえた。
「【多重詠唱】!【茨の森】!」
今度は羊主だ。羊主は五重の【茨の森】のようだ。僕と羊主で全部で11の【茨の森】が発生する。そう簡単には動けないだろう。
厄災のクールダウンが終了する。すぐに腕を振ろうと動かすが、動かない。成功だ。厄災は腕が動かせない事に動揺しているのか、行動を一旦止めた。僕は外縁を描き終える。
ここからの工程は中央付近、つまり厄災の間近で描く必要がある。恐らく陽動は効かないだろう。ここからは命懸けだ。死なないけど。
「【透明】」
黄魔法光系統の魔法だ。自分に対する光を全て透過し、屈折光を出さないことで完全なる透明化を果たす。神の使役獣に対する魔法攻撃は意味無くとも、こうした使い方はどうかな?
厄災のすぐ側に近寄る。何故か腕を振り上げる動作を繰り返しているが、他の攻撃手段が無いのだろうか。そんなはずは無いと思うが。
1番大変な中央の小さな円は描き終えた。その円に向かって、外縁から線を描く。【透明】を続けたまま作業する。
「危ない!」
僕は誰かが発したその声に見上げる。厄災の腕が僕に向かって真っ直ぐ振り下ろされていた。僕は【転移の陣】の札を発動させる、回避した。
「さっきまでの攻撃と全然違うぞ!」
「段違いの威力だ!」
冒険者達の言う通り、先程までとは比べ物にならないほどに強い一撃だった。腕には風を纏わせていた。ようやく風の迷宮主の本領発揮と言ったところだろうか。
「シーナ!」
「うん!」
シーナの使う〈精霊式魔法〉は魔法術式の一種であるにも関わらず、魔力とは別の力を使う。それが霊力だ。まだ試してはいないが、これならば陽動に使えるのではないかと寸前まで取っておいたのだ。
「【花吹雪】!」
緑色の精霊が鋭い刃へと変わった花弁を厄災へと叩きつける。どうやら風の迷宮であるため、風の精霊や風関連の魔法の効果が高いらしい。
「効いた!」
「ありがとう!」
「陽動部隊はロムス、シーナに攻撃が当たらないように陽動を継続! シーナは後方から精霊による攻撃を頼むわ!」
「分かった!」
シーナは再び後方に下がり、精霊がその横を浮かぶ。僕は【透明】を発動させたまま、複雑な過程を終わらせるために急ぐ。
「ロムス!」
僕は呼び止められ速度を弛める。僕を呼んだのはサグルだった。
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