3 - 18.『A man - II』
3-18.『ある男 2』
シーナは目の前で胡座をかき、時折欠伸をする不審な男を観察していた。なんとも注意力散漫である。そう見えるのはシーナだけではないだろう。
しかし、ここにいる冒険者達はその外面に騙される者達ではない。注意力散漫のように見えて、男はかなり警戒している。注意力散漫なのは攻撃の意思がない事を証明しようとしているからだけである。
「そうですか。では1つ頼まれてくれますか?」
「いいぞ。」
「やはり無理ですよね……え?」
「ん? 俺が断ると思ったのか? 女の子の頼みは断れない主義なんだ。言ってみろ。俺が叶えてやるよ。」
サグルを始めとした、冒険者達の中の男たちは目を細くして胡座をかく男を睨みつけていた。こんな迷宮の中でどんな願いでも叶える、なんて大口を叩いているようにしか見えないのだ。
「どうやら男衆からは疑われているようだが、気付かないのか? 俺はここまで来るのに一切息を荒くしていない。それに神の手先をどうやって回避したのか、よく考えると気付くことも沢山あるだろ?」
そう言われて気付く。この男は小さな怪物の攻撃を避け、道を普通に歩いてきたのだ。一流の冒険者でもそんな事は出来ない。勿論、シーナやサグルですらそんな事は出来ないのだ。
ただ迷宮を歩いてきた、この一言がこの男の強さの証明となっていた。
「……分かった。下にいるロムスと羊主を助けに行って欲しいの。本当に良いの? 下にいるのは神の使役獣……」
「そんな事分かってるさ。俺は神の使役獣の天敵だからな。安心してくれていいぞ。少しだけ待っとけ。すぐに戻る。」
男は両腕を地面に立てる。そして何かを唱えた瞬間、地面が強い揺れを起こした。一瞬、男が浮いた。……いや、男は迷宮に穴を開けていた。
「迷宮に穴を……? どうして再生しないの?」
「あんまり人の秘密を除くんじゃねえ。知らない間に目が見えなくなってるかもしれないぞ?」
男はそれだけ伝えると同時に下へ急降下した。万有引力に従ったまでである。そのまま一番下、最奥部の前の大きな空間に出る。そこには倒れたロムス、羊主と2人を見ている門番が居た。
「何やってるんだ?」
「……それは私の台詞だ。迷宮に穴を開けて降りてくる奴など、初めて見たのだが。」
「褒めてくれるんじゃねえ。大した事してねえから。それよりその2人どうするんだ?」
「最奥部に侵入しようとしたため、粛清した。私の【安寧ノ歌】で後は飲み込むだけだ。」
「じゃあ、俺の役目はそれの邪魔だな。」
男が手を振る。門番の左腕が吹き飛ぶ。しかし、血は出ない。神の使役獣に血は流れていないからだ。門番は呆然とした顔で自分の左にある虚空を眺めた。
「お前……何をした?」
「さて、なんだろうなあ。もういっちょ!」
もう一度手を振ると、次は門番が回避をしようとした。その努力も虚しく、的確に右腕が吹き飛ばされる。門番は両腕のない哀れな姿となっていた。
「何なんだ……お前!!」
「……こりゃあ暴走するな。早めに逃げるか。」
男は声を荒らげた門番を見て、次にロムスと羊主を見た。男が足を動かすと、引き戻した。そこに目に見えない速度で攻撃を仕掛けられていたからだ。
「おっと、崩れたか。」
男は知っている素振りを見せた。門番を見ると、吹き飛んだ両腕から更に異形な腕を生やしていた。触手という表現が近いのだろう。それぞれの腕から何十本もの触手が蠢いている様子は不気味である。
「神に作られた形が中途半端に壊されると、形が整っていない事に違和感を覚え、更なる異形を作り出す。神は相変わらずダセェ趣味をしてるな。」
腕を振る。数十本あった触手が全て切られる。ビチビチと地面に落ちた触手がまだ動いていた。その隙に男はロムスと羊主を抱える。すぐさまその場から飛び退いた。
「再生速度はやっぱり早いな。腕の再生を停止させただけマシだと思ったが、意外と愚策だったかもしんねえな。【千ノ剣】」
虚空から数えられない程、沢山の剣が出現する。千ノ剣とは言うものの、実際にはその数十倍の剣がある。
「剣よ、あいつを切り刻んでろ。」
無数の剣が門番に襲いかかった。門番は再生した数十本の触手で対抗しようとするが、剣一振が尋常ではないほどの攻撃速度と威力を備えているため、何度も切り刻まれていた。
「おお、おお。地獄だな、こりゃあ。今のうちにトンズラさせてもらうぜ。」
足を踏ん張ると、強く地面を蹴る。いかなる強化の魔法も使わずに、男はロムスと羊主を抱え、降りてくる時に使った穴から戻った。
「待て!!!!」
どうにか剣との攻防に勝った1本の触手が男の足を掴もうとする。その瞬間、男を守るように1本の剣が出現し、触手を数千に切り刻んだ。
「じゃあな。また来るぜ。」
男が穴から上に登ると、同時に迷宮に開けられた穴は全て閉じられた。完全に穴が見えなくなると、門番に襲いかかった【千ノ剣】は消え去る。
「はぁ……はぁ……はぁ……。」
門番は息を整え、伸ばしていた触手を腕に戻し、無くなった腕を再生した。男がいなくなると、腕の再生が可能になっていたのだ。
「……あいつは何だ?」
その疑問は誰に届く訳でもなく、虚空に響いただけだった。
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