3 - 8.『Departure』
3-8.『出発』
その日、僕は中央都市の外壁の上から下に集まる冒険者達を見ていた。見た感じで正確な数は分からないが、凡そ5000人。昨日、大広場に集まっていた人数よりも更に増えている。どうやら羊主が再募集を掛けたようなのだ。
「どうかしら。これなら勝てると思う?」
僕の隣には討伐隊の隊長がいた。勿論、羊主である。下にいる冒険者達は気付かない。下に集まる前に羊主に呼ばれたのだ。
「まあ……無理ですね。実際、何百人冒険者が集まった所で厄災を倒す近道にはなりません。」
「じゃあどうすれば良いの?」
「量より質です。」
「切り札は貴方……って事?」
「それはお楽しみです。」
羊主は首を傾げる。それもそうだろう。昨日の戦いでも見せていない切り札をまだいくつか持っている。それを披露する時が来るかどうかは分からないが、持っていると持っていないのでは全く違うのだ。
「……まあ、良いわ。それよりみんな待ってるから行きましょ。」
「そうですね。待たせても良いことは無いです。」
僕と羊主は外壁から飛び降りる。同時に落下の威力を軽減する為に紋章式魔法を魔力で描く。僕は札を持っていたが、羊主から2人分描いてくれた。優しい。
「おおっ!」
降りてきた僕達に気付いた冒険者達が声を上げる。そのどよめきは段々と広がり、いつの間にか歓声に変わっていた。これだけの数が揃うと、まるで魔物の轟きのようにも聞こえてくる。人もまた魔物である、という古人の名言がふと頭に浮かんだ。
「さて、行きましょう。敵は5キロメトル先の古城を根城にしている!その古城を魔法で破壊した時、戦闘を開始する!それまでに根城近くに待機し、各自いつでも戦えるようにしておけ!」
「おうっ!」
正直、僕はこの冒険者達に期待できるとは思っていないが、それでも数が集まれば勝てるのではないか、と思ってしまう。この中の何人が生き残るのかは分からないが……。
「それでは1時間後、根城近くの拠点で会いましょう!」
羊主は宣言と同時に【転移の陣】を発動。一足先に拠点へ向かった。根城の近くにある街が今回の拠点だ。住民は全員避難している。冒険者達は我先にとあらゆる方法で拠点へと向かっていた。
「ロムス!」
呼ばれる声に気付いて、振り向くとシーナとサグルがいた。
「僕達も行きましょう。」
「そうだね。行く方法はどうするの?」
「僕の【転移の陣】を使います。こういう時の紋章式魔法ですから。」
すぐさま屈んで僕は魔力を人差し指に集めると、地面に魔方陣を描く。最初にこの魔方陣を見た時は、なんとも複雑で難解な模様だと思ったものだが、今ではそれも何も見ずに描く事が出来る。
「……はい、終わりました。この上に立って下さい。」
「これを3年間で使えるようになった、ロムスが信じれないよ……」
「それもこれもモリスさんとリーリアさんのお陰です。」
「そこで誇らないロムスは流石だね。」
そうサグルは褒めてくれるが、僕は間違いなくあの2人のスパルタ修行によって、僕が紋章式魔法を使えるようになったと思っている。流石にここまで終わらないと飲食禁止、なんて言われたりすれば意地でも頑張ろうとするだろう。
「はい、行きますよ。魔方陣の中にしっかり入って下さいね。」
3人が入っても隙間があるぐらいに大きな魔方陣を描いている。周囲の冒険者が見ているが入れるつもりは無い。関係ない人は走って行けば良いのだ。頑張れば、まあ……間に合うと思うし。
僕は魔方陣に魔力を篭める。魔方陣が光を放つと【転移の陣】が発動した。僕達の姿が光となって消える。次に見えるのは僕達を待つ羊主の姿だった。
「待ってたわよ。」
「わざわざ待ってたんですか。」
「なんでそんなに嫌そうに言うのよ。」
不貞腐れる羊主は無視だ。性格に難アリなのはセルヴィアーダ家の特徴であるのだから。僕の父親なんかその良い例だ。反面教師にしないと。
「まだ冒険者達が来るまで時間があるわよ。」
「僕達は一度、厄災の根城を見に行きます。」
「近くには行かないでね? 意外と探索能力も優れているみたいなの。」
「分かりました。あくまでも街からは出ないようにします。」
僕達は拠点にしている街の広場から離れて、根城が見える高台に移動する事にした。幸か不幸か、この街は昔からあまり戦いに巻き込まれなかったようで、外壁は低めに建てられている。
それぞれが出店の屋根から低い家の屋根、高い家の屋根へと飛び上がっていく。それから屋根伝いに外壁を目指した。
「久しぶりに走った気がする。」
「そうだね……前に走ったのはこの世界に来た時か。」
狼に追い掛けられたのも今となっては良い思い出である。それも3年前の事。向こうの世界はどんな風になっているだろうか。時間の流れ方も良く分からないが、もしかしたらこの世界より何十倍も早かったりすれば、僕の存在なんて誰も知らない、なんて事も有り得るのだ。
「おっと、あれが外壁か。」
僕は軽く【兎足】を発動して、一気に外壁へ飛び乗った。後からサグル、シーナと続いた。確かに古城が見える。あれが厄災の根城。
「大きな城……」
「かつての羊主の離宮だったとか言う話だね。初代の羊主は一夫多妻でこんな離宮が世界各地にあるんだって。」
羊主から聞いた話だが、初代の羊主は〈墓場の世界〉でかなりのハーレムを築いていたらしい。それだけ聞くとよくある話である。
「その1つに厄災が住んでいると。聞けば聞くほど人みたいな性格をしているんだなあ……」
怪物にしては類まれな危機対処能力を持っている。それに根城を作って暮らしている。まさに怪物であるが、どうにもその行動が人のようだ、とサグルは言っていた事がある。
「ロムス……あれは何?」
シーナが指さした先を見ると、根城から出てくる影が見えた。
「人……?」
「人みたいだね。」
「なんで根城に人が住んでいるんだ?」
僕達はしばらく根城を見ていたが、それから何も進展が無かった為、一度羊主の元に戻り、報告をする事にするのだった。
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