1 - 5.『Emblem of dragon』
1-5.『龍の紋章』
合格者発表の次の日。僕は王都の郊外に出ていた。王都の近くにある深い森は、冒険を生業とする冒険者という職業の人々が魔物を求めてやってくる。人目を避けるにはもってこいの場所だ。
僕は森の奥のさらに奥まで入った。道はマーキングを付けてきたから心配ない。魔法で上書きされない限り、消えることは無い。
「……よし。」
長袖の袖を捲る。身軽な恰好だから動いても大丈夫。掌を見る。そこには昨日と同じく、こちらを睨みつけるように龍の紋章が描かれていた。
「これを誰かに見られないようにしないとな……」
そう考えたが、それは後ですればいいことだ。今は実験だ。
「簡単な魔法から使ってみるか。得意魔法でいいかな。……【爆破】!」
僕の得意魔法である爆破魔法は、一本の木を文字通り爆破する。だが、何かが違った。
「あれ……いつもより強い?もう一回試してみるか……【爆破】」
今度は違う木を爆破する。やはり威力が違う。
それを幾度か繰り返す内に段々と威力が上がってきたのを感じる。自信がついたのもあるかもしれないが、それにしてはおかしな力の伸び。
「成長してる……??」
そうとしか考えられない事象。この不思議な紋章は僕の魔法を成長させていた。魔法を使えば使うほどに成長する。これは努力しろっていうことなのか?母さんはそんな為にこの紋章を遺したのだろうか。
考えれば考えるほどに泥沼に沈みこんでいる気がした。やめやめ。考えても無駄だ。
「でも成長するって分かっているのなら、何度も使えばいいだけだ。」
それから日が暮れるまで、何度も何度も何度も何度も魔法を使い続けた。最初は僕が使える各系統の初心者向きの魔法。それすら威力が上がるのを感じると、次は少し強い魔法。その次はさらに強い魔法。
「空が赤い……何時間も練習してたみたいだ。」
太陽は既にほとんど見えなくなっている。もう王都に戻ろう。通行規制時間になる。
僕は王都へと歩いて戻った。だがその途中で少し試してみたいことを思いつく。
「本当ならこれだけの距離に加速魔法を使うのは、魔力が勿体無いけど今なら使えるかも……。」
何事も行動あるのみ。僕は緑魔法風系統の【加速】を施す。その状態で走れば、常人の数倍の速度を出すことが出来る。
「気持ちいい!風と一つになったみたいだ……!」
気分が高揚している。僕はもう一つ上の魔法を使う。
「【高速】……いや、【音速】!!」
加速魔法には【加速】から始まり、【高速】、【音速】、【光速】、【神速】とある。これらは緑魔法風系統だが、他に緑魔法生体系統の【韋駄天】がある。これは人間の足の能力を底上げして、足の速い神様である韋駄天のように見せる魔法だ。
僕が使えるのは加速魔法の【音速】まで。それ以上になれば、制御がとても困難になり、最悪の場合はどこかにぶつかり、体が粉々になることだってある。
「そんな危険は侵せないからね。充分これでも速いし。」
数人の冒険者や商人を抜かして、王都の外壁にたどり着く。門番に身分の証明をしてもらう。
「どうぞ。」
王都に戻れば、活気に溢れる。長時間の魔法行使で疲れていた体も活力を得る。宿に戻ると、食事の香りが鼻腔を刺激する。お腹が鳴る。
「おかえりなさい。夕食にしますか?」
「はい、お願いします。」
宿屋の中はさらに人でいっぱいだ。色んな職業の人が互いにテーブルを譲り合って使い、素性も知らぬ赤の他人と会話をしている。そこから文化の交流は始まるのかもしれない。
「すみません、隣いいですか?」
僕は空いている席を見つけると、隣の席の人に声を掛ける。マントで顔まで覆い、男か女かすら分からない。僕が尋ねると、小さく首肯した。良いと受け取っていいのだろうか。
「失礼しますね……」
僕が席に座ってしばらくすると、女将さんが夕食を運んでくる。これはまさか……
「魔物料理だよ!それは豚の魔物から作ってるが、身が柔らかくて美味しいよ!食べてみな!」
勧められるままに食べると、なるほど美味しい。
「美味しいです!」
「そりゃあ、良かった!どんどん食べな!そうしないと成長しないからね。」
「はい!」
出された料理を貪るように食べ尽くす。食べ終わると、飲み物を飲む。
「ふぅ……美味かった。」
疲れた体に染み渡る味だ。一息ついていると、ふと視線を感じる。見れば、隣の席のマントの人が僕を見ていた。
「どうしましたか?」
「いえ……いい食べっぷりだったので。」
小さな声で返答する。女性……?年齢は定かではないが性別は分かった。
「そうですか?美味かったのでついつい」
僕はそう言って笑う。
「ふふふ……面白い人ですね。」
つられるようにしてマントの女性も笑う。その時、マントの奥が少し見える。
「……!」
「どう……しましたか?」
僕が見たのは顔だ。とても綺麗な顔だった。肌は透き通るように白く、髪は美しい金色であった。眼は澄み渡るような翡翠の色。美少女を体現したような女性だった。
「綺麗……だったのでつい。」
「あっ……」
マントを被り直す。何か正体を隠す訳でもあるのだろうか。
「どうして顔を見せないんですか?」
「ちょっとした訳があるんです。気にしないで下さい。」
小さく萎むような声で言う。人には触れられたくない事情もあるだろう。追及はしないことにした。
「美味しかったです。おやすみなさい。」
席を立ち、女将さんにそう言うと、僕は部屋に戻った。