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3 - 1.『Aumeria - I』

3-1.『アウメリア 1』


お久しぶりです。

 僕はモリス・ファイリアに弟子入りした。


羊主(エンペラー)を倒すなんて息巻くんじゃないよ。」


 そう言われたけれど、僕は諦めなかった。モリスの家に居候している間、何度も何度も僕は頼み続けた。


「しょうがないね……」


 遂にモリスが諦めてしまった時。既に1ヶ月が経過していた。


「だけどその前に、アウメリアに一度行こうじゃないか。あんたの依頼主や冒険者(アドベラー)が探しているかもしれないしね。」

「分かりました。」


 僕は家から出ようとする。そんな僕をモリスさんに止められた。


「どうしたんだい? アウメリアに行くんだろ?」

「え、そうですけど。」

「まさか歩いていくつもりかい? ここからアウメリアに歩いて行ったら、数日はかかるよ?」

「遠いですね……じゃあ、どうするんだ?」

「あんたは誰に弟子入りするつもりなんだい。私に任せな。」


 そう言うと、モリスさんは慣れた手つきで床に貼った紙の上に魔方陣を描き始める。これが〈紋章式魔法〉。その手に迷いはない。恐らく何度も同じ魔方陣を描き続けたのだろう。それほど狂いの無い綺麗な魔方陣が描かれていた。


「出来たよ。この上に乗りな。紋章から出たら、身体の部位だけここに残されるからね。」


 慌てて僕は手を引っ込める。モリスさんは豪快に笑った。


「じゃあ行こうか。目指すはアウメリア。」


 モリスさんが目を閉じる。魔力が魔方陣に流れ込んでいる。少しずつ魔方陣は光を放ち始める。完全に魔力を流し終えた時、僕とモリスさんは光に包まれ、気付けば知らない都市の外にいた。


「着いたよ。ここがアウメリアさ。」


 モリスさんが後ろを指す。20メトルほどの巨大な壁がそびえ立っていた。


「アウメリアはこの辺一帯の都市群の中核都市さ。ここを治めるのは都主(マークィス)羊主(エンペラー)を倒したいとか言う変人なら、もしかしたら気に食わないかもね。」

「あー迷い人(ストレイシープ)を依怙贔屓するって事ですね。」

「ま、そういう事だね。でも気にしなければ良いだけさ。」

「大丈夫です。もう我慢する事を学びましたから。」


 僕はこれまでの事情を全てモリスさんに話していた。勿論、自分が迷い人(ストレイシープ)であり、羊主と戦ったという事も。


 2人は外門を通る。衛兵に止められるが、僕は冒険者(アドベラー)の証明書、モリスさんは別の身分証を出していた。


「それは何ですか?」

「これはただの居住証さ。一応、住まいはここになるからね。あんたの用事のついでに私の家にも寄るんだよ。」

「ああ……なるほど」


 そう言えば僕がアウメリアに来たのは、それが理由だったんだ。完全に忘れていた。だが、怪物と出会わなければ、モリスさんと会うことは出来なかったかもしれない。モリスさんは〈紋章式魔法〉が使えるから、入れ違いになる可能性も高かったし。


「じゃあ、取り敢えず人狼局の支部に行こうかね。」


 モリスさんに言われるままに道を進んで行った。意外とアウメリアの人狼局は、大通りから離れた所にあるらしい。アウメリアでは大通り付近では、広い敷地が確保できないからだそうだ。


「ここだね。」


 だが、人狼局の豪勢な建物は、中央都市もアウメリアも変わらないようだった。若干、呆れながら僕は人狼局に入った。すると、中にいた人からの剣呑な視線が突き刺さる。


「あのガキなんだ……?」

「あれじゃないか? ガキを探してる、って言ってたヤツの。」

「確かに居たな、そんなヤツ。」


 その中にリーゼンと思わしき人の話をしている人がいた。僕は近寄って、尋ねてみた。


「すみません、その人がどこにいるか分かりますか?」

「ああ? なんだ、その態度。ガキがなに偉そうにしてんだよ!」

「早く言ってください。【氷柱落】」


 巨大な氷柱が人狼局の天井から今にも落ちそうである。勿論、目指す先は僕に喧嘩を売った冒険者(アドベラー)だ。


「……治癒院だよ。」

「親切にありがとうございます。」


 僕は【氷柱落】を解除して、丁寧に不可視である【障壁】を背側に張って、人狼局から去ろうとした。


 案の定、誰かが後方から駆け寄る足音が聞こえた。そして、剣の折れる音。【障壁】とぶつかり、剣の方が先に崩れたのだ。あまり【障壁】も強く貼っていないが、それよりも弱かったようだ。


「なんなんだ、アイツ!」

「辞めろよ、もう分かっただろ。」


 連れがまあまあ、と宥める。理性のある人がいて良かった。この場を収拾させる為に長居するのは面倒だったのだ。


「お待たせしました、モリスさん。」

「……あんたねぇ」

「何ですか?」

「まさか天然じゃないでしょうね。」

「何の事ですか?」

「はぁ……」


 モリスさんの言いたい事はなんとなく分かるが、認めるのが癪だった。だから知らないふりをしました。まあ、先に手を出す方が悪いよね。僕はたまたま魔法を真上に発動してしまっただけだし。


「すみません、治癒院に探してる人がいるんですけど、どこか分かりますか?」

「ああ、治癒院は隣だね。」

「隣……あれですね。」


 基本的に治癒師は聖職者と同じ扱いになる為、治癒院も教会の施設に位置付けられている。それによって、治癒院は教会のような見た目となっているのだ。


「すみません」

「はい、何でしょう。」


 治癒院の中を歩いていた治癒師を捕まえて、僕はリーゼンがいるか尋ねた。


「はい、いらっしゃいます。」

「サーニ、という人もいますか?」

「えっと……そのような名前の方はいらっしゃいませんね。」

「そうですか……ありがとうございます」


 どうやらサーニさんは治癒院には居ないらしい。つまりは重傷のような事にはなっていないようだ。依頼人が無事でなければ、この依頼を受けた意味が無いからね。


「リーゼンさんの治癒室まで案内しましょうか?」

「あ、お願いします。」

「分かりました。こちらです。」


 治癒師にリーゼンの治癒室まで案内される。中はかなり広いようだった。やはりこの辺りで最も大きな都市の治癒院だけある。帰りに迷わないか少し心配であった。


「こちらですね。リーゼン様は意識が戻られていますが、まだ安静にする必要があるので、長時間の会話は控えて下さい。」

「分かりました。ありがとうございます。」

「いえ。」


 治癒師が去って行くのを見届けると、僕は治癒室に入った。モリスさんは外で待ってくれるらしい。治癒室の中には1つだけベッドがあった。ベッドで起き上がって外を見ている人がいた。


「リーゼンさん。」

「……? ああ、おめえか。無事だったか?」

「リーゼンさん程ではないですが。依頼は大丈夫だったんですか?」

「ああ……依頼主は無事だった。俺が身を呈して守ったからな。お陰で手酷くやられちまったが。」


 見るからにリーゼンは重傷である。僕は気付かれない程度に回復魔法を唱えておいた。僕は依頼を放棄したも同じだ。お詫びとまではいかないけど、申し訳程度にさせてもらった。


「勝負はお預けだ。」

「そうですね。また機会があれば再戦しましょう。」

「中央都市の人狼局に俺はいつでもいるからな? いつでも受けて立つさ。」

「リーゼンさんが早く回復するのを楽しみにしてますね。」

「おうよ!」


 僕はモリスさんの元で修行する事は言わなかった。治癒師曰く、リーゼンさんが全快するのは数ヶ月後らしい。それまでには修行も終わっているだろう。


「では、また。」

「ああ。」


 治癒室を出ると、モリスさんが近寄ってくる。


「用事は済んだかい?」

「はい。もう大丈夫です。」

「じゃあ私の家に寄るからついてきな。」


 モリスさんに続いて僕はアウメリアの街を歩いた。







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