2 - 31.『Tale』
2-31.『おとぎばなし』
今回の話は少し長めです。
紋章式魔法についての基礎を抑え、次は魔法を覚える事に専念する。少しでも早くあの世界に戻る為に、僕はこの1秒も無駄にはしたくなかった。
「これは違う……あれも違う」
時々、司書や他の来館者にもお勧めの蔵書が無いか尋ねてみるが、誰しもが〈紋章式魔法〉に興味を持っている訳では無い。ましてや親切に教えてくれる人など、さらに居なかった。
「もう半分は目を通し終えたみたいだ……」
気付けば、数時間が経過し、題名と軽く読むだけだが、案内されていた本棚の半分は終わっていたのだ。途端に焦燥感に苛まれるようになる。
「本当に僕は紋章式魔法を習得できるのか?」
僕は次の本に手を付ける。どうやらこの図書館の紋章式魔法に関する蔵書は、資料や文献というよりかは、創作物の方が多いようだ。別の世界の魔法である故に、多様性に富んだこの世界では、1つの世界に固執しようとはしない傾向がある。
「……気晴らしに絵本でも見てみよう。」
根を詰めても良い結果は見られそうにない、と思った僕は前言撤回をして、一旦休憩を入れることにする。ここ最近、何をやっても上手くいかない気がするのだ。
「作者はモリス・ファイリア。『ラビアと魔女』。」
あまり古くない本のようだ。新刊と大差ないほど本がキレイだ。開いてみる。
+----------+
ラビアは女の子。魔女に憧れる女の子でした。
お母さんは昔からラビアに
『悪い事をすると、魔女に食べられるよ!』
と言われてきました。ですが、魔女が好きなラビアはそれがとっても良い事だと思っていました。
ある日の事です。ラビアはお母さんと一緒に近くの大きな街へお買い物に出掛けました。小さな村に住むラビアは、何日かに1回、街へ必要な物を買いに行くのです。
ラビアはお母さんに聞きました。
『どうして魔女はみんなに嫌われるの?』
『それは魔女が悪い事が大好きなの。小さな子を連れ去ったり、食べたりしちゃうの。だから嫌われるの。』
『魔女はキレイな魔法を使うんだよ?』
『そうね。それはみんなに悪い事をするために使うからいけないの。』
お母さんはラビアにそう言います。ですが、魔女なんて本当に見た事が無いラビアには、お母さんがどうして魔女の事を知っているのか不思議に思いました。
『じゃあ、どこに魔女は住んでるの?』
『北の遠い遠い山の奥深くに住んでいるの。そこから箒に乗って、子供を連れ去りに来るのよ。』
『魔女はお空を飛べるの?』
『……この話はもう辞めましょう。そろそろ街へ着くわよ。』
そうやってお母さんは、いつも途中でラビアの話を終わらせてしまいました。
それから何年も経って、ラビアは立派な女の子になりました。お母さんと一緒に街へ出掛けていたラビアは、いつしか1人で街へ出掛けるようになりました。友達も沢山できました。
1人の友達がラビアに言います。
『ラビア!魔女って知ってる?』
『言い伝えでしょ?』
かつて魔女を信じていたラビアは、大きくなるにつれていつまでも現れない魔女の事を信じなくなってしまいました。友達はそれを聞いてびっくりします。
『この前、隣町の子供が居なくなったんだって。それが魔女の仕業だって!』
『本当に?』
ラビアは疑り深いです。友達も負けていませんでした。
『魔女は北の遠い遠い山に住んでるって言うでしょ? 確かめてみない?』
『今の私達なら行けるけど、お母さんを困らせちゃう。』
『お出掛けするって言えばいいよ』
『それなら……良いけど』
ラビアは友達が大好きでした。だから友達の言うことに反対して、友達じゃなくなるのが怖かったのです。
家に帰ると、ラビアはお母さんに言いました。
『今から友達と一緒にピクニックしてくる!』
『いいわよ、気を付けて帰ってきなさいね。』
『うん。』
山に行くとは言わなかったからか、お母さんはすぐに許してくれました。ラビアは友達の所へ戻り、許してくれたと言いました。友達はとっても大喜びします。
『じゃあ、行こうよ!』
『うん、行ってみよう』
2人は暗くなる前に帰りたかったので、早足で北の山に行きました。昔は遠く感じた北の山も大きくなると、すぐに着きました。
『あっという間だったね』
『思ったよりも近いんだね』
『じゃあ、入ろうか』
2人はぐんぐんと山を昇っていきます。高くない山なのですぐに1番上まで着きます。そこから街はキレイに見渡せました。
『街が小さいね』
『キレイだね』
『魔女の家なんて無かったね』
『やっぱり言い伝えだったんだよ』
ラビアは言い伝えでホッとしました。これで友達が魔女の話をするのを辞めるからです。ラビアは友達と街で遊ぶのが好きだったのです。遠出は好きではありませんでした。
『……でも、あれは何?』
そんな時でした。友達が山の反対側にある小さな小さな小屋を見つけました。煙突からはもくもくと煙が出ています。誰かがいるようです。
『あれは魔女の家よ!』
友達は喜んでそう言いました。ラビアも驚きました。言い伝えが本当の事とは思ってもみませんでした。2人は山を降りて、小屋の前に着きます。
『開けてみる?』
『でも中の人が怖い人だったら……怒られちゃうよ?』
どうしても帰りたいラビアは、友達を怖がらせようとします。でも魔女の事で頭がいっぱいな友達には、意味がありませんでした。
2人が開けるかどうか迷っていると、扉が開きます。中からは小さなお婆さんが出てきました。
『こんな所に何か用かい?』
『あなたは魔女なの?』
友達はお婆さんに聞きます。すると、お婆さんは元気な声で笑い出しました。そして、こう言うのです。
『ああ、そうとも。私は魔女だよ。』
2人は中に入れてもらいました。暖炉に灯る小さな火が、小屋を暖かくしてくれます。真ん中にあるテーブルの席に2人は座りました。お婆さんは暖かいスープを出してくれました。
『寒いでしょ? これでも飲んで、身体を温めて』
熱いスープをゆっくりと飲みました。とっても美味しいスープでした。でもラビアはどこからスープが出てきたのか分かりませんでした。
『どうやってスープを作ったの?』
『それは魔法で温めたんだよ。見て、この模様で上のものを温められるんだよ。』
そこには複雑ですが、キレイな模様が浮かんでいました。友達はそれに触れてみます。すると、模様が少し消えてしまいました。慌てて友達は手を戻します。
『また描けば良いだけです。それよりもここに何か用なの?』
友達が言います。
『魔女が北の山に居るって聞いて来たの』
『隣町の子を連れ去ったって聞いたから』
『あら。そんな話があるのね。私は魔女だけど、子供は連れ去らないわよ?』
お母さんや友達の言う通り、魔女は本当に居たのです。でも子供は連れ去って居ないみたいです。ラビアはこう言いました。
『でも本当に魔女なの?』
あれだけ探していた魔女が簡単に見つかるわけないとラビアは思ったのです。お婆さんは笑います。そして、言いました。
『良いわよ。じゃあ魔法を見せてあげる。こちらへおいで』
お婆さんが2人を連れてきたのは、小さな池。1番下まで見えるぐらい透き通っていました。そのほとりに立つと、お婆さんは地面に模様を描き始めます。
『これは何?』
『魔法を使うのに必要なのよ。魔方陣って言うの』
『魔方陣……』
ラビアは噛むように何度も何度も口の中で同じ言葉を繰り返します。まだ信じられないようです。お婆さんは魔方陣を描き終えました。
『じゃあ見てて。これが【灯火の陣】。』
お婆さんの書いた魔方陣からは火が飛び出しました。パチパチと音を立てて、火が輝いています。ラビアはもう驚きませんでした。
『お婆ちゃんは本当に魔女なんだね!』
友達もラビアが信じてくれて嬉しいようです。2人でお婆さんの魔法をいつまでも見ていました。お婆さんは沢山の魔法を知っていました。
それから何年も何十年も経って、ラビアと友達は大人になりました。毎日、お婆さんの小屋へ行って、魔法を習っていた2人は、お婆さんと同じくらい魔法が使えるようになっていました。
『2人は立派な魔女ね』
『でも街では石を投げられるの』
2人は街では魔女として嫌われていました。あんなに素敵な魔法を使えるのに、みんなは認めてくれません。
『みんなが信じてくれなくても、あなたはあなたよ』
『うん、いつもお婆ちゃんが言ってるもんね』
『2人ともいい子だね』
そんな3人で仲良く話している時。扉が開きました。大人達が沢山います。
『忌々しい魔女どもめ!』
そう1番前にいた男の人は言いました。大人達の中には、ラビアや友達のお母さんも居ました。でも、いつもの優しい顔はしてくれません。
『お母さん?』
『あの子は呪われてるの! 昔から魔女、魔女って!』
今日のお母さんはいつもと違います。ラビアは分かりませんでした。そのまま、ラビアと友達とお婆さんは街まで連れてこられました。
いつも人で大賑わいの街の真ん中には、立てられている三本の丸太と足元の沢山の木の枝がありました。あの木の枝は、火をつける時に使うものです。
3人はそれぞれ1本ずつの丸太に沿って立たせられ、腕と足をひもで丸太に結んで、動けないようにされました。そして、足元の木の枝に火がくべられます。
『熱い!熱い!』
『痛いよ!助けてよ、お母さん!』
『この子達は関係ないのよ!私だけを燃やしなさい!』
お婆さんはラビアと友達を助けてと言い続けました。目の前の大人達は怖い顔をしています。そして、どこか嬉しそうです。不気味な顔でした。
足がとても熱くて、次第に痛みが無くなってきました。そして、ラビアは何もかも分からなくなってしまいました。
それから少しして。ラビアは目を覚ましました。驚いて身体を見ます。何もなっていませんでした。
『どうして? 2人は?』
周りを見渡しても、友達もお婆さんもいません。そして、ラビアがいるのは、ラビアが知らない場所でした。
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