2 - 29.『Loser & Steps』
2-29.『敗北と次への一歩』
「これで私の勝ちよ。【第一制限解除】。」
羊主がそう呟く姿は、記憶の魔法で見えた父親の姿に重なって見えた。
「その能力は何なんだ?」
「もう君に説明する事は何も無いわ。【転移】。」
羊主の姿が消える。直後、背後の気配を感じ、僕はその場から飛び退いた。そこに魔法攻撃が直撃する。間一髪であった。
「より強い効果の能力が使えるという訳か。」
「まあ、その通りね。能力に使用の制限は無いわ。この時点でもう私の勝ちは決まったものよ。降参しなさいな。」
「そう言わずに力試しさせて下さいよ。」
「曲がりなりにも君の先祖なんだけど?」
「この世界では関係ないと、さっきも言ったでしょ!」
僕が話している隙に再び攻撃しようとする羊主から距離をとる。そのまま左手に触れる。
「【多重詠唱】……!」
「だからそれで何が出来るというの?」
「【幻覚】」
複数の幻覚魔法が同時に羊主を襲う。紫魔法精神系統の魔法である【幻覚】は、かなり強力な魔法であり、【消失】を使う前に幻覚かどうかに気付くのも難しいのだ。
だが、そう易々と羊主は策にはまることは無かった。
「幻覚ね。【消失】。」
「簡単には騙されてくれないか。」
「私は羊主なんだけど? さっきから私に対して態度が生意気じゃないかしら。【権利剥奪】。」
次の能力は何だ? 効果を付与されても、その効果が分からなくては戦略の立てようがないのだ。しばらく様子を窺う。
「緊張しなくていいわよ。もう君の負けは決まったから。第一制限を解除するだけでもかなり使い勝手は良くなるもの。」
「負けが決まった? 何を言っているんだ? 僕は何一つ傷付いていない。」
「じゃあ何かしてみたら?」
羊主の言う事に違和感が拭えないが、取り敢えず【多重詠唱】を継続したままで【紫電】を発動した。
「……魔法が出ない」
「この能力はたった1つ、相手から権利を剥奪できるもの。今は君から一切の魔法の使用を禁じただけよ。でも君はもう私には勝てない。【睡眠】」
意識が途絶えた。
+----------+
目覚めると、そこは中央都市の中央部〈セントロトーレ〉の前にいた。この辺りは人がいないのか、僕が倒れていても気付く者はいなかったようだ。
「さすが羊主。嘗めているつもりはなかったけど、勝てる方法が全く思い付かない。少なくともあの第一制限の解除が出来るようにならないと、いけないのかもしれないな。」
僕は左手を見る。紋章の龍が動いたような気がしたのだ。気の所為だろう。それよりもそろそろ宿舎に戻ろう。シーナやサグルに心配を掛けてしまった。
偶然、付近を通った者に道を聞き、宿舎に戻った。宿舎に入ると、受付をしていたカエデさんと目が合う。
「ああ、大丈夫だったかい?」
「いえ……御迷惑をお掛けしました。」
「良いのよ。君の言う事は私にもよく分かる。君とは違って、私は怖くて口に出せない臆病者だけどね。」
「そんな事ないです。僕がただ世間知らずなだけですよ……」
本当にそうだったと思う。あの時だって、もう少し良いように立ち回れば、人狼の人を救う事が出来たかもしれない。タラレバで話をするのは、言い訳に過ぎないが、それでも後悔が心を満たしていた。
「とにかくお腹が空いただろう? 早くご飯を食べな。君の連れもいるから。」
僕は食堂の中を見た。端の席にシーナとサグルが見える。2人は黙っているだけだった。カエデさんに一礼すると、僕は2人の元へ向かった。
「ごめん、心配を掛けました。」
「遅い……」
「謝ったじゃないか。」
「ロムスは裁かれてたかも。」
「羊主が命の重さを知っている人だったから、それだけはしないみたいだったんだ。ただ二度としないとは誓わせられたけどね。」
僕は笑う。シーナの言う事はもっともだ。羊主があの人でなければ、僕の命は容易く散ってしまったかもしれない。判断ミスだらけだ。
「サグルさん、ごめんなさい」
「いや、僕の態度がロムスの怒りに繋がったんだと思う。悪いのは僕の方だ。」
サグルが頭を下げる。
「頭を上げて下さい。実際に事を起こしたのは僕です。羊主から聞いて分かったこともあります。今でも迷い人の優遇するような措置は気に食わないですが、この世界でのルールは最低限守るつもりです。」
「そう言ってくれて僕も嬉しいよ。ありがとう。」
僕とサグルは握手をした。シーナは握手の意味が分からなかったようだが、男の友情的な何かと説明しておいた。多分それで間違いない。
「一応、僕が捕まってからの話をしますね。」
一拍置いて話を変える。
「僕は羊主と会いました。彼女は僕と縁の深い人でした。」
「縁の深い人?」
「僕の祖父の姉です。色々な事に巻き込まれて、この世界に来たみたいですね。」
「ロムスと関わりのある人だったのか。」
「でも僕は彼女を許す気はありません。少し戦いましたが、打つ手がまるで無かったんです。」
「あの羊主と戦ったの?」
「それはさすがに無茶じゃないか?」
シーナとサグルが戦ったと聞くと、驚いて聞き返す。さすがに突拍子もない話だったかもしれない。
「負けて言うのもなんですけど、僕は再戦をします。次は勝つつもりです。」
「勝つ見込みはある?」
シーナが聞く。僕は首を振った。
「今の所はない。でも羊主の戦いを参考にして、得られるものも多くあった。この世界でなら、僕は強くなれる、そんな気がするんだ。」
「なかなかに曖昧な予定だね。」
「それだけじゃないです。僕は〈紋章式魔法〉を習得するつもりです。」
「紋章式魔法って?」
「僕は知ってるね。紋章を描いて魔法を発動させるスタイルだね。」
サグルはやはりこの世界に僕とシーナよりいる。墓場の世界の多様性に気付いているようだ。僕はサグルの説明に補足を加える。
「僕達の世界では〈詠唱式魔法〉しか使われていない。でも世界ごとに色々な魔法がいる。その1つが〈紋章式魔法〉なんだ。
この魔法は、詠唱を少しも使わなくて、魔方陣を書いておけば、どのタイミングでも魔法を行使できて、なおかつ、長時間魔法を発動させ続ける事が出来るんだ。」
「それなら羊主に勝てる?」
「詠唱と紋章を駆使すれば、必ず。」
僕は自信を持って頷いた。欲を言えば、〈意志式魔法〉が最も使えるようになりたい魔法だが、一番高難易度であると考えればすぐに分かることだ。今は辞めておくことにした。
「僕はこの計画で当面は動くつもりだ。シーナはどうするの?」
「私は……冒険者をする。」
「分かった。一応、この宿舎だから会うことが出来る。その時に報告を取り合うことにして、基本的にはこれからは別行動にしよう。
そして、来るべき日に備えて、己の技術を高めておく。それが目標だ。」
「僕も手伝えることがあれば手伝うよ。」
「はい、サグルさんもありがとうございます。」
僕達は墓場の世界で新たな一歩を踏み出したのだった。
ポイント評価・ブックマーク登録お願いします!!!




