2 - 26.『Emperor - III』
2-26.『羊を連れる者 3』
エレーナの母親が亡くなって数日。セルヴィアーダ家は、人が居なくなったように閑散としていた。
では、セルヴィアーダ家の者はどこに居るのか。その答えは、屋敷から遠く離れた場所にある、墓地の前にあった。
今日は、ミシェナ・セルヴィアーダの葬式が行われる日であった。粛々と葬式は執り行われ、ミシェナ・セルヴィアーダは地面に埋葬された。そして、その遺体を埋めた土の上に1つの墓石を魔法でつくる。
これは古くから行われる葬儀方法であり、セルヴィアーダ家もそれに則っていた。墓石には『ミシェナ・セルヴィアーダはここに眠る』と彫られている。
「お母様……」
父親の隣でエレーナは泣いていた。父親は、堪えているようだったが、心はどこか鬱屈としているのか、顔の表情は覚めないままである。
「ミシェナ、ミシェナ、ミシェナ……」
ただただ愛すべき妻の名前を呟くばかりであった。エレーナはそんな父親の様子を見て、なお一層泣くばかり。セルヴィアーダ家に雇われるメイドや執事も暗い表情のままだった。
「これにてミシェナ・セルヴィアーダの葬儀を終わります。神に祈りを。」
司祭は葬儀を終えると、父親から御布施を受け取りその場を去った。墓場には雨が降り始める。
「当主様、屋敷に戻りましょう。」
半ば強引に執事は父親を停めている馬車に乗せた。その後にエレーナが乗る。静かに馬車は走り出した。
屋敷に戻ると、何故か屋敷には明かりが灯らなかった。屋敷の大半の人間が葬儀に参加したが、数人を防犯の為に屋敷に残している。
皆が帰ったと分かれば、門の明かりが灯るはずだ。だが、明かりは一向につかない。
「何が起こったのだ……?」
執事が自身が乗っていた馬車を降り、一足先に屋敷に向かった。僕もその後について行った。
執事が屋敷の扉を開く。
「鍵が掛かっていない? 屋敷の者はどこに居るのだ?」
勤務が無い使用人の休憩する専用部屋があるが、そこに執事は向かった。だが、そこにも誰も居なかった。
「屋敷の者はどこに消えたんだ!?」
そこで執事は魔法で人を探そうとする。小さく人探しの魔法を唱えた。魔法が機能し、人が居れば、ぼんやりと現れた光が人の元へ案内する。しかし、人が居なければ光は消えてしまう。
光は消えなかった。つまり、屋敷に人は居るということだ。魔法光に導かれるままに、執事は屋敷の中を渡り歩いた。
向かった先は父親の部屋。執事は部屋に入る。執事は中に入り、光魔法を唱えて、部屋を明るくした。
「皆、どうしたのだ!?」
屋敷に残っていた使用人全員が惨殺されていたのだ。その肉片が無残にも部屋中に飛び散っていた。
「……これを当主様に見せる訳にはいかない。どうしたものか。」
取り敢えず戻らない訳にはいかず、執事は馬車が待機している場所に戻った。そして、使用人全員を集める。
「皆、まだ立ち直れていない者もいるかもしれないが、どうか落ち着いて聞いてくれ。……屋敷に残っていた使用人が全員殺されていた。」
メイド達が悲鳴をあげようしたが、慌てて口を塞いだ。だが、全ての者の顔が凍り付く。さらに執事は続けた。
「犯人が誰かは分からない。犯人探しは後だ。それよりもすべきなのは、当主様への説明だ。これ以上、当主様を傷付ける訳にはいかない。負担が大きすぎるのだ。どうすれば良いだろうか。」
聞いていた使用人の1人が発言する。
「当主様の部屋だけでも片付けて誤魔化せないのか?」
「それが……かなりの惨殺具合でな。魔法でも少しの時間で片付くかどうか。それに亡くなった使用人にも悪い。」
「しかしな……。」
しばらく考えたが、意見が纏まる兆候は見えなかった。ここで執事は諦める。
「すまない、皆ありがとう。私は正直に伝える事にする。全ての責任は私が被ろう。皆は知らなかった事にしてくれ。」
「それでは貴方があまりに不憫でないか!」
「そんな事を言っていられると思うのか!? これ以上の犠牲を増やす訳にはいかない。最低限の犠牲で物事が上手く運ぶのなら、そちらの方が断然良い。」
もう執事を止めることは出来ない。それを分かっていた使用人達は、これ以上発言するような事は無かった。執事は父親の元へ戻る。
「すみません、大変遅くなりました。」
「……」
「……当主様。言い難いのですが、屋敷に残っていた者達が何者かによって殺されました。全て私に責任があります。」
「……良い。」
「私の責任です。」
「良いと言っているだろう!!私はもう聞きたくないのだ!それが分からないのか!
もう何もかもうんざりだ。ああ……全て終わらせてしまえば良いのか。」
父親は左手の龍の紋章に触れる。執事が止めようとする。だが、魔法で作られた壁に行く手を阻まれる。
「辞めてください!当主様!」
執事の止めようとする声が聞こえる様子はない。父親は何かを唱え始める。
「……【第一制限解除】。」
突然、父親を取り巻くように魔法の渦が現れる。強い魔力衝撃が周囲に襲い掛かる。執事は数メトル飛ばされる。
「うっ……と、当主様、お辞め下さい!!」
「……【第二制限解除】。」
龍の紋章は紋様を変える。左腕を龍の紋章が覆う。
「……全て滅べ。【滅び】。」
「当主さ……ま……」
執事の声が最後まで紡がれることは無かった。世界から音が消える。
長い時間が過ぎた。雨は止んでいた。いや……消えていた。屋敷も、近くの街も消えていた。遠くに小さく見える王都が見えていた。
エレーナと父親、そしてその使用人が立っていた場所以外の地面は消え去り、虚空が広がるだけとなっていた。
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