2 - 25.『Emperor - II』
2-25.『羊を連れる者 2』
再び世界が変わる。どうやら羊主が操作した通りに、見せたい時代がダイジェストに流れていくようになっているらしい。
次の光景はエレーナが歳を重ねていた。
「当主様。そろそろです。」
側に静かに立っていた執事がそう告げる。父親はどこか焦りを感じているのか、しきりに隣の部屋を気にしている。そこにエレーナが来た。
「お父様!あとどれくらいなの?」
「エレーナ様、お静かに。奥様の負担になりますので。」
「……分かった。それでお父様、どうなの?」
「エレーナが焦る気持ちも分かるが、お母さんは大丈夫だ。」
「ほんと?」
「ああ。だからそこに座って待っていなさい。」
「うん。」
恐らく先程までの流れから察するに、ここはおよそ半年から1年後。正確に言えば、エレーナの妹か弟が出産する日だろう。
この光景を見せたという事は、何かが起こるに違いない。そして、それが必ずしも幸運であるとも言えないのだ。
静寂に包まれる事、数分。隣の部屋で激しく人が行き来する足音が聞こえ始めた。同時に父親とエレーナは立ち上がる。父親は執事を見る。執事は頷くのみだった。
エレーナから少し冷たい視線が浴びせられ、父親は気まずそうに咳払いをする。
「コホン。じゃあ、ミシェナのところに向かおうか。」
「うん!」
タタタと軽快な音をさせて、エレーナは隣の部屋に向かった。その後を父親、執事が続き、そこから距離を置いて僕はついて行った。
隣の部屋……母親の部屋は、つい先程までの世界で見ていた景色だ。時代が古いのだろうか、衛生に関する気配りはされていないようだ。
最低限、部屋が汚れないように魔法が施されているのみである。
だが、そこに衛生面にまで魔法を使うあたり、やはりセルヴィアーダ家と言うわけか。エレーナと父親は、母親のベッドの側に立つ。
「当主様、男の子ですよ。」
「おお!元気な男の子だ!よしよし。」
今にも泣き出しそうな小さな小さな男の子を抱えると、父親は腕をゆっくりと揺さぶり、赤ん坊を寝かし付けた。
「危うく泣く所だったようだ。ぎこちなかったが、寝てくれて一安心だ。」
「ふふふ。貴方の父親らしい所を見れて私も嬉しいわ。」
ベッドに横になったまま、そう言うのは母親である。出産で疲れたようだ。エレーナがその手を優しく握っている。
「そう言われると恥ずかしいが、エレーナの時で苦労したからね。2人目ともなれば、なんとなくでもできるようになるさ。」
「貴方の悪い所よ。何でも謙遜しないの。エレーナも来てくれてありがとう。」
母親は父親をからかうと、エレーナの頭を撫でた。くすぐったそうにエレーナは笑う。父親は抱えていた赤ん坊を母親の横に寝かせる。
「名前は決めたの?」
「ああ。カイオスだ。太古の英雄の名前。そんな大人になって欲しいと思ってね。」
「いい名前ね。きっと貴方みたいに良い人に育ってくれるはずよ。」
そう家族が仲睦まじく話している時。僕は父親が呼んだその名前を聞いて唖然としていた。
『確か行方不明扱いだけど、僕の祖父の名前は……カイオス。太古の英雄カイオスと並び称される、魔道士の英雄として名高い人だ。ということは……。』
僕が発する言葉は他人には聞こえない。僕はあくまでもこの世界の傍観者なのだ。記憶を探るが、祖父に姉がいたなどという話を聞いた事がない。であれば、異世界に行く時に名前が消されたか、存在を秘匿されたかだ。
エレーナと僕は近い縁者だったのか。その事実に驚愕し、エレーナの顔を見た。確かに僕の母さんに似ているようでもある。
「エレーナ、あなたがお姉ちゃんになるの。」
「お姉ちゃん?」
「そう、お姉ちゃん。カイオスに優しくしてあげてね。」
「うん!」
元気に頷くエレーナを見て、父親と母親は優しく微笑む。だが、それも長くは続かなかった。
突然、母親の顔が青ざめる。エレーナの方を見ていた、父親は気付かない。代わりにエレーナが気付いた。
「お母様?」
「……」
「お父様、お母様が!」
「……ん? み、ミシェナ!!」
慌てて父親が母親に駆け寄る。先程まで伸ばしていた母親の手は下がっている。その手を父親が握る。
「ミシェナ!ミシェナ!」
だが、母親の瞬きは小さく、覚束無い。意識が朦朧としてきているようだ。
「おい、誰か!こっちに来てくれ!」
「どうしましたか、当主さ……!?」
隣の部屋に待機していた執事が部屋に入り、父親と母親を見ると、すぐに状況を把握する。
「すぐに治療師を呼んでくれ!」
「畏まりました。」
指示を仰ぐと、執事はすぐに部屋を出て、治療師への連絡を取る。数分後には、執事と治療師が部屋に入る。治療師は数人いるようだ。すぐに治療を開始した。
「当主様、奥様の御病気について理解されているのではないですか?」
「ああ、理解している。そして、恐らく治らないだろう。」
「お父様……?」
「エレーナには聞かせたくないが、遠くない未来に来ると分かっていた事だ。今話してしまった方がいいだろう。」
エレーナが息を飲む。執事は多かれ少なかれそのような事だと気付いていたのだろう。静かに父親の発言を見守っていた。
「ミシェナは先が短い。たとえ、今は生き長らえる事が出来ても、次は可能かどうかも分からない。まず、今ですら厳しい状態だ。」
「お母様……死ぬの?」
「……ああ。お父さんがこんな事を言って大人気ないのは分かっている。だが、それでもエレーナは、突き付けられた事実を受け止めなければならない。」
「うぅ……」
エレーナは父親に抱きつくと、そのまま泣き出した。必死で治療している治療師達に負担をかけないように、父親はエレーナを連れて、部屋を出た。
その数日後、エレーナの母親であるミシェナは亡くなった。
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