2 - 24.『Emperor - I』
2-24.『羊を連れる者 1』
気付けば、僕は違う世界に立っていた。また世界を超えたのか。もう懲り懲りである。
「エレーナ。」
「お父様!」
僕には目もくれず、女の子がその父親らしき男に駆け寄る。父親はエレーナを持ち上げる。
「ハハハ!」
「何かあったのかい?」
「これが庭に落ちてたの。」
エレーナが父親に見せたのはパイプだった。父親はそれを見て、自分の胸ポケットに触れる。そこにあるべき感触が無いことに気づく。
「ありがとう。これはお父さんのだ。」
父親はエレーナの頭を撫でる。エレーナは目を細めて笑う。
「一緒にお母さんの所に行こうか。」
父親とエレーナは手を繋いで部屋を移動する。僕はその後ろをついて行った。恐らくこれは羊主の過去。そしてここは、セルヴィアーダ家である。
廊下は見覚えのある額縁や美術品が飾られている。そして初代セルヴィアーダの自画像。かつて僕に囁き掛けたあの女性である。
廊下の端にある扉を開く。2人が部屋に入った。扉が閉まる前に、慌てて僕も滑り込んだ。やはり僕に気付く気配は無い。
誰かの部屋だった。話から察するに、母親の部屋だろう。そして、ベッドで寝ているのが、この部屋の主。そばにあるテーブルには、色とりどりの果物が置かれている。
「お母様の病気はいつ治るの?」
「今、お母さんはすごい頑張ってるからね。もうすぐ治るよ。」
エレーナは父親と共に母親の手を握る。違和感に気付いたのか、母親が体を動かす。メイドが慌てる。父親はそれを手で制した。
「頑張ってるお母さんの邪魔をしちゃいけないから、手を離しておこうか。」
「うん。」
聞き分けが良いエレーナは、すぐに手を下ろす。だが、エレーナの身体は少し前に寄る。父親はその行動に疑問を持ったようだ。
「エレーナ、どうしたんだい?」
「お母様の左手に変な絵がある!」
「ああ、これはね。セルヴィアーダ家に代々受け継がれる特別な加護だよ。」
「かご?」
「荷物を入れる籠じゃなくて、その人を守ってあげる特別な魔法の事だ。お父さんにも、ほら、こうしてあるんだ。」
父親の左手を見せる。僕は見えなかったので、見える位置に移る。確かに僕と同じ龍の紋章を母親、父親共に持っている。言われたとおり、魔法として受け継がれているという事だろう。
「エレーナが大きくなったら、その加護を受け継ぐことになる。そして、良い旦那さんを見つけて、このセルヴィアーダ家を守るんだよ。」
「分かった!!」
幼いなりにエレーナの中で納得したのだろう。元気よく頷いた。
「じゃあ、エレーナは部屋に戻っててくれるかい? お父さんは少し用事があるから。」
「じゃあね!」
「うん、また夕食の時にね。」
エレーナはメイドに連れられて、部屋に戻って行った。僕は当たらないように避けると、この部屋に残った。父親の話を聞きたいと思ったからだ。
しばらく父親は立っていただけだった。そして、母親の顔をずっと見ていた。突然、父親は口を開いた。
「起きているんだろう?」
「ええ、分かってたの?」
「誤魔化したようだけど、手を握られて気付いたのだろう?」
「エレーナには悪い事をしてしまったわ。」
「あの子は賢い。分かってくれるさ。」
「そうね。」
「それで君の容態はどうなんだい?」
「回復の見込みは無いわ。この龍の紋章を持った女性が早死するっていう噂は本当だったのね。」
「この大陸中の魔道士を掛け集めたのに、回復方法は無しか……。」
母親は父親の腕に触れる。
「私は貴方に出逢えただけで満足。そして、子供にも恵まれたわ。」
「その通りだ、だけど、君がいないと、意味は無い!」
「そんな事を言わないで。貴方はセルヴィアーダ家の当主。自分を強く持ちなさい。本当であれば、複婚をする立場なのよ。それなのに、貴方は私だけ……。」
「君以外に愛せないから。」
「そう言ってくれると嬉しいわ。でも貴方が心配なの。私が居なくなった後、エレーナだけになった貴方がどうなるのか私には分からない。」
「今は君の心配をしている!」
「私はもう助かる見込みは無いの。それはこの龍の紋章が1番分かってる。」
母親が見せた手に描かれる龍の紋章は、父親や僕の紋章と比べて、色が薄く、今にも消えかかりそうである。
「龍の紋章は生きる証。これを持つ者は、弱い者。誰からも相手にされず、一人ぼっちの者。そんな人々に生きる力を与える加護。誰かに愛されると、この紋章は消えていく。そして、紋章が消える時、その人は死ぬ。」
「っ……!!」
「これは加護であり、呪いでもある。セルヴィアーダ家に受け継がれてきた、自分自身をも傷付ける棘。」
まさに諸刃の剣。つまり愛されたこの母親は、呪いに侵され、死へと刻一刻と近付いているという訳だ。寿命は龍の紋章が完全に消える時。
「じゃあ、なんで男は死なないんだ!」
「男は弱いの。心のどこかで捨てられるかもと怯えてる。それを貴方は分からないかもしれない。でもそれが人の性。」
「……。」
「せめて、お腹にいるこの子は無事に産みたいわ。」
そう言って、母親はお腹を撫でる。
「絶対に私は君を死なせない。」
父親はそう言い残すと、部屋を去る。そして、世界は姿を変える。
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