2 - 23.『Arrest』
2-23.『逮捕』
次に見えた光景は、殴られた迷い人が飛んでいく姿だった。でもスッキリした気持ちは無い。まだ心の中では蟠りが取れる気配が無い。一瞬、世界は音を無くしたのかと思った。
しかし、すぐに世界は音を取り戻す。
「あいつ、今殴ったのか!? 迷い人を!?」
「でも、あいつ迷い人じゃないのか? 正気か?」
事態は騒然とする。店からは後を追い掛けてきたシーナとサグルが、この状況を見て、唖然としていた。ただ、シーナはそうでも無いようだった。
「おい、あのガキ、何様のつもりだ?」
起き上がってきた迷い人が切れた唇から流れる血を拭う。それを囲うように迷い人たちが牙を剥く。
「悪いのはお前だろ。その人に謝れ。」
「うるさい、ガキは黙ってろ。俺は迷い人なんだ。こんな奴らとは違うんだよ!」
「お前こそ、その口を閉じろ!!」
不意に体から漏れた魔力が魔法となり、相手に襲いかかった。気付いた時にはもう遅い。再び男は後方に飛ばされていた。
「お前、何をした!」
男を囲んでいた迷い人達は、僕を囲み始めた。今逃げれば、シーナやサグルに飛び火する可能性がある。ここは大人しくしよう。
「うっ!」
そう考えた矢先に何かを首に当てられる。電気が身体に走る。魔法とは異なる構造の物を持っていた。考える暇もなく、意識は遠のいていく。
「どうしたんだ!」
薄く目を開くと、取り締まる役職の者だろうか、男が駆けつけてきた。状況を人狼……ではなく、迷い人から聞く。ああ、僕は悪者だな。
「こいつか?」
「そうです!」
「子供だろうと犯罪は犯罪だ。逮捕する。」
僕は男に抱えられる。そのまま連れ去られた。そして、僕の意識は途切れる。
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気付くと、鉄格子の中に捕らわれていた。
「目が覚めたか?」
看守らしき男が問い掛ける。僕は頷いた。
「人狼の方は?」
「彼も勿論逮捕だ。この世界は無法地帯では無い。法律は存在するんだ。人狼もそれを分かっていて、迷い人の男を攻撃したんだ。そこに君が首を突っ込んだ。」
全ては僕の責任という事か。だが、それでも喧嘩を見て見ぬふりする真似なんてできない。後悔する気持ちはない。
「それで、このまま僕は処刑ですか?」
「ハハハハハ!面白い子だ。この世界について誰かから話を聞いたのだろうが、そこまで無法地帯じゃない、と言っただろう? それに君は迷い人だ。軽い刑罰しか待っていない。
そして、君が二度とこのような事をしないと誓えば、それだけで牢獄からは出すことが出来る。どうだ? 認めてみないか?」
「面白い冗談ですね。いくら子どもだからと言って、誘導されませんよ?」
「口だけは大人だな。だが、君に何かをする力は無いだろう? 君の連れも人狼局は把握している。」
シーナは人質という訳か。もしかしたらサグルの事すらも知られているのかもしれない。いや、知られている。人狼局には様々な世界から現れた迷い人がいる。諜報能力に長けた者がいてもおかしくない。
「僕の負けです。」
両手をあげる。
「じゃあ、誓うか? これが誓約書だ。」
そう言って、男は誓約書を実際に牢に入れようとしてきた。僕はそれを攻撃性のない赤魔法で燃やす。誓約書は灰と化した。
「はあ……。めんどくさいやつだな。まあ、そこにいても死ぬ事は無いさ。ゆっくり考えてろ。」
そう言って、男は立ち去って行った。
「これからどうするかな。シーナが宿から追い出されてないといいけど。その辺はサグルがどうにかしてくれるかな。頼むよ、サグル。」
「ああ……さっきは考えてろ、なんて言ったが、そうする暇は無いようだ。羊主がお前と会いたいそうだ。ついて来い。」
僕が呟いていると、立ち去った男はすぐに戻ってきた。天下の羊主様が何用でしょうか。両手を後ろで縛られ、男の後ろを歩く。
連れてこられたのはかなり大きな部屋だった。男に聞く。
「ここは?」
「天秤の間だ。羊主自らお前を裁くようだな。」
天秤の間の中央にある台の後ろに立たされる。しばらくそこで立って待っていると、何やら大仰な集団が前方の扉から現れた。僕を連れてきた男は最敬礼をする。
「あなたが羊主ですか。」
僕は目の前の女を見据える。睨みつけられた女はフフフと笑う。
「ええ、そうよ。子供なのに良い顔してるじゃない。威勢が良いだけじゃないようね。……貴方は立ち去りなさい。」
羊主は男を下げさせる。敬礼をして、男は素早く立ち去った。さて、面倒な事になりそうだ。僕は呆れた顔をする。
「2人にして何か僕に用ですか?」
「その左手の龍の紋章。」
「どうしてそれを!!」
僕は咄嗟に左手を隠す。
「隠さなくとも何にもしないわ。それにこれは鎌掛けだったのだけど……見事に引っ掛かってくれてありがとう。」
「……」
余りにも無策すぎた。頭を働かせないと、してやられる。脳を活性化させろ……。だが、上手く頭が回らない。
「策を立てようとしても無駄よ。私が妨害の魔法を施しているわ。君のその紋章について知っている事を教えなさい。」
「精神操作魔法……【消失】。」
手のひらの龍の紋章に触れながら発動する。天秤の間の上方にあった霧は消え去った。すぐに頭が覚める。
「これで対等だな。セルヴィアーダ。」
「気付いたのね。」
「この存在に知っている者がそう多い訳ないだろ。」
「まあ、そうね。」
「お前は誰なんだ? どうしてこんな事をする? どうやって羊主になった? 〈墓場の世界〉から帰るにはどうしたらいい?」
「矢継ぎ早に質問しないで。1つずつ教えてあげるから。」
羊主はため息をつく。そして、何か魔法を唱えた。僕が立つ台に一冊の本が現れた。
「それを読めば、自ずと君の質問は解けるはずよ。」
僕はすぐに本を開いた。意識が本の中に吸い取られるような気分だ。気付けば、僕がどこか朧げな形の定まらない世界に立っていた。
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