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2 - 15.『Folklore - II』

2-15.『とある老婆の昔話 2』


連続投稿です!

2-14を読んでない方はそちらから読んでみて下さい!

 圧倒的な情報量に頭痛が起こる。僕は一呼吸置いた。老婆はそれを待ってくれた。


「先をお願いします。あなたが異なる世界へと旅立ち、その後、どうなってしまったのか。僕たちにはそれを聞く資格がある。」


「ああ、分かっているよ。じゃあ、先を話そうかね。」


 町娘と剣客は摩訶不思議な模様の上に立っていた。いわゆる魔方陣。古来で詠唱の代わりとして使われていた魔法媒体のこと。それを見た事のない人々は思い思いの感想を述べていた。


『きれいな模様ですね。』


『ああ……ありがとうございます。奥様、お願いしますね。』


『はい、分かりました。』


 剣客は指に小さな切り傷をつけた。溢れる血は魔方陣へと流れていく。すると魔方陣は光り輝き、2人の姿は消えてしまった。町娘と剣客は異世界へと旅立った。


『ここが私たちの世界です。』


 そこは荒廃していた世界だった。どこまでも広がる景色は廃材の山。それが何なのか、町娘には理解できない。それでも不快な感情はうっすらと心の中で渦巻いていた。


『奥様、私たちの仲間があなたを待っています。こちらへ。』


 剣客に案内されるがまま、町娘はついて行った。いつまでも廃材の山は無くならない。それどころかコロコロと白骨が転がっている。


 不気味な場所だった。どんよりとした雲、とめどなく振り続ける雨。心はさらに暗く沈んでいく。


『ここです。雨の中です。風邪を引くといけません。シャワーを浴びて下さい。着替えはそちらへ置いておきます。未使用の女物の服なので、ご安心下さい。』


 町娘はどこか用意周到なその状況に疑問を覚えたが、それを聞くことは出来なかった。半ば強引に脱衣所へと押し込まれたからだ。


 服を脱ぎ、町娘は浴室へと入る。天然風呂だった。温泉だったのかもしれない。


 だが、そんなことより町娘が気になったのは、天然風呂の敷居の外で鳴り続く足音だった。風呂が覗かれている訳では無かった。右から左へ同じ方向へ足音が続くのだ。


『なにがあるのかしら。』


 気になったが、それよりも剣客の頼みがある。手短にシャワーを浴びて、温泉に浸かる。身体まで染みる温かさだった。雨に打たれた身体にはよく効くお湯加減だった。


『いいお湯。』


 時間を忘れて、町娘は温泉に浸かっていた。そしていつの間にか町娘は眠ってしまっていた。


「私が目を覚ますと、足音は止んでいたわ。雨も止んでいたの。私はすっかりそんな事を忘れてしまって、剣客さんとの約束に遅れてしまったことに驚いて、急いで温泉から上がって、服を着たの。」


 用意された服を着て、町娘が外へ出ると、相も変わらず剣客がそこで待っていた。ニコリとしたどこか気味の悪い笑みを浮かべて。


 剣客は町娘を見るとこう言った。


『いいお湯でしたか?』


『すみません……遅れてしまって。』


『いえ、大丈夫です。私も温泉に入ると時間を忘れてしまうので。』


『それなら良いのですけど。』


 剣客はしきりに町娘の右背後を気にしていた。町娘がそちらを見ようとすると、話を変えて必死に止める。怪しいと思った。前の世界ならそんなことは思わなかったのに。こちらの重く苦しい世界が町娘を変化させていた。


『何がそこにあるのですか?』


『い、いえ……何もありませんよ。』


 町娘はそう嘯くのも気にせず、右背後を見る。そこには狼がいた。自我を失っているようだった。


『狼……?』


 こんなところにどうして狼が、と思った町娘は背後から近寄る人影に気付くことが無かった。


『剣客……さん?』


『危なかったな、人狼。すぐにやれ。』


『……。 』


 狼だと思っていたのは、実は人狼だったという。町娘は意識が定まっていなかった。覚えているのは、最後に襲った首元の強烈な痛みだった。その痛みに叫んだのかどうかまでは覚えていなかった。


「そこからどうなったんですか?」


 老婆は怯えていた。僕もそこまで話してもらえば、続きは理解できる。人狼にまつわる伝説も知っている。人狼に噛まれれば、その者も人狼になってしまうという言い伝えを。


「人狼はね。満月の夜、狼に変わるの。そして自我を失うのよ。」


 満月の夜の人狼はただの狼へと変化する。人狼に噛まれた町娘は人狼へと変化し、そのまま狼の姿に変わった。


「そこからは残酷でした。全ての原因は私なんですけどね。」


 狼に変化した町娘は、剣客を襲った。人狼を襲った。剣客は笑いながら死んでいった。人狼は逃げて行った。


 他の獲物がいないか、町娘は探した。街から街へ、国から国へ、一夜の間探し求めた。そして人を見つける度に噛み殺していった。


「満月が地平線へ隠れる頃には、もう私は獲物を狩り尽くしていたわ。そこで自我を取り戻すの。私は全てのことを覚えていたわ。嘆きたかったの。でも私の心はまだ荒んでいなかったわ。どうにか手を尽くして、偶然にも生き残った人々を救う事に尽力したの。」


 幸運にも生きていた人々は1000人にも昇った。本当であれば、皆死んでいた人々だった。人々は記憶を失っていた。町娘が治療するまでの全てを。


「生き残った人々は私を崇め奉ったわ。皆を助けた神ってね。でもそんなこと私には耐えられなかった。だから逃げ出すことにしたのよ。その逃げ出した先で私を襲った人狼と結婚したの。皮肉よね。子供に恵まれたわ。そして今に至るわね。」


 子供たちはそれぞれが渓谷の奥に住んでいるという。食べ物も子供たちから貰っているらしい。老婆が僕たちを襲ったのは、理性を失ったからということだ。


 この世界に生き残った人々は全てが人狼。人間なのに人間になれない死人のような人々が住む世界。まさに墓場の世界であった。


 話を聞いた後、僕は黙っていた。というよりも何も話を切り出せなかったのだ。襲われたとは言え、老婆の子供たちを殺してしまった。罪なき子供を殺したことに罪悪感を覚える。


「でもね、ロムス。それは偽善なんだよ。」


 シーナは静かに僕に告げる。その通りだ。でも僕は罪悪感を覚えずにはいられない。それが人間の本能であるから。


「良いのよ。私たち人狼はあなたにそう思ってくれるだけでも、感謝しなきゃならないのよ。私たちは満月になれば、あなたたちを襲う。それは防ぎようの無いこと。実際にあなたたちも襲ったわ。それでもあなたは私たちに対して罪悪感を覚えてくれるの。それだけで充分だわ。」


 老婆は微笑んだ。


「先へお行きなさい。もう少し歩けば、渓谷を出られます。そこには人狼の国が広がっているわ。もしかしたらこの世界から私の世界に来た剣客さんのように、あなたたちも元の世界に帰られるかもしれません。それにあなたたちと同じ迷い人(ストレイシープ)もいるわ。」


「……はい。ありがとうございます!」


 老婆の言葉に後押されて。僕は道を進み続けることに決めた。その先に何が待っているとしても。僕はその道を間違えないために。

次話は渓谷の外へ。人狼の国にはなにが待っているのでしょうか。


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