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2 - 14.『Folklore - I』

2-14.『とある老婆の昔話 1』


上下編となります。もう1話だけ続きます。

 巨狼は老婆へと姿を変えると、静かに語り始めた。


「あれは遠い昔のことだった。私はこことは違う世界で暮らしていたんだ。そこはとても平和な世界だったよ。」


 その世界は争い事は一切無かったという。それどころか争いということを知らなかったのだ。世界の理というものは人間がそう易々と理解できる類のものでは無い。その世界を作り上げた神が、争いごとを嫌う神だったというだけ。


「私は1人の町娘だった。普通の家に生まれ、普通の両親に育てられたよ。それはそれは大切にね。もちろん、私も争いなんてものは知らなかった。町のみんなと仲良く暮らしたものさ。」


 そんな町娘は成長するにつれて、美しくなっていった。町娘にしては類まれな美貌を持っていたのである。瞬く間にその噂は町から町へ国から国へ伝わっていった。


 いつしかその町娘が暮らす街にはいつも訪問客で賑わうようになっていたらしい。町娘も売り子として色んな店で働いていた。みんなが幸せで楽しい暮らしだったようだ。


「転機というのかねぇ。私は町娘としては異例の貴族の正妻として迎えられることになったんだよ。これが自慢だったら良かったんだけどね。」


 町娘はその街とは遠く離れた国の領主の正妻として、政略結婚をすることになった。と言っても、人々が憎みあうような政略結婚ではない。全ての人が円満になれる、幸せな結婚だったのだ。


 町娘もそれに喜び、家族もそれを喜んだ。家族はその領地へ引っ越すことにした。当然、町娘と家族とは離れ離れになる訳だが、どちらもそれを悔やむようなことは無かった。


 そして、町娘は貴族の正妻として迎え入れられた。美しい町娘が正妻に迎えられたとして、その領地に住む人々は日夜、宴をした。


「それからどれほどの年が経ったのかは忘れました。でもその時の記憶は鮮明です。」


 若く美しい町娘は、歳を重ねて更に美しさを増した。町娘を正妻とした貴族は、更に富を得た。それどころか王からの恩賞まで授かった。2人の生活はなに不自由のない暮らしだった。


 だが、事件というものは唐突に起こる。そう知ったのは全てが終わった後だったそうだ。仲睦まじく暮らす町娘と貴族の元へ、ある1人の剣客が訪れた。


 その剣客は不思議な事に、自分は遠い別の世界から来たという。それを証明するものは何も無かったが、町娘と貴族はそれに違和感を持つことも無く、歓迎した。貴族の家のたくさんの部屋の1つにしばらくの間、その剣客を住まわせることにした。


「剣客は毎日毎日、私に求婚してきたの。」


 町娘は歳を重ねていたが、依然として美しさは変わっていない。それを見た剣客は毎日のように既に結婚している町娘へ求婚した。争いを知らない人々は嫉妬も持たない。貴族はそれに怒ることはなかったが、町娘はやんわりとそれを断っていた。


「その求婚が100回ほど続いた頃だったかしら。3ヶ月ほどね。突然、剣客の求婚は無くなったの。」


 剣客が今日も来るだろう、と待ち構えていた町娘は来ないことに気付く。召使いに聞くと、剣客はどこかに出かけているようだった。あれだけ続けていた求婚を突然辞めたことに、町娘と貴族、そして貴族の家に使える使用人まで、誰もが不思議に思っていた。


 ある朝、町娘は剣客に呼ばれた。もう求婚を辞めてしばらくだったため、思い当たる要件は無かった。町娘は不思議に思いながらも、言われた時間に剣客の部屋を訪れた。


『おはよう。』


『おはようございます、奥様。』


 いつだって剣客は敬語で話していた。あくまで町娘を貴族の正妻として扱っていた。


『私は奥様に1つ話しておかなければならないことがあります。』


『……? なんでしょうか。』


 剣客はそこで一息をつくと、再び口を開く。


『私はもうそろそろ帰らなければなりません。……いつだったでしょうか。私が奥様に異世界から来た、と言ったことがありましたね。そういう事なのです。』


 つまり剣客は元の世界へ戻らなければならなくなったのだった。その理由が伝えられることは無かった。


『私は異世界で妻を迎えるためにこの世界へ来ました。私の世界はこの世界とはまさに正反対の世界。人々は日々憎み合い、殺し合い、争っています。唯一私が妻を連れてくることだけが、世界を救う方法だったのです。』


 町娘は争いを知らない。だから意味は分からなかった。でも心のどこかがモヤモヤする、そんな不快な感情を覚えるのだった。


『私がその世界に行けば?』


『世界はたちまち救われるでしょう。』


 町娘は悩んだ。今の暮らしは幸せだ。結婚した貴族と離れるのは悲しい。だけど、人と争うという事を知らない町娘は貴族に相談した。もちろん、貴族も争うことは知らない。人を助けたいという思いで、町娘は剣客についていくことになったのだった。


『全てが終わったら、奥様をきっとこの世界に連れて帰ります。』


『頼んだぞ。』


 剣客と貴族は握手をした。領民たちは歓声を上げた。世界間を結ぶ大きな計画として、全ての民が賛同したのだ。争いというものを知らないから。


「私はそうして過ちを犯しました。」


 老婆は一旦話を区切った。

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