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2 - 13.『Dead Heat』

2-13.『デットヒートのその果てに』

 すぐそこにまで、狼の群れは迫っていた。狼の遠吠え、狼の足音、そして、息遣いまで耳の間近で聞こえている。気付かれているのか、気付かれていないのか。……いや、気付かれているだろう。緊張で心臓が止まったかのように思われた。


 すぐ横のシーナは大丈夫なのか。首を向けて確認したいが、それをすれば微かな音で完全に居場所がバレてしまう。ここは大人しくする他に手は無いだろう。


 それからどれほどの時間が経ったのだろうか。生きた心地がしなかった。狼の足音は辺りで鳴り続けていた。僕たちを探していたのだろう。それから足音は離れていった。


「はぁ……」


 ドッと汗が忘れていたかのように吹き出る。息を潜めるだけで寿命が縮んだ気分だった。シーナの息も荒い。僕は疲れた体に鞭打って、周囲確認を怠らない。まだ狼が隠れていないとも限らない。【灯火】を発動する。仄かな明かりが灯る。


「近くにはいないみたいだ。シーナ、もう大丈夫だよ。」


 僕は後ろにいるシーナに言いかけて、口が動かなくなる。そこには大口を開けた狼が迫るシーナの姿があった。


「シーナ、危ない!」


 焦った僕は思い付いた魔法を唱える。


「【紫電】!」


 雷が空気を疾駆する。狼の口に入り、麻痺させる。その隙にシーナを引き寄せた。時間差で狼の口が閉じられる。歯が噛み合って、甲高い音が鳴り響く。


「まだいたのか……!」


 手短に戦闘準備を整える。と言ってもするのは深呼吸。気持ちを落ち着かせる。ふぅ……


「はぁっ!」


 狼が動き出す前に駆ける――――


 僕の姿は次の瞬間、狼の背後にいた。


「【氷刃】!」


 ヨルクスの十八番技だ。刃は狼の首をはねる。血が吹き出した。小型の狼。巨狼はいない。まだいるのか……? 僕は辺りを見回す前に気配を察知する。


「うっ!」


 次に血が吹き出るのは僕だった。別の狼が僕の横腹を噛んでいた。狼を殴り付け、歯を遠ざける。地面を転がる。狼が追撃しようと、駆け寄ってくる。そこに【紫電】を放つ。狼の動きが鈍る。


「【氷礫】」


 狼と、その背後に隠れていた別の狼へと氷の礫を放つ。体を貫いた。無駄のある戦い。まだまだ戦い方が下手だ。もっと向上しないと……。


 自分の戦いに焦っていた。狼の後に狼が。まさに一難去ってまた一難という状態であった。


「シーナ、逃げるぞ!」


「わかった」


 シーナに先に逃げるように促す。僕は後ろからついて行きながら、魔法で交戦する。僕たちを追い掛けてくる、狼の数はとても数えられるものではなかった。


「まだ夜は明けないのか……!?」


 魔法を連発しながら、僕は叫ぶ。叫んでいないと冷静でいられない。いや、既に冷静じゃないとは思うけども。3回に1回の魔法は外している。魔力消費が激しい。


「【地砕(ちさい)】!!」


 黄魔法土系統の上位魔法。僕は狼が飛び越えられないような地割れを起こした。これで渡ってくるまでに距離を話すことが出来る……!


 一刻も争う。僕とシーナは【高速】を発動すると、全力で狼から離れた。狼はもう豆粒ほどの大きさにまで、小さくなっている。かなり距離ほ開いたようだ。この調子で走っていけば良いだろう。ペースを落とさずに走って行く。


「ロムス、前。」


 こまめに後ろを振り返りながら走っていると、シーナに声を掛けられる。前を見る。そこには巨大な塊。正確に言えば、それは塊と言うには動きすぎていた。もっと正確に言えば、狼そっくりであったことだ。僕たちは狼に動きを読まれていた。


『止まってもらおうかね。』


 重く響く声で狼は声を発した。僕は抵抗する事を止める。降参を示すように両手を上げた。


 それを見た狼は信じたのだろう。巨大な姿で威嚇するのを止めた。体を元の大きさに戻す。


『あなたは……分かっていたようね。』


 その言葉遣いは夕方に会った老婆と全く同じものだった。予想はしていた。明らかに不自然な小屋だったのだ。どうやって食料を得ていたのか。どうやって水を得ているのか。どうやって火を起こしているのか。どうやって渓谷の奥深くで生き長らえているのか。


「もう少し誤魔化そうと思えば、誤魔化せたはずです。恐らく情が本能に勝ったんだと思います。あなたは狼ではなく、人間ですね?」


 渓谷の長い道のりで僕は色々考えていた。老婆はそうしないといけない理由があったのではないか、と。


「そして、小さな狼たちはあなたの子供だ。」


『その通りよ。あなたは頭が良いのね。私の見立て通り。』


 巨狼は姿を人へと変えた。やはり老婆だった。


「あなたの身に何が起こったんですか?」


 僕は核心へと迫った。結局、それは避けて通れない道だと知っていたから。それは老婆も感じていたのだろう。何を言う訳でもなく、すぐに自分の身の上話を語り始める。

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