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2 - 12.『Bonded Valley』

2-12.『囚われの渓谷で彷徨って』


久しぶりの投稿です。話は動き出しています……!!

「遠慮しないでお入りなさい。」


 優しげな表情をした老婆に導かれるままに家に入る。老婆は1人でひっそりと暮らしているようだ。


「どうしてここに……?」


 僕が問うた。老婆はそれに答えることなく、首を振る。


「お腹が空いているでしょ? 食べながら話しましょう。」


 数分後には机の上にパンとシチューが置かれていた。どうやらパンを何処かから仕入れているらしい。という事は他にも人がいるということか。シーナと僕と食事を取っていると、それを眺めていた老婆が静かに話し始めた。


「何から話そうかしら……。そうですね……この世界には『迷い人(ストレイシープ)』が多く住んでいます。」


迷い人(ストレイシープ)……ですか?」


 そんな人がいるのか。初めて知った。王都の図書館にもそのような記述のある本はなかった。


「あなたたちが住んでいる世界と私の住んでいる世界とが同じとは限らないのです。この世界は様々な要因から世界に生じた亀裂――――そこに迷い込んでしまった人々が彷徨い辿り着く場所。人々はここを『墓場の世界』と呼んでいます。」


「やはり……他にも人が住んでいるんですね?」


「おや、どうして知っていたんだい?」


 老婆は優しげな表情に驚きを見せる。僕は慌てて弁解する。


「あ、いえ……小麦を発酵できるような環境が無かったので。」


「ふふふ、あなたは賢いのね。そうよ。少し遠いけれど、街もあるわ。国もある。多分、あなたたちの世界と変わらないと思う。戻る手段が無いのなら、行ってみたらどう? 悪い街ではないわ。」


「そうですね……そうします。」


 と、ここでシーナの存在を忘れていたのを思い出す。シーナにも聞く。


「シーナはどうする?」


「私もそれでいいわ。」


「おばあさん、パンとシチューありがとうございました。美味しかったです。」


「それは良かったわ。また来てね。」


「機会があれば、是非そうさせて頂きます。今度はお土産と共にでも。」


 僕は微笑んだ。老婆はその柔和な笑顔には似つかわしい、悲しみが見え隠れしていた。だが、僕は敢えて触れないでおいた。世の中には言わない方が良い事もある。何もかもが正義だとは限らない。世界には偽善も溢れ返っている。


 僕たちは手を振って老婆に見送られた。まずは渓谷を抜けないといけない。うっすらと霧のベールが辺りを包んでいる。迷わないようにシーナとの距離を詰める。


「暗いね。」


「そうだね……。」


 老婆の住んでいた所には太陽の光が差し込んでいた。だが、すぐにその太陽も隠れてしまった。薄暗い谷底。何かが出てきそうだ。


「【灯火】。」


 赤く燃える小さな光の玉が出現する。魔力が少なくて済む便利な魔法だ。日が暮れているのか、段々と暗くなっている。薄暗さは暗さを増し、既にシーナも見えないほどだった。


「ロムス、そこにいたんだね。」


 気付かぬ内に距離が離れていたようだ。もう少し【灯火】を使うのが遅れれば、互いの居場所が分からなくなっていたかもしれない。


「疑問があるんだけど」


 不意にシーナが発言した時、僕は背後を見ていた。犬の遠吠えのようなものが聞こえたからだ。声のしたシーナの方を見る。


「どうしたの?」


「あのおばあちゃんが、ここは墓場の世界って言ってたけど、本当にそうなのかな?」


「え?」


「気付かない? 私たちは崖から落ちたんだよ。そして気付いたら、崖の下にいた。別の世界? 偶然でも本当に有り得るのかな? それに街があるって言うのも、この渓谷の深部に住んでるおばあちゃんが知ってるのがおかしいと思うの。」


 そう言われれば一理あるような気がする。僕は老婆がパンを出してくれたから、他にも人がいると考えた。だけど、いつまで経っても街には着かないのだ。もう3時間は歩いている。


 果たして何が正しいのか。老婆の言ったことが嘘だとしたら、どうしてこんな渓谷に1人で住んでいるのか、パンは、シチューの具材は、どこで手に入れたのか。腑に落ちないことも多いのだ。かと言って、老婆の言うことが正しいとも思えない。


「何か手掛かりは無かったか……? あの家に。ここまでの道のりに……」


 僕は考えを巡らせる。その思考を先程から鳴り止まない犬の遠吠えが掻き乱す。


「さっきから何なんだ……!?」


 犬の遠吠えは徐々に近付いていた。更には足音のようなものも聞こえる。僕は慌ててシーナの手を掴み、崖のそばに寄る。そして、魔法を解除した。


「やっぱり何かがおかしいんだ。老婆の家の方向から大量の犬の鳴き声がするはずない。犬があの小屋に気付かないはずがないんだ。あそこだけ光が差し込むのに……!」


 気付いた時には側まで迫っていた。犬 ―――― ではなく、巨狼の率いる狼の群れが。

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