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2 - 11.『Chaser』

2-11.『追跡者』


話は急展開を迎えます。

 僕は内心焦っていた。明らかに〈J-19〉の進行速度が速いのだ。異常な速度で近付いている。まるで何か不正をしているかのように。そして、全く魔物と戦闘している音がしないのも不思議なのだ。


「いやまさかな……」


「どうしたの、ロムス?」


「何も無い……」


 今、それを誰かに伝えたところで推測でしかない。根拠の無い推測で味方を混乱させるのは、最悪な事だ。戦場であれば、勝利することはなくなるだろう。それだけ人々にとって、情報というのは大切な資材であり、そこを軽んじてはいけないのだ。


「次の魔物が出たぞ!!」


 スナートの声に皆が上を見上げる。大きい……!!


「サンドワームだ! 下がれ! こちらに来るぞ!」


 サンドワームは多くは砂の多い砂漠などに生息するが、岩山など地面が硬い場所に生息することもある。岩山などに生息するサンドワームは、胴体の硬度が数十倍も高くなる。


 そんなサンドワームの最も強烈な技の一つが、今しようとしている突撃だ。長い胴体を活かして、蛇が尾を振るうように、鞭がしなるように、相手に攻撃を加える。その攻撃は前方から鉄壁が迫って来ていると思ったらいい。当たっただけで致命傷である。


「あっ……」


「シーナ!!……【無重力】!!【烈風】!!」


 ワームの胴体が迫るシーナを、白魔法重力系統の【無重力】と緑魔法風系統の【烈風】でこちらに引き寄せる。少し荒くなったが、我慢してもらわないと困る。


「スナート、リーラ、シーナはあの岩陰に隠れていてくれ! ヨルクスは魔法を使いながら、ワームの注意を引き付けて!!」


「分かったよ……【氷柱落】!!」


 ヨルクスが注意を引きつける間に、僕はワームの裏側に回る。だが、打つ手立てはない。横側にある崖から落とす? でもどうやって?


 そうする間にも刻一刻とリミットが迫ってくる。ヨルクスの魔力量に然り、〈J-19〉に然り。足音は段々と大きくなる。遂には声まで聞こえてくる。


「〈J-20〉の連中が見えたぞ! やれ!」


「……え?」


 僕が最後に見たのは膨大な数の魔法。それも一つや二つじゃない。手がいくつあっても足りないぐらいに。サンドワームはいつの間にか消えていた。崖に落ちる僕……そして、シーナ……? リーラとスナートはヨルクスと共に反対側の崖へ落ちて行った。命の灯火は尽きかけていた。




 +----------+




「……ここは」


「崖の下。」


 僕は身体の痛みに呻きながら、起き上がった。隣にはシーナがいた。僕たちは無事だった。すんでの所で【無重力】と【微風】を発動し、怪我をすることはなかった。だが、ここは崖の下。どうなるか分からない。


「僕たちは失格扱いにならないのか?」


「設定が書き換えられてるのかもしれない。」


 僕は驚いていた。シーナはあまり言葉を発さない性格だと思っていたが、そうではないらしい。僕がそう考えているのに気付いていたのか、シーナが付け足すように言う。


「あんまり話すことが好きじゃないだけ。」


「そ、そうなんだ……」


 シーナにはどこか有無を言わさぬ迫力があった。僕はたじろぐ。


「それよりも今はここから登ることを考えないといけないな……」


 上が見えない。大体1キロメトルほどだろうか。単純に登ろうとしても、3分の1もいけないだろう。魔法を使っても半分が精々だ。


「ロムスは〈J-19〉の人たちに恨まれてることでもあったの?」


 シーナが首を傾げていた。落とされた原因が分からないのだろう。だけど、僕にもそんな自覚はない。


「分からない。もしかしたら僕たちが彼らを抜かした事に対して、恨みを持ったのかもね。」


 碌でもない理由だが、〈J-19〉ならば有り得る。〈J-20〉にだけは負けない、と自負していたがために、負けた時のショックが大きかったのだろう。別に同情する気はないが、彼らは運が悪かっただけだ。


「歩く?」


「そうだね、歩こうか」


 渓谷は広く深い。無理に抜け出そうとすれば、かえって奥に入ってしまうかもしれない。それならば、光が見える渓谷の先へ歩いて行ったほうが良いだろう。僕とシーナは話しながら、光の先へと歩いて行った。


 一時間ほど歩いた頃だろうか、何かの匂いがした。パンの焼ける匂い。こんな異空間で? おかしな事だが、僕の鼻はおかしくなっていないらしい。


「これはパンの匂い?」


 シーナも同じ事を思ったようだ。人が住んでいるはずのない、異空間に人が住んでいる。これは何かあるのかもしれない。とにかく行ってみるしかない。


「小屋だ……。」


 丸太小屋があった。煙突からはうっすらと煙が出ている。そしてパンの焼ける香ばしい匂い。僕は家の扉をコンコンとノックした。


「どなたかいますかー?」


「はいはい、何でしょう?」


 そう言って顔を出したのは、この薄暗い渓谷とは似合わない優しげな老婆であった。

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