1 - 2.『Magic』
1-2.『魔法』
王都へ向かってはや一週間。馬車での旅には既に飽き飽きしていた。馬車の荷台から足をブラブラとさせて、外の景色を眺める。一面の麦畑。今は春小麦の収穫前なのだろう。
田園風景を眺めていると、ふと勘当されたセルヴィアーダ家の土地を思い出す。この国の公爵という立場である父さん――――今となっては他人だが、セルヴィアーダ公爵は大陸一の魔道士として名を馳せている。
その土地に住む人々も他の貴族の土地と比べると、活気づいていた。この国で一番の収穫量を誇っていたのもこの土地だ。それは公爵の魔法によるものも大きいけど。
「坊っちゃん、王都が見えてきたぞ。」
御者が指差す方向を見ると、王都の巨大な外壁が見えた。この国の王都は二重の壁によって他国からの攻撃から何度も耐え切った歴史を持つ。堅固な壁は壮大である。高さは20メトルほど。人が20人、縦に並んで壁を越せる高さ。とんでもない高さだ。
「すごい……」
と、本で手に入れた知識を頭の中で反芻したとしても、実際に目にしたのでは印象は大きく違った。やはりこの国を頭の支えるだけの都市である。これを壊したいだなんて言ったら、怒られるだろうか。あ、勘当されてたっけ。
馬車に乗ったまま、僕は検問を抜ける。まだ、名目上はセルヴィアーダ家となっている。門兵が土下座をする勢いで頭を下げていたので、僕も気まずかった。そそくさと立ち去ることにした。
「うわぁ!」
王都に入ると、一気に温度が上昇する。人々の発する熱気が王都の気温を上げているのだ。それだけこの都市は人や物の行き来や文化の流入によって大きく発展している。
「坊っちゃん、高まる気持ちは俺にも分かるが、先ずは魔道学院じゃないのか?」
「そうでした……」
うっかり忘れていた。公爵家の大きな都市でもこれほどの熱気はなかった。御者の後に続いて街を歩いていく。王都には珍しい食べ物がいっぱいある。
「魔物の揚げ物どうだい?」
公爵家では考えられなかったことだが、どうやら王都では魔物を使った食べ物が流行っているらしい。意外と美味しいようだ。僕も一つ食べてみる。美味い。
「あの角を曲がって大通りに出れば、魔道学院に着くぞ。」
御者が指差す。そう言われて見ると、学院生らしき制服を来た子供がいっぱいいる。確かに魔道学院は近いみたいだ。自然と足取りが速くなる。
角を曲がると、大きな建物が見えた。古めかしい数百年前の様式の建物だ。少し黒ずんだ煉瓦がその雰囲気を強めている。
「ここだ。では俺もこれで仕事完了だ。坊っちゃんも達者でな。」
「はい、ありがとうございました!」
僕は頭を下げる。御者は片手を挙げて、颯爽と立ち去っていった。父さんには僕の事を聞いたはずなのに、一度も恥さらしとは呼ばなかった。こんな人もいるんだな。
建物の中に入る。すると、薬の香りが漂った。
「ちょっとそこ通るー!!!」
慌てて一歩下がると、その前をすごい勢いで誰かが走り去って行った。
「誰だったんだ……?」
魔道学院は不思議な人もいるものだ。気にせずに受付の所に行く。
「すみません、入学試験を受けたいのですが。」
「分かりました。こちらにお名前と身分をお書き下さい。」
「はい。」
スラスラと何度も書いた自分の名前を書き記す。名前は『ロムス』、身分は『平民』だ。勘当されたからね。受付嬢の目は平民と書いた瞬間に冷たいものと変わる。
「ありがとうございます。では道なりに進んで控え室へ。」
「えっと……道なりってどういうふうに?」
「そんな事も分からないのですか?道なりだから、道なりです。」
そう言って受付嬢は取り付く島もなかった。仕方なく僕は道なりとやらに進むことにする。幾つもの柱が立っている建物内は方向も定かではない。適当に進んでいるだけでは、絶対に辿り着くことはないだろう。
「すみません……」
通りすがりの学院生に聞いてみるも、誰もが受付嬢と同じ反応をする。それでも控え室へと向かうためにそれを数十回と続けていると、ようやく一人の学院生が返事をしてくれた。
「控え室?ああ、入学試験の受験者ね。控え室に向かうには、受付嬢の許可が必要なんだ。だから受付に戻らないといけないね。」
その女子生徒はとても綺麗な顔立ちをしていて、スタイルも良かった。
「じゃあ、一緒に行こっか。」
そう言うと、僕を連れて受付へ戻った。
「すみません、この子が貴女たちに先導魔法を施されていないみたいなんですけど。」
「ええ?そんなはずありませんよ。」
やはり取り付く島もない。受付嬢は意固地だったが、それに女子生徒は楯突いた。
「へえ、そんな態度を取るんですね。では調べてみましょうか。」
女子生徒の言葉で突然空気が変化した。受付嬢の態度が明らかに変になった。
「どうしたんですか?まさか私が鑑定魔法を出来ないと思って、そんな態度を取ったんじゃないですよね?」
必死に首を振る受付嬢の顔は真っ青だ。反対に女子生徒の口角が少し上がる。
「否定をするならいいです。【鑑定】。」
女子生徒の青い目が黄緑色に変化する。と同時に体を触られているような妙なざわつきを感じた。これが鑑定魔法なのか……。
「ふーん」
意味ありげな表情で頷く女子生徒の顔はさらに笑みに染まっていた。
「やっぱり嘘つきね。」
受付嬢は顔面蒼白、今にでも倒れそうなほどであった。単なる意地悪でしたんだろうが、この始末とは自業自得だ。
「これは学院長に報告しておきます。そしてこの生徒に先導魔法を施して頂けますね?」
「は、はい……」
意気消沈している受付嬢が小声で唱える。僕の体を包み込むように光が現れるが、すぐに消え去る。完全に光が消えてしまうと、いつの間にか僕は控え室までの道のりを知っていた。
「これが先導魔法……」
「そうよ。すごいでしょ?学院長が開発した魔法なのよ。」
そう告げる女子生徒の顔はどこか誇らしげであった。それはいいとして、もう時間がギリギリだ。
「すみません!もう時間が!」
「そうね……ごめんね、手間取らせちゃって。」
「いえ、ありがとうございました。それでは!」
僕は示された通りに道を進んで控え室へ着いた。そのすぐ後に試験監督が現れる。危なかった。
「ようこそ、魔道学院へ。私が試験監督を務めさせてもらう、アーバスだ。早速だが、君たちには試験を受けてもらう。全員ついてきてくれ。」
そして、試験は始まった。