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3.埴

 僕はあの時、父の転勤でその地に引っ越してきたばかりだった。


 世間は春休みに入る直前。突然の欠員で異例の移動になった父に僕ら家族は流されるままついて行き、僕は当時通っていた小学校の終業式を待たずして新しい土地に来ていた。まあ、僕も引っ越しは四度目だったのでさすがに慣れていたのだけれど。


 どこにも属さず何もすることがない僕は、見つけたばかりの図書館で本のページをめくる。


 見上げる天井、壁一面に広がる窓、読みきるには無限を感じさせる書物を保存する高い本棚。窓に臨む席は、室内でありながらに静かな春を感じさせた。


 まるで絵画のようだ、と当時十歳の僕が思ったかどうか定かではないが、その陽だまりの美しさに家に引きこもってだらだらゲーム漬けにならずに済んでいた。


 僕は当時の春を自分なりに一生懸命生きることができていたと思う。


 二十歳の僕の脳裏に、今でもあの日々の絵画が浮かぶ。


 陽だまりの中心は、セーラー服姿のあなただ。






「桜、もう見ました?」


 昼休み、休憩室の自販機の前。


 僕は、カフェモカの缶を片手に大きな目をこちらに向けている女神を捕まえた。


「まだちゃんと見てないな……、はに君はしたの?お花見」


 彼女はふんわり柔らかく微笑んだ。負けそうになる。


「僕もまだです。でも……いい場所知ってるんですよ」

「へぇ」

「なので今から一緒に、しませんか」

「え?」

「お花見」


 僕がそこを知ったのは一年前だ。


 入学と同時にデパートの十階にある書店にアルバイトとして飛び込んだ僕は、まだすべてに緊張していた。


 ある日瞬間的に外の空気が吸いたくなって、倉庫にある小さな窓に手を伸ばす。窓を上に押し上げたその先に、大きな川に長く沿う桜の塊が目に映った。まるで水面のきらめきを逃さず閉じ込めるように、両側から覆い続ける鮮やかな桃色。僕は今よりまだ一年若いだけだったのに、ちょっとしたことが特別な景色に見えた。


 そして経験が降り積もる度に、様々なことに慣れてしまった今。見える世界の色の濃さが変わるのは。


「わぁ……すごい」


 あなたがここにいるかいないかによる。


 小さな窓なので僕は遠慮して、彼女の後ろから去年と同じ桜を見ていた。いや、同じ……彼女の華奢な腕越しに見る桜は発光を増している気がする。


 ぼんやりと腕を中心に桜を見てしまっていた僕は、突然振り向いた彼女に少し驚いた。


「ねぇ、あれ、何かな」

「え?何ですか」


 順番を代わるように窓に身を乗り出す。


「あれよ、あれ」


 そう言って彼女はおかまいなしに、僕の二の腕にその華奢な二の腕をくっつけて並んだ。


 僕は。

 自然な息の仕方を忘れ。

 心臓が何かに居場所を奪われるかのように、締めつけられるのを感じた。

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