98 そして、遊戯は終わる
あけましておめでとうございます。
今年ものんびり更新していきますので、よろしくお願いします。
「…その…ケイン…?そろそろ、離してくれると、助かるんだけど…」
「っ…す、すまん…」
「あ、いや、謝らなくて良いから…」
ケインへの思いを自覚し、そのケインに抱きしめられている事に羞恥心を覚えたメリアが、ケインに離してくれるようお願いする。ケインはそれを、抱きしめられて苦しくなったと勘違いしたらしく、すぐに離れた。
それはそれで、少し悲しくなるメリア。羞恥心があったとはいえ、抱きしめられている事自体は嬉しかったのだから。
「っ!すまない。目覚めたばかりで悪いが、足の怪我を頼む…」
「え?…あ!うん」
緊張が解れた事で、足の痛みを思い出したケインが、メリアに治療を頼む。メリアも怪我の事を思いだし、より酷くなる前に回復を発動させる。無理矢理に動かしたため、完治させるには少しばかり時間がかかりそうだ。
治している間、二人はたわいもない話をする。
「そうか、僅かに意識はあったんだな。」
「うん。何も出来なかったけど、声は聞こえてたよ。」
「とりあえず、元に戻れたんだな…」
「…ごめんね、心配かけて。…それに、迷惑も」
「いいんだよ、戻ってきてくれただけでも。…一応聞くが、意識を取り戻す方法なんかは…」
「………ごめん」
実のところ、メリアは意識を取り戻す方法が何なのか、それとなく分かっていた。ただ、それを言うにはあまりにも恥ずかしいうえに、当たっているとも限らない。なので、あえてメリアは言わなかった。
「いや、いいさ。…後は、ナヴィとレイラ、ウィルを元に戻せば、この勝負は終わる」
「…でも、残り時間は」
「あと三十分くらいだな。…だが、そんなに待っていられる程良い状況でもない」
「じゃあ、どうするの…?」
「すでに賽は投げてある。その一つが、メリアの足止めだった訳なんだが…」
「…?」
「まぁ、そのうち分かるさ」
意味深な言葉を残すケイン。メリアも、それ以上詮索せず、回復による治療を続ける。
治療を初めてからおよそ五分、ケインの左足は完治した。本来なら、もっと早くに完治させることも出来たのだが、ケインがそれを拒否したこともあり、ゆっくりとした治療を行っていたのだ。
ケインが足を動かし、痛みが無いかを確かめる。ゆっくりと治療したお陰で、特に後遺症も無いようだ。
「よし、ありがとな。メリア」
「…ん」
「さて…メリア、動けるか?」
「…大丈夫」
「なら行くぞ」
「行くって、どこに…?」
「もう一人の足止め役の所にだ」
*
「はぁっ…はぁっ…」
「………」
「っ、いかせ、ない…!」
ケインが居る場所から離れた一角。そこではイブが一人でナヴィ、ウィル、レイラの三人を相手にしていた。勿論、一人で三人を相手にするなど、イブにとっては無理に等しい。
だが、イブには監獄がある。ユアから受け取った魔力をフル活用し、再び三人を閉じ込めたのだ。ただ、かなり控えめに発動させている。
理由は二つ。目的が時間稼ぎであるため、魔力消費を抑えたかったこと。それと、自身の魔力操作の鍛練の為である。
監獄は捕まれば絶対に逃げられない程強力なスキルではあるが、発動中はかなりの魔力を持っていかれる。幼いとはいえ、かなりの魔力量を誇る魔族であるイブですら、長く持たせるのは至難である。
だが、ケインが逆に監獄を利用できないか、と言い出したのだ。
それが「弱めの監獄で敵を捕らえ、攻撃される部分だけを元の強度に戻す」という方法だ。これなら、魔力調整や魔力操作の練習になるうえに、長く相手を捕らえておけるのだ。
この方法は、今まで試したことがなかった。しかも、いきなり三人を相手にしなければならず、消費する魔力も、集中力もかなりのものだ。
にも関わらず、完璧とは行かなくても、イブは確実にナヴィ達を捕らえて離さない。絶対に進ませないという強い意志が、イブの集中力となって現れているのだ。
だが、イブにも限界はある。どれだけ集中しようと、全てを捌くことは不可能であり、魔力も無尽蔵ではない。いくら弱めているとは言え、元々消費が激しいスキルである。ユアから受け取った魔力も、もはや無くなりかけていた。
それでもイブは投げ出さず、文字通り全身全霊で押さえ込んでいた。
「……!」
「っ!しまっ」
ついに、イブの魔力が切れかけてしまう。その隙をつくように、ナヴィが監獄の壁を突き破る。ウィルとレイラも、続くように突破していく。
イブはそのままへなへなと倒れ込む。すでに、立つことすらままならない状態だったのだ。
ゆらゆらと立ち上がるナヴィ達。その視線が、イブの方へ向けられる。
イブは反撃を覚悟する。だが、ナヴィ達の目を見て、違和感を覚えた。その目はイブではなく、イブの居る方角へ向けられていたのだ。
イブも思わず後ろを振り向く。そこには、こちらへ走ってくるケインの姿があった。
「………!」
「あっ、まっ、て…!」
弾かれたように飛び出すナヴィ達。枯れかけた声で呼び掛けるも、三人には届かない。あわや襲われると思ったその時、後ろからその声は聞こえた。
「させない…!〝防壁〟!」
ケインを守るように現れたバリアが、ナヴィ達を弾く。イブはその光景に、そして、その声に驚く。
ケインの後ろに、メリアがいたのだ。しかも、自我を取り戻している。
何があったのか知らないイブは「まさか」といった表情で固まっていた。
そして、ケインとメリアがイブの近くまで来た瞬間、メリアがスキルを発動させる。
「〝安息〟!」
ケインとメリア、イブを包むようにドーム状の壁が形成される。ナヴィ達が突撃してくるも、安息に阻まれる。
「イブ!大丈夫か!?」
「え?あ、うん…」
「なら良かった。何処か怪我とかは?」
「だいじょうぶ。どこもけがしてないよ。…えっと、その、メリアさま…?もとに、もどったんですか…?」
「うん。…ゴメンね、迷惑かけちゃって」
「あ、だいじょうぶです!…そっか、もどれたんだ」
最後の呟きは声に出していない、口を動かしただけの言葉なので、誰にも聞こえていない。勿論、イブ自身にも。
身の安全を確保できたメリアが、イブの治療を始める。といっても、イブは目立った怪我をしていないので、診察と言った方が正しい。
「…さて、後は向こうだけだが…」
「…そういえば、さっきから教えてもらってないんだけど、何をしようとしてるの…?」
「あぁ、それは…っと、どうやら片付いたみたいだ」
「え?」
ケインが見ている方を反射的に見るメリア。そこには、苦しそうに頭を抱えながら倒れ込むナヴィ達の姿があった。
「メリアは安息の解除、それと、ウィルを診てくれ。俺はナヴィを診るから、イブはレイラを頼む。」
「わかった!」
「えっと、うん…?」
一人何も知らないメリアだけがついていけていないが、突然倒れた仲間の事が心配で、そのことを後回しにして、仲間のもとへ駆け寄った。
*
ナヴィ達が倒れるほんの少し前、物陰に隠れていた少女は戦慄していた。
「なっ、なななっ…我が精神解放を打ち破っただと…!?」
少女は突然支配下から消えた反応があることに驚きを隠せなかった。これまで、自力で支配から逃れた者は居なかったからだ。
その想定外の事態に慌ててしまったのが、少女にとって、大きな失態となってしまった。
「…見つけました」
「なっうぐぇ!?」
突然後ろから声がした。後ろを振り向こうとするも、それより早く自分の首が絞められる。
(い、息が…んぐっ!?)
首を絞められ、息ができず苦しんでいると、不意に何かを押し付けられた。そして、押し付けられたと同時に首の拘束が一瞬緩んだ。一瞬の緩んだ隙に、体は空気を取り込もうとする。少女はヤバイと感じるも、少女の意思とは無関係に体は空気を求め、一気に息を吸い込む。
その瞬間、あり得ない程の眠気と体の痛みに襲われた。
(ま、麻痺…毒…)
抵抗することもできず、その何かを吸い込んでしまい、体が思うように動かない。思考も鈍り、やがて少女は気絶してしまった。
そして、気絶したことを確認し、首の締めた張本人―ユアはそっと拘束していた手を放す。拘束から解放され、少女がその場に倒れ込む。
「…隙を作ってくれて助かりましたね。それに、声も」
倒れている少女を、無表情のまま見つめるユア。
それはまさに、暗殺者の目であった。
「…にしても、少女を探し出して気絶させる…主様も、そんな考えができるのですね」
本当はやりたくないと迷いながらも、今できる最善手の為に卑怯な戦法を取るという、普段のケインでは決して見られないような一面を見ることが出来たユアは、少し嬉しそうにそう呟いた。
そして、少女が気絶したことで、ケインの思惑通りナヴィ達の洗脳が解かれ、遊戯は終わった。




