97 秘めたる思い
…最近、変な気持ちになることが増えた。
普通に暮らしていて、私のせいで幸せ全てを失って、その先でケインと出会って、旅をすることになって、仲間が増えて、また何もかも失いかけて、それでも一緒に居てくれると約束してくれて…
ナヴィ、レイラ、ウィル、コダマ、イブ、ユア…皆、大切な仲間達。なのに、最近は皆がケインと話しているのを見る度、少し複雑な気持ちになる。
この気持ちが何なのか、私には分からない。
どうして、こんな気持ちになるのか分からない。
そんな時、サキュバスに出会ってしまった。
赤い光に包まれて、私が感じていたその気持ちが暴走を始めた。モヤモヤしていて、なんだか気持ち悪い。それなのに、この気持ちを否定できない。
段々と、体が言うことを利かなくなる。その気持ちに支配されて、その気持ちのままに動こうとする。
私は、必死に抵抗した。けれど、溢れだす気持ちは押さえきれない。薄れゆく意識の中、私は心の中で叫んだ。
助けて、ケイン…!
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「どうしよう…ケインさま…!」
「くっ、あまり悠長にしてられないようだな…!」
ゆらゆらとこちらに近づいてくるメリア。恐らく、この場所を真っ先に特定したのだろう。他の三人の姿は見えない。
こうしている間にも、逃げ場がどんどん無くなっていく。
「イブ、ユア。聞いてくれ。このゲームを終わらせる方法が一つだけある」
「それって…?」
「それは―――」
「…成る程。確かにその方法なら、一時間と待たずにこのゲームを終わらせられます。しかし、それには…」
「あぁ。俺がメリア達を引き付ける…囮になる必要がある」
「で、でも、その足じゃあ…」
「無理、だろうな。だから、イブにはメリア以外の三人の相手をしてもらいたい」
「えっ!?でも、イブのまりょくは…」
「それなら問題ない。ユア」
「はい」
「…っ、これって…」
ユアがイブの手を握り、目を瞑る。暫くすると、イブは体に流れ込んでくる魔力を感じた。
これは、ユアの持つスキル〝魔術付与〟の能力の一つ〝魔力譲渡〟だ。
魔術付与は魔導具を作るスキル、とガテツは言っていたが、実際には少し違い、「魔導具を作る」スキルではなく、「元ある物を魔導具に変化させる」スキルだ。
何度か短剣で試した結果、短剣そのものに何かしらの能力を付与することはできても、長時間付与することはできないと判明した。ただ、ガテツも言っていたように、条件付きでその付与を永遠につけることも出来た。
その条件とは、スキルロールの事だった。
スキルロールに書かれたスキル。それを、試しにユアを通して短剣に読み込ませた結果、見事そのスキルを持った短剣が完成したのだ。
つまり、一時的な付与だけならユア一人でも出来るが、その付与をずっとつけようと思えば、付与したいスキルのスキルロールが必要となるようだ。
その様子を見ていた俺が、「それって人に魔力を与えることって出来るのか?」と口に出してしまい、実験台として魔力を流された結果、見事魔力を他人に分け与える事が出来ると判明したのだ。
魔力が満ち溢れ、顔も色を取り戻したイブが手を握ったり開いたりして体調を確かめる。
「…これなら、だいじょうぶです!」
「無理はするなよ。相手は三人。下手をすれば、俺より過酷な状況になるかもしれない」
「でも、メリアさまたちをたすけるには、ここでイブががんばらないといけないんです!」
「そうか…分かった。でも、危なくなったら引くんだぞ?」
「うん!」
「それじゃあユア、そっちは任せた。くれぐれも気づかれないように」
「はい。主様も、無理なさらないように。では」
俺達にそう一言残し、ユアは飛び出した。それと同時に、ユアがかけていた気配遮断のスキルを解除する。
「…!」
突然現れた気配。それが、自分の求める者の気配だと気づいた瞬間、一目散に掛けてくるメリア。
もう、後戻りは出来ない。
「イブ、それじゃあ」
「うん。…ケインさまも、きをつけてね」
「あぁ」
俺とイブは同時に隠れ場所から飛び出す。メリアはイブに目を合わせる事なくイブの横を通り、一直線に俺の元へと向かってくる。
見つけた。もう逃がさない。
メリアの目が、そう物語っていた。
俺だって、逃げるつもりはない。
俺とメリア。二人だけの戦いが、幕を開けた。
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どのくらい時間が立ったのだろう。私は、うっすらとだけ意識を取り戻した。それでも、意識の大半はまだモヤモヤした気持ちに支配され、体もその気持ちのままに動いていた。
そんな中、うっすらと見えた存在。
あれは、ケイン?
その存在を認知した途端、モヤモヤが激しく暴れだした。意識が飲まれそうになるのを必死で堪え、なんとか踏みとどまる。それでも、溢れ出る気持ちのままに動く体は止められない。
っ、避けて!
言葉にしようとしても声に出せない。伝えようとしても届けられない。やがて、ケインが間近に迫ってくる。
その目は、じっと私を見つめていた。
たったそれだけなのに、鼓動が早くなるのを感じた。
早くケインが欲しい。早く襲ってしまいたい。
そして、ケインが目前に迫った時、不意にケインの姿が消えた。体の制御が効かないせいか、上手く止まることが出来ずに木々にぶつかる。どうやら、ケインは私が抱きつこうとした瞬間に体を剃らしたらしい。
それでも、お構い無しに体は動く。ケインも、捕まるギリギリで避けていく。
そんなやり取りも、長くは続かない。次第に、ケインに疲れが見え始める。無尽蔵に襲ってくる私を段々とかわしきれなくなっていき、ついにその場に倒れ混んでしまった。勿論、その隙を逃さないと言わんばかりに、私の体はケインの上に股がる。
もう、止めて…!
どれだけ願おうとも、私の体は気持ちの高鳴るまま、本能に任せて動く。そして、自分の服に手をかけようとした瞬間
ケインに、強く抱き締められた。
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ケインは最初から、かわしきれるなんて思っていなかった。だが、今のメリアを油断させるにはかわす必要があった。
ケインは足の痛みを必死に堪え、最低限の動きでかわしていく。今のメリアは動きが単調になっているためかわしやすい。しかし、足の痛みが枷となり、ケインは段々と自分の動きが悪くなるのを感じていた。
そして、ついに痛みが限界に達してしまい、ケインはその場に倒れてしまう。勿論、メリアがその隙を逃すハズはない。馬乗りにされ、動きを封じられる。そして、メリアが自身の服に手をかけた。
その瞬間、ケインは体を起こし、メリアをしっかりと抱き締めた。
不意をつかれたメリアは抵抗する暇もなく、抱き締められた事を理解するのに少しばかり時間を取った。そして、抱き締めた事を理解した瞬間、顔を真っ赤にしてあたふたしだした。
そんなメリアに、ケインは届くか分からない思いを語りだす。
「なぁ、メリア。あの約束、覚えてるよな?」
―忘れるわけない。忘れるハズもない。
「俺は、お前の居場所になると言った。その事に、俺は後悔したことはない!お前と出会ってなかったら、こんなに大切だと思える仲間が出来なかった!」
―私だって、ケインにそう言って貰えたこと、すっごく嬉しかった。ケインがいたから、今の私がいるんだから。
「今のお前が、何に突き動かされているのか、俺には分からない…だけど!」
―ケインを感じる。高鳴る鼓動も、温かい心も。ケインの全てが、私のモヤモヤとしたソレを満たしてくれる。
―あぁ、ようやく分かった。このモヤモヤの正体が。いや、もしかしたら、ずっと前から分かっていたのかもしれない。
「この先何があろうとも!どんな苦難がまっていようとも!俺はお前に寄り添ってやる!それがお前との約束で!俺が成すべき事だから!」
―変な気持ちになるのは、その気持ちに気付けてなかったから。複雑な気持ちになるのは、皆も私と同じ気持ちだと、どこかで感じていたから。
「だから、戻ってきてくれ!いつもみたいに、そこに居るだけで皆を元気にしてくれているいつものお前に!」
―理解してしまえば、その気持ちは、モヤモヤとしたものから心地いいものに変わる。暴れていた感情が、吸い込まれるように私と一つになっていく。そして、私は彼を思い浮かべた。沸き上がる、この思いと共に。
「メリア!」
―私は、ケインの事が好きなんだ。
その思いに気づいた瞬間、メリアの心は晴れたようにスッキリとしていた。手離せない思いを胸に、やがて意識が一つになっていく。
気づけば、メリアはいまだケインに抱き締められていた。絶対に離さないという意思を感じ、嬉しさと恥ずかしさが同時にメリアを襲う。
「…ケイン、ちょっと、くる、しい…」
「…!め、メリ、ア…?」
「…うん」
メリアが返事を返すと、ケインが驚いた顔を見せ、腕の拘束を緩めた。そして、覗いたメリアの顔を見て驚いた。
メリアの顔は、これまで見たことがない程真っ赤になっていた。恥ずかしさと、嬉しさと、それ以上の幸せで。
ケインはメリアを軽く抱いたまま起き上がり、そして見つめ合う。お互いの瞳が、相手の瞳に吸い寄せられるように。
そして、ケインはその言葉を口にした。
「…おかえり、メリア」
「…ただいま、ケイン」
今年の更新はこれでおしまいです。
次回98話は年明け後の更新となります。
それでは皆さん、よいお年を。




