96 最強で最悪な敵
少女の合図と同時、事切れたかのように止まっていたメリア達が再び動き出す。その眼はまっすぐに俺を捕らえ、求めるように迫ってくる。
俺は天華を納め、逃げの体制に入る。操られているとはいえ、仲間を傷つけたくはない、という甘えのような考えだ。だが、大切な仲間である以上、傷つく姿は見たくない、というのが本心だ。仲間が傷つくのは、デュートライゼルで嫌と言うほど見たから。
まるで飢えた獣のように、メリアが飛び付いてくる。元々身体能力の高いメリアは、あっという間に俺の目の前までやって来る。俺は体を反らしてなんとか回避するが、休む暇もなくナヴィとウィルも襲って来る。
だが、お陰で少しだけ隙がうまれた。俺はその隙を逃さず、すぐさまその隙に飛びこみ、包囲網を突破する。そのまま逃げようとしたが、突然左足が動かなくなり、俺は反動で地に倒れた。後ろを振り返ると、そこには念力を発動させたレイラが居た。
(意識を奪われているのに、念力を使ってくるのか!)
今だ張り付いたように動かぬ左足。しかも、変な倒れ方をしたせいで、左足を痛めてしまった。これでは、まともに走るのは困難になってしまう。そんな事は関係ないと言わんばかりに、にじり寄ってくるメリア達。絶体絶命とも言えるこの状況で、更なる追い討ちをかけるように動く少女が居た。イブだ。
イブは手に持つ杖をかかげ、今にもスキルを発動させようとする。イブには監獄スキルがある。ただでさえ数と身体能力、索敵能力の時点で不利だというのに、レイラの能力で動けない今、そのスキルを使われたらこのゲームに勝ち目は無くなる。俺は苦虫を噛むような気持ちで、すでに隠れたであろう少女を睨む。
そして、その時は訪れた。
「〝監獄〟!」
イブの杖が輝きを放ち、同時に赤黒い瘴気が襲いかかる。――俺ではなく、メリア達に。
瘴気はメリア達を捕らえると、丸い球体のような形に変化し、動きを封じる。レイラも監獄に捕らわれ、スキルが上手く発動できなくなった事で、動かなくなっていた左足が解放される。
俺が少し呆気にとられていると、イブが急いで俺の元へとやって来た。
「ケインさま!だいじょうぶですか!?」
「い、イブ…お前、正気なのか?」
「…うん。それよりも、はやくにげよう!なんとかつかまえられたけど、ながくはもたないです!」
「あ、あぁ」
イブの小さな肩を借り、俺はなんとかその場を離れた。地図も駆使し、すぐには見つからないような遠くまで来ることができた。イブが少し無理をしてスキルを長く使ってくれなければ、恐らくここまで離れることは出来なかっただろう。
「ケイン、さま…足、だいじょうぶ、ですか?」
「…満足とは、いかないだろうな。精々、歩けるのが限界だ。…イブこそ、体調はどうだ?」
「…まだ、良くない、かも…」
かなり無理をしたせいか、お互いに疲弊を露にする。俺は左足の痛みが酷くなっており、満足に動くのは厳しいだろう。イブは魔力操作が苦手なりに出来てきているとはいえ、遠くにある複数の監獄を、逃げながら発動させ続けるのは厳しかったのだろう。ここに来てからずっと、顔色があまり良くない。
「…そういや、なんでイブは平然としているんだ?メリア達は防げなかったのに、どうしてだ?」
「分かんない、です…イブも、さいしょはあやつられたけど、すぐにイブにもどったし…」
「…戻った?」
どうやら、イブは洗脳を防いだのでは無く、一度洗脳された後、何故か洗脳が解けたらしい。元に戻った要因は不明だが、少なくとも洗脳は解けるということが分かった。だが、肝心の方法が分からない上に、今の俺達では満足に戦えない。ましてや、相手が仲間というなら尚更だ。
俺は頭を悩ませる。その様子を見たイブが、助け船を渡してくれる。
「…ケインさま、わすれていませんか?」
「…なにをだ?」
「あそこにいたのはケインさま、メリアさま、ナヴィさま、レイラさま、ウィルさま、そしてイブです。コダマちゃんは、ケインさまのかばんの中でねていますが」
「それがどうし…いや、そうか!」
イブの言おうとしていることを理解し、俺はすぐさま顔を上げる。仲間が操られたことで動揺してしまい、頭の中から飛んでしまっていた彼女の名を呼ぶ。
「居るんだろ!?ユア!」
「…ようやくお気づきになりましたか主様」
「…すまない。パニックになって、待機させていた事まで飛んでしまっていたみたいだ」
「…いいえ、仕方がありません。私も動揺していましたので」
木の上から飛び出してきたのは、なにかあった時に対処ができるようにと後ろで待機してもらっていたユアだ。普通に受け答えができているのもあり、彼女が操られている様子は無い。
「あの者が怪しい動きを見せたので飛び出そうかと思いましたが、咄嗟の判断で下がらせて貰いました。お陰で、私は対称にはなりませんでした」
「なるほど…」
「相手の使ったスキルも分からないので、すぐに戻ろうとしたのですが…光の範囲が思っていたよりも広く、戻ってくるのに時間がかかってしまう距離まで下がらされてしまいました。そのせいで主様に怪我を…」
「…いや、ユアのせいじゃない。だから、謝らなくていい」
確かに、ユアがすぐに戻ってきていれば、あの場をどうにかできる可能性はあったかもしれない。だがそれは、レイラを考慮しない場合だ。レイラがいる以上、あの場で逃げようとしても念力で捕まってしまう可能性がある。イブが正気である事も、その時点では分かっていない。結論で言えば、あの場でユアが来なくて正解だった。
「…それで、これからどうするか、だな…逃げる方向を見られているし、何より向こうにはメリアがいる。メリアがいる以上、この場もすぐにバレる可能性があるからな…」
「一応、主様の痕跡になりうるものはここに来るまでに処理しておきましたが、それでも数分程度しかもたないかと」
「ユアさまのスキルは?」
「すでに主様とイブ様にかけてあります。ですが、メリア様だけは気づかれてしまうかと。他のお三方は、これだけで十分に時間は稼げるとは思いますが」
俺達の中で索敵が得意なのはメリア、レイラ、ユアの三人。だが、メリアにはメドゥーサが持つ抜きん出た索敵能力がある。それゆえ、ユアが気配を消したとしても、メリアだけは気づいてしまう可能性があるのだ。
「じゃあ、メリアさまをとめればかてるかな…?」
「いえ、メリア様を狙うのはむしろリスクが高いかと。確かにメリア様は非戦闘ではありますが、索敵能力に加えて回復に防壁があります。気配に気づかれて、先読みされる可能性があるかと」
索敵能力に優れ、回復と防御のできる後衛。本当に、メリアは敵に回すと厄介な事この上無い存在だ。しかも、俺とイブは万全とは言えない状態になっている。この様子では、とてもじゃないが一時間も逃げ切れるとは思えない。
「…せめて、イブが正気を取り戻せた理由が分かればなんとかなるかもしれないが…そこんところはどうなんだ?」
「…ごめんなさい…イブにも、なんでもどれたのかさっぱり…」
「そうか…」
正気に戻す方法が分からないとなれば、やはり逃げ続ける他無い。だが、この状況ではゲームに勝つのはほぼ不可能と言って差し支えないだろう。
それでも、方法が無いわけではない。それは邪道であり、確実ではないが、ゲームを終わらせる事ができる方法だ。
できればその方法は取りたくは無いが、こうなってしまった以上、最後の手段として二人に伝えようとする。だが、それよりも早くユアが反応した。
「っ、思っていたより早いですね…」
「…てことは」
「はい。メリア様が近くまで来ています」
行く宛の無い人のようにゆらゆらと、けれど、確実に近づいてくる最大の敵。
ゲーム終了まで、残り五十分。




