94 顕現する災厄
翌日、俺達は早々に宿を出ると、サンジェルトへ向け出発した。都市はこの町の南側…つまり、例のパーティーを解散させた何かが居る方角にある。勿論、地図を見れば迂回するルートもすぐわかる。それでも、俺達は進むと決めたのだ。
南側にあったのは森と平原の丁度間くらい開けた場所だ。森の中より視界はよく通り、けれども平原に居るより視界が悪い。また、所々に大きく長く成長した草が生えており、モンスターが待ちぶせするのにうってつけの場所のようにも見える。
とはいえ、さすがに上からユアが、地上でメリアが索敵しているため、並のモンスターでは近づく前に倒せてしまう。
だが、奥に進むにつれ、だんだんと様子が変わってきた。モンスターの反応が突如として無くなり、ただ風で擦れる葉の音だけが周りに響き渡る。
そして、俺達の目の前に、不自然に開けた場所が現れた。まるで最初から、この場所に誘導されたかのように。何があるか分からないため、ユアには少し離れた場所で待機してもらい、俺達はその場所に出た。
「…なんですの?この感じ…」
「分からない…だが、この場所だけ他とは違…」
『クックック…!』
「「「「「「………!?」」」」」」
突然、含み笑いの声が聞こえる。一方からではなく他方向から声が聞こえ、どこから声が聞こえるのか検討がつかない。
声は言葉を続ける。
『ようこそ、新たな贄達よ…!』
「っ、誰ですの!」
『我が名は「災厄なる悪夢」…この世に生きる、闇の覇者なり!』
「カラミティ…ナイトメア…!?」
帰ってきた答えに、全員の警戒度が一気に増す。俺達の前に現れたということは、ナヴィの予想通り、異性が一緒に居ることが襲われた原因で間違いないだろう。
「お前の目的はなんだ!何のために俺達の前に現れた!」
『最初に言っただろう、我が贄とするためだ…!』
贄…言葉通りなら、声の主は俺達を使って何かを得ようとしているらしい。その犠牲に、先の冒険者達はなったようだ。しかも、女性の冒険者の心に、深い傷を負わせるような。
『貴様らは実に良い…我が魂が叫ぶのだ!貴様らを贄とすれば、我は――』
「…見つけた。そこっ…!」
「OK!〝空気弾〟!」
『ふぇ!?ちょ、まっ』
会話の最中に声の主の気配を掴んだメリアが指差した場所に、素早くナヴィが空気弾を撃ち込む。声の主も、場所を特定されるのは想定外だったのか、これまでとうってかわった口調で慌てている。
空気弾が被弾する直前、一つの影が飛び出してきた。その影には、コウモリのような翼があった。影は空中で一回転しながら落ちてくると、俺達の前に片膝をついて着地した。
「…お前が「災厄なる悪夢」…?」
俺達の前に現れた影―もとい、少女がフラフラと立ち上がる。身長は俺と同じくらいで、髪の色は、俺のより少し薄い黒。ただ、前髪の一部が赤くなっている。
だが、それよりも少女の格好の方が目に写ってしまう。なぜなら、体を隠している面積が、明らかに小さいのだ。どのくらいかというと、この前の水着以上に露出している。
しかも、出る所は出て、引っ込む所は引っ込んでいる。まさしく、理想の女性像と言った所だろう。
首もとからは赤黒いスカーフのような物が風になびいており、腰にはベルトを巻き、そこに黒い武器のように見える物が付いている。
また、先程も見えた翼の他に、先がハートのような形をした尻尾も生えていた。
「…もしかしてこの子、サキュバスじゃない?」
「サキュバス…ってことは夢魔族か?」
「えぇ。特徴的には間違いないと思うわ。」
サキュバス。亜人に分類される、夢魔族と呼ばれる存在だ。夢魔族は、男はインキュバス、女はサキュバスと呼ばれており、どちらも魅了と呼ばれる特殊な力を使い、人族や他の亜人達から精を吸い取って生きている。
そして、夢魔族の特徴として全員が美男美女であり、理想型と呼ぶに相応しい体つきをしている。また、肌を隠す事を嫌い、最低限隠さなければいけない所は隠しているが、それでも体の殆どを露出している。
この少女の格好も、サキュバスの特徴的な格好と似ているので、間違いないだろう。
そして、夢魔族であろう少女が顔を上げる。その顔も、とても整った可愛らしい顔だ。綺麗な赤い瞳をしているが、なぜか右目に眼帯をつけている。それと、俯いていた時には気づきにくかったが、黒い角が生えていた。これも、サキュバスの特徴の一つだ。
顔を上げた少女は、こちらを見るや否や指を指しながら怒りだす。
「き、貴様らぁ…!私がカッコ良く話しているときに攻撃するとは…いったい、どういう神経をしているのだ!」
「…え?」
「せっかくの私の決めゼリフも言えなかったし…ぐぬぬぅぅ~!」
「いや、あの…」
「大体!なんで私の場所が分かったのだ!お陰で出てきてしまっ…た…」
姿を見られないよう隠れていたのに、人前に出てきてしまったことに今更気づいた少女が言葉を詰まらせる。口を少しアワアワとさせ、心なしか少し顔が赤くなっているようにも見える。
そして、一つ咳払いをすると、落ち着きを取り戻した。右手を広げ、右目を隠すように手をかざす。…眼帯をしているのに、隠す意味があるのかは不明だが。
「…ふっ、よくぞこの我を見つけたな…褒めてやるぞ?」
「…いや、貴方驚いていましたわよね?」
「そんな記憶、我には無いが?」
「あ、はい…」
俺達含め、全員が思った。もうツッコまないでおこう、と。




