93 不穏を呼ぶ風
新章開幕!
冒険都市サンジェルトへ向かうケイン達に、新たな驚異(胸囲)が迫る…!
テドラを出発してから約一週間がたった。俺達は実にゆったりとした足取りで森を進んでいた。目的地であるサンジェルトはまだまだ先ではあるが、急いでまで行くような事があるわけでもない。
勿論、モンスターの警戒は怠らない。メリアの五感に加え、新たにユアが暗殺者として身に付けた素早い判断力を加わった事で、より早くモンスターを倒せるようになったのだ。
と、少し用事を頼んだユアが戻ってきた。
「…主様、町の様子を見たところ、小さな宿が数件と冒険者ギルドがあるようです。宿の方も、いくつか空きはあるようです。」
「分かった。ありがとうユア。」
「うーん…あんまり期待できそうに無いですわね…泊まれるだけ良かったと思いますけど…」
「とりあえず早くいこ?あきべや、なくなっちゃうかも…」
俺が地図スキルを見ていた時、地図に小さな町が写った。名前はあるが、そこまで広い町でもなかったので、ユアにどんな建物があるかを確認してもらっていた。そして、宿と冒険者ギルドがあることを知り、俺達は町に寄ることにした。
たどり着いた町は、やはりお世辞にも大きいとは言えないが、宿も十分ある。商人が多いところを見るに、ここは冒険者より商人を中心とした町のようだ。
「よし、別れて行動しよう。俺とレイラ、ユアで冒険者ギルドに行く。メリア達は宿を取っておいてくれ。」
「分かりました。」
「分かりましたわ。」
四人と分かれ、俺は二人と共に冒険者ギルドへと向かった。用件は二つ、一つは素材や魔石を売ること。キラヒやデッドラインでの稼ぎはテドラで済ませたが、ここに来るまでにもかなりの魔石等が集まっていた。
俺の魔法鞄やナヴィの収納スキルを使えば、素材の質や鮮度等は落ちないので、急いで処理する必要は無いのだが、貯めすぎても良くない。
それに、仲間が増えた事で、これまで減ることが無かった路銀も、少しずつ出費が増えていくだろう。小さな町のギルドよりも、都市等の大きな場所にあるギルドで売った方が高くつくのは分かっているが、いつもそこで売れる訳じゃない。今後の事を考えて、今のうちに小さい場所にあるギルドの、ある程度の相場を知っておく必要があるのだ。
そうこうしているうちに、冒険者ギルドへたどり着いた。他の建物より一回り大きいが、テドラのギルドと比べると小さいのは明白だ。俺達は気にせずギルドの中へ入った。
この町のギルドは内装含め、ほぼ全て木で作られているらしい。机や椅子は勿論、カウンターまでもが木製だ。
そんなギルドの中は、五月蝿いとまでは言わないが、そこそこ賑やかだ。依頼書を見る者、情報交換をする者など様々だ。俺達はまっすぐ受付の方へ向かった。受付にはそこそこ歳の行ったであろう一人の男性がいた。
「おっ?らっしゃい!わりぃな、こんなオジサンが受付やってて!」
「いいや、ギルド長自らが受付をしているギルドもあるそうだし、特段珍しい訳でも無いだろ?」
「はっはっは!言うじゃねぇか!」
男が声を上げて笑う。実際の所、男性が受付をしているのはかなり珍しい。どこのギルドでも、受付に居るのは大抵女性である。女性が受付であれば冒険者達が親しみやすく、話しやすいからだ。
「それで?ここに来た目的は?」
「素材の買取りを頼みたい。出来なければ、買取りができる場所を教えてくれてもいい。」
「それなら問題ないぜ。ここでも買取りはやっているからな。」
「そうか、なら頼む。」
「OK。おーい、俺の変わりに少し受付やっててくんねぇか?」
「分かりました。」
部屋の奥から女性の声がする。
…いや、女性の職員居るんかい。
*
「ふむ…ざっとこんなもんだろう。」
俺が出した物を鑑定し終わった男が、買取り値を提示する。
俺が出したのは小型の魔石20個と、中型の魔石5個。それに加えて、ホーンラビットというEランクモンスターの角と毛皮だ。前に都市でこれを買い取って貰った時、銀貨五枚程度はあった。
それを踏まえ、男から提示された値を見た俺は、その額に驚きをあらわにした。
「…銀貨四枚…これ、都市部とほぼ同じ買値じゃないか…!?」
「ん?もしかして予想より少なかったのか?」
「…いや、逆だ。あまり大きいとは言えない町だからな。予想していた値より、高くついている。」
「あぁ、なるほど。確かに、こんな小さな町のギルドじゃこんなに出せるのか不安だよな。だけどよ…」
男が前のめりになり、にやりと笑う。
「ギルドってのは信頼が一番だ。多少は上下してでも、なるべく同じ値で買い取るのが責務ってもんだ。」
男は自慢気に言い切った。
実際、ギルドは冒険者から信頼を得ていないと成り立たない。それゆえギルドの職員は皆、特例の冒険者を除き、全ての冒険者を公平に扱っている。それは、こんな小さなギルドでも変わらないらしい。
「まぁ、他の小規模ギルドだったらもう少し買値は落ちるだろうな。この町では商人達や、護衛の冒険者がよく来る。だからこそ、大きく下げずに買い取れるってわけだ。」
「…なるほど。」
この町は商人達がよく来る。それはこの町に泊まりに来るという理由の他に、この町で商人同士で商売をする、という理由もあるのだろう。それに加えて、護衛も居るとなれば、この町が得る金額はかなり大きくなる。
そんな相手に対し、自分達が欲を出してしまえば商人達はこの町に来なくなってしまう。そうならないために、このギルドでは大都市とさほど変化のない値段で売り買いをしているのだろう。
「それでどうする?ここで売るか?」
「あぁ、頼む。」
「おう。ちょいと待ってな。」
男がお金を取りにいっている間、俺はギルドの様子を見ていた。誰もが元気そうにしている中、一人だけ酷く落ち込んでいる冒険者がいた。大きな依頼にでも失敗したのだろうか。
そこで、お金を取りに行っていた男が戻ってきた。
「待たせたな。銀貨四枚だ。」
「あぁ、確かに。」
俺は銀貨を受けとると、魔法鞄にしまいこんだ。
「そういやお前さん達、どこへ行こうとしてるんだ?」
「冒険都市サンジェルトだ。」
「なに…?ってことは、南の方か…」
男が少し難しい顔になる。
「…何かあったのか?」
「いや、最近南の方からやって来た冒険者パーティーが一つ解散してな。」
「…それは、あの方の事では?」
「そうそう。アイツは元々一人の女とパーティーを組んでいたんだが、ここに来るや否やいきなり解散宣言をして出ていっちまったんだ。それも、女の方から一方的にな。」
「…何か情報は?」
「それが、女は思い出すだけでも嫌なのか口を割らないし、アイツに至っては何があったのか覚えていないらしい。ただ…」
「…ただ?」
「男が言うには、「災厄なる悪夢」と名乗る声を聞いた辺りからの記憶が無いようだ。女の方も、その名前にやけに恐怖を抱いていたよ。」
「災厄なる悪夢…」
「うちの冒険者達を調査に出したんだが、なんも見つからなくてなぁ…正直お手上げ状態なんだよ。」
聞いたことのない名前だ。そもそも名前なのかすら怪しい。だが、その者が彼らの仲を引き裂いたのは間違いないのだろう。
「お前さん達も気を付けろよ。こんな可愛い仲間が居るんだ。もしかしたら、ソイツはそういった輩を狙っているかもしれないからな。」
「分かった。気に留めておく。」
*
そのままギルドから出た俺達はメリア達と合流して宿に向かい、そのままその事について話した。
「…ねぇ、もしかしたらだけど、男女が一緒じゃないと狙われないんじゃない?」
「男女が?」
「えぇ。調査に行った冒険者は男ばかりだったんでしょ?それで現れなかったって事は、異性が一緒にいることに意味があるんじゃないかしら。」
確かに、狙われたのは男女のパーティーで、調査に出た冒険者は全員男だ。それで狙われなかったとあれば、ナヴィの言う通り、異性が一緒にいる事が狙われる理由の一つなのだろう。
「…それで、どうするの?このまま進むのか、それとも、迂回するのか。」
「俺としては、このまま進みたいと思っている。何があったのか気になるしな。」
「まぁ、そう言うと思いましたわ。」
「…うん。ケインがそうしたいなら、それでいいよ。」
俺の想いに全員が頷く。俺達は異性が一緒になって旅をしている。つまり、狙われる可能性があるのだ。それでも、俺達は進むと決めた。
その日は全員が早めに就寝につき、明日に備える事にした。
鬼が出るか蛇が出るか…外は、かえってゾッとするほどの、生暖かい風が吹いていた。




