91 魅惑の海で その2
「そんなことが…」
頭を抱え、辛そうにするモーゼ。その隣ではビードが苦虫を噛んだような表情をしている。
今二人には、デッドラインで起きた少女誘拐事件の事について話していた。本来ならここまで念入りに事情を聞かれる事は無いのだが、友人の娘が拐われたとあれば聞かざるを得ないだろう。
それほどまでに心配しているのだ。
「…それで、今イブはどうしているんだ?もしかして、酷い目にあった影響で部屋から出なくなったり…?」
「いや、その事なんですが…今この町に居ますよ?イブ。」
「「は?」」
「今イブはメリア達と町で水着選んでますね。というか、そろそろ終わってるだろうし、早く行かないと俺が怒ら「その話、詳しく!」…ですよねー…」
肩をガシッと掴み、俺を睨むように見つめるモーゼ。
どのみち、イブがついて来ていることを言ったら逃がしてもらえないのは分かっていたので、後で怒られるのを覚悟して話始めた。といっても、事件に直結している事なので、説明に時間はかからなかったが。
「…なんというか、色々あったんだな、お前…」
「ホントにな。…でもまぁ、おかげで毎日が楽しくはあるな。」
「ははっ、違いねぇ。」
俺とビードが苦笑する。それを見ていたモーゼは、少しホッとしたような顔をしている。心配事が一つ無くなったかのように、安堵の表情を見せていた。
「ありがとうケイン君。私の友人を救ってくれて。…そして、巻き込ませてすまなかった。」
「気にしなくていいですよ。…むしろ、あの日向かっていなければもっと大変な目に会っていたかもしれないですし。」
「…そうか。なら、いいんだ。」
「それじゃあ、俺はこれで…あぁ、そうだ。一つ良いですか?」
「なんだね?」
「このあたりで、海で遊べる場所…出来れば、人が通らないような場所って無いですかね?」
***
というわけで、モーゼに大きめの砂浜があり、人通りも殆ど無いこの場所を教えてもらったのだ。
予定外だったのは、ビードが銀獣の面々を連れてきた事だった。なんでも、ここ最近忙しかったので、息抜きがてら遊びたいとの事だった。
それ自体は良いんだが、言い出しっぺのビード、あとギルはさっきから女子達ばっかり見ている。絶対それが狙いだっただろ。
「ケインー!見てみてー!」
「ん…?うぉ!?」
レイラに呼ばれたのでそちらを向くと、砂浜に大きな砂の城が立っていた。俺の二倍くらいの高さだが、十分大きい。
城の下では、この城を作ったであろう二人がドヤッていた。
「すごい、でしょ。頑張っ、た。」
「ふふん♪これくらい楽勝です!」
メリアと並ぶ、一人の女子。その女子の名はガルシュリナ。銀獣の新たな仲間だ。
元々、ガルシュリナはソロのDランク冒険者だったが、運悪くCランク昇格依頼の最中だったビード達と出くわしてしまい、窮地に陥ってしまった。だが、ビード達が上手く連携して彼女を助けだし、そのまま討伐したことで事なきを得たのだ。
助けて貰ったガルシュリナは、ビード達に深く感謝し、自分を銀獣に入れてほしいと志願したのだ。ビード達もそれを受け入れ、今は四人で活動しているのだ。
そんなガルシュリナは、ビード達獣人族と姿こそ似ているが、種族は人狼族である。
人狼族は亜人に分類されているが、獣人族とは別の種として扱われている。その理由は、人狼族が持つ「獣化」という能力にある。名前の通り姿を獣に変える事が出来る能力で、人狼族だけが持つ特別な能力である。
「…皆、楽しんでるようで何よりだ。」
「はい。…それに比べて…」
「「はぁはぁ…!」」
「あ、あはは…」
ユアが冷たい目線を送るも気づかず、ひたすらに女子達を目に焼き付ける変態二人。そんな二人を放置して、俺とユアはお昼の準備を進める。
網の下に炭を入れ、火をつける。あらかじめ買っておいた魚や肉、ナヴィに出して貰った野菜を串に刺していく。下準備が終わった頃に、丁度良く炭も燃えていた。
そう、今日の昼はバーベキューだ。普通の料理でも良かったが、こんな海で普通に料理するのも違うと感じたからだ。
肉や野菜を焼き始めようとしたとき、決着がついたらしいナヴィ達が戻ってきた。
「やったわねナヴィ!」
「えぇ。…最後の追い上げは厳しかったけど。」
「むぅ…あとちょっとでしたのに…!」
「ごめんなさい…さいご落としてしまって…」
「だ、大丈夫ですわよ?むしろ、あそこまで追い上げれたのはイブのお陰ですわ。」
しゅんとした様子のイブをウィルが慰める。どうやら、ウィル達は最後まで粘ったものの、あと一歩届かなかったようだ。
感想の一つでも言ってやりたいが、俺とユアは準備をしていたからあまり見れていなかったし、残った二人に関しては聞くだけ無駄だろう。
「あ、それが今日のご飯?」
「まぁな。多めに用意したから、セーラ達の分もあるぞ。」
「えっ、いいの!?」
「むしろダメな理由は無いだろ?イブ、メリア達を呼んできてくれるか?」
「わかりました!」
トテトテとメリア達の元へ駆けていくイブ。すっかり持ち直したようだ。
…にしても、ここにいる女子達は全員ヤバイ。何がと言えば、全てとしか言うことがない。
ナヴィが着ているのは黒のビキニに赤のパレオをつけた水着。単純ながら、ナヴィの持つ美しさを最も引き出している。
ウィルはレースのあしらわれた水色の水着。元々人魚族は肌の露出度が高いのだが、普段が露出を控えた服だっただけに、目が離せなくなるほど魅力的な姿になっている。
セーラもかなり攻めた感じの水着で、今この場にいる中では最も小さいが、引けを取らない可愛らしさがある。
ユアは1枚服を羽織っているが前が開いている服の為、チラッと見える黄緑の水着に包まれたものが、見せている以上に存在感を放っていた。
そんな四人に釘付けの変態達は放っておき、俺は眈々と肉達を焼いていく。…そうしていないと、俺の理性を保てなくなりそうだからだ。
そんな俺を見て、ナヴィが悪い顔に変化した。そろりそろりと、俺の背後に忍び寄る。
「そぉりゃ♪」
「ぅうぇ!?」
急に背後から抱きつかれ、思わず変な声が出てしまう。振り解こうにも押し付けられた柔らかい感触と、急な出来事で体が硬直して動くことが出来ない。
「…ナヴィ様、何をしているんですか。」
「んー?ケインに抱きついてるけど?」
「…言い方を変えます。いきなり何をしでかしているんですか。」
「ケインが私達に見惚れて無理矢理視線を外してたから、意識させようかと思って♪」
「…はぁ、とりあえず離れてください。それでは食事が作れませんので。」
「はぁーい。」
してやったりといった顔をしたナヴィが俺から離れる。それと同時に、俺の体が動きだす。
…前にもナヴィが奇行に走った事があったが、その時は裸だったな…
その日、肌を露出しているナヴィは色んな意味で危険だということを、俺は改めて理解した。




