89 主様≪マスター≫
「…!?い、今なんて…」
「何度も言わせるな。解雇じゃ解雇。」
ユアはおろか、旅に戻ろうとした俺達まで硬直した。
なぜこのタイミングで解雇を言い渡したのか全く分からず、頭がこんがらがる。
そんな中、真っ先にイブが正気に戻り、ガテツを問いただす。
「な、なんでいきなりユアさまをかいこしたのですか!よりにもよって、こんなときに!」
「…嬢ちゃん、逆なんじゃよ。」
「ぎゃ、ぎゃく?」
「そう。これは、今言わないといけない事なんじゃ。」
そう言うと、改めてユアと向き合う。
ユアは、少し呆けたように俯いていた。
「ユア。ワシはな、お前さんと出会えて良かったと思っとる。毎日が楽しかった。できることなら、まだまだ一緒に過ごしたかった。」
「…では、なぜ解雇を…?」
「なぜって?むしろワシが聞きたいわ。…別れるのが辛いんじゃろ?こやつらと。」
「…!」
「ユアと出会ってから今日まで、ワシはずっとお前さんを見てきた。これまでも何度か別れはあった。それでもお前さんは顔色一つ変えん。じゃが、こやつらとの別れが近くなるにつれ、お前さんの惜しむような顔が多くなった。…長く一緒に居たから気づけたようなもんじゃがな?」
この一ヶ月、ユアは俺達と共に居た。
それは、俺達と別れるのが辛いと思っての行動だと、ガテツは確信したらしい。
俺も少し感じていた寂しそうな応答は、そういうことだったのだろう。
「ユア。」
「…はい。」
「お前さんは自由だ。どこへ行っても、何をやってもいい。」
「………」
「じゃから、後悔だけはするな。お前さんが思ったようにしなさい。」
「……はい。」
ユアは一度目を閉じ、再び開く。
二度目の返事は力強く、覚悟を決めたような感じだ。
ユアが、俺の方を向く。
俺達全員も、ユアを見る。
「…私は、暗殺者として育てられ、その生き方を一度捨てた。…捨てたハズなのに、私はずっと縛られていた。」
「………」
「そんな私を、貴方達が助けてくれた。本当の私を、受け入れてくれた。」
ユアにとって、過去とは逃れられない罪だ。
ガテツと出会い、過去に蝕まれながら平和に生きようとした。
けれども、時が経つにつれて、罪に対する嫌悪はどんどん悪化していった。日に日に辛く、苦しくなっていく。
だが、そんな自分を受け入れ、自分らしくいればいい、と言ってくれる者達に出会った。
その言葉は無茶苦茶で、けれど、ユアの心を温めてくれた。
だから―
「…私は、貴方達と共に居たい。私を、仲間に加えさせて欲しい。」
ユアが頭を下げる。答えが出るまで、待っているようだ。
俺は、ユアの元へと歩き出し、目の前に立つ。ユアも、その顔を上げる。
「俺は、お前に助けられた。お前が居たから、無事に帰ってこられた。だから…」
俺は、手を差し出す。
「俺からもお願いする。俺達と一緒に来て欲しい。」
それが、俺の答えだ。
差し出した手を、ユアがそっと握り返してくる。
「はい…よろしくお願いします、主様。」
俺は硬直した。これまで表情が変わらなかったユアが、微笑んだからだ。
それは、メリア達も同じようで、唖然とした表情をユアに向けていた。
「…どうしました?」
「今、笑ってたぞ。」
「…そうですか?」
ユアの顔は、すでにいつもの無表情に戻っている。だが、あの一瞬だけ見れた笑顔は偽りではない。きっと、時間をかければ、あの笑顔を本当の意味で自分の物にできるかもしれない。
後ろでやり取りを見ていたガテツが、俺の方を向く。
「ケイン。ユアの事、頼んだぞ。」
「あぁ、分かってる。」
「それとユア。こいつは餞別じゃ。」
「…これは?」
ガテツがユアに一つのスキルロールを差し出す。
ユアはそれを受けとり、スキルロールを開く。
「それは「魔術附与」のスキルロール。ちっと条件はあるが、魔導具を作れるスキルじゃ。」
「「「なっ!?」」」
「…そんなものを、私に?」
「構わんよ。このスキルは、必ずお前さんの力になる。」
「…分かった。ありがたく使わせてもらう。」
ユアはスキルロールに魔力を流し、そのスキルを身に宿す。そして、役目を終えたスキルロールが白紙になって行く。
それは、何度も見てきたスキル習得の証だ。
「さぁ、行ってきなさい。お前さんの進むべき道へ。」
「…はい…お世話に、なりました。」
ユアが礼を言い、俺達の元へと来る。
「…もう良いのか?」
「はい。これ以上は辛くなるだけ、ですよね?」
「…そうだな。それじゃあ、俺達は行くよ。」
「あぁ、元気でな。」
「さよ、なら…」
「お世話になりました。」
「ばいばーい!」
俺達はガテツに別れを告げ、歩き出した。
目指すはデッドライン…そして、テドラだ。
*
「…ふぅ、堪えるのも辛い歳になってしまったわい。」
ケイン達と、ユアと別れ、ガテツは一人、そう呟いた。
目に、涙を浮かべながら。
「ユア。ケインなら、きっとお前さんを幸せにしてくれる。だから、頑張るんじゃぞ…!」
―数日後、ガテツはこの世を去った。
己の全てを一つのスキルとし、そのスキルを託した家族の幸せを、心から願いながら。
これにて七章「バデュラスの洞窟編」は完結です。
次回から新章となります。




