80 忌まわしき技
「はぁ…はぁ…全っ然上手くいきませんわ…」
「〝回復〟…無理しちゃ、駄目…」
「心づかい、感謝しますわ。ですが、このくらいでへこたれる訳にはいきません。」
五階層にたどり着いてからどのくらいたっただろうか。
俺達は十階層の入り口を見つける所まで進んでいた。
道中、クラヤドネ以外のモンスターが出てきたが、変わらずクラヤドネはウィルに任せていた。
ウィルは、俺が提示した「殻を傷つけずに、クラヤドネを水刃で倒す」という条件を、中々達成できないでいた。
まぁ、イブと同じく出来なきゃいけない、という訳では無いので、程々に頑張ってほしいと思う。
「さて、十階層へ向かうぞ。」
「…」
「ユア?」
「っ、なんでもありません。行きましょう。」
「?あぁ。」
…やはり、ユアの様子が変だ。
ウィルに条件を提示した辺りから、ずっとなにかを恐れている…ように見える。
無表情ってのは、中々分かりにくいものだ。
「っ!?な、なんですかこれは!?」
「森…ですの!?」
十階層へ降りた俺達が見たのは、辺り一面に生えた沢山の木だった。
足元にも芝が生え、大陽のかわりに鉱石の光が木々の隙間から漏れている。
かなり暗い場所とはいえ、まさしくそこは森であった。
「…とりあえず、固まって動くぞ。イブは前、ウィルは右、ユアは左を頼む。後ろは俺がやる。」
「「「りょうかい(ですわ)(です)」」」
「…?私、は?」
「メリアは中央に居てくれ。木々の間と、芝や地面の中の警戒を頼みたい。」
「…ん。わかっ、た」
俺の指示の元、メリアを中心とした陣形をとって進む。
俺達には超五感を持つメリアがいるというのに、この陣形をとったのには訳がある。
以前、この階層と似たようなダンジョンに挑んだ際、非常にてこずったモンスターがいるのだ。
その名はウォーモンキー。
Dランクのモンスターと、そこまで高くは無い。
むしろ、先程のクラヤドネより力は無い。
ではなぜDランクに指定されているのか。
それは、ウォーモンキーの持つスキルが関係している。
ウォーモンキーのスキルは「認知低下」。つまり、隠密能力だ。
ただ、レイラのように姿を消せる訳ではなく、ただ見つかりにくくなるだけ。
だが、それが最も厄介なのだ。
戦闘時における一瞬の戸惑いは負け筋となる。
戦っている相手がいきなり目の前から消えたら、動揺して冷静な判断ができなくなる。
それは大きな隙と化してしまい、結果的に大ダメージを受けてしまう事になりかねない。
そんな芸当を、ウォーモンキーはやってのけてしまうのだ。
幸い、ウォーモンキーは群れて行動せず、それぞれの縄張りに勝手に侵入しようとはしないモンスターだ。
そこさえ理解していれば、ある程度対処はしやすい。
「…?今、何か動い」
「…!敵…!?」
ウィルが違和感を覚えたと同時、その方角から敵が来たことをメリアが察知する。
まだ視界には移らないが、全員が警戒体制に入る。
メリアも敵の居場所を探ろうとしているが、上手く探せないようだ。
相手は、ウォーモンキーで間違いないだろう。
「キュガァァァァァ!!!」
「っ!上だ!」
その考えが正しいと言わんばかりのタイミングで、俺達目掛けてウォーモンキーが飛びかかってきた。
メリアにここまで気づかれずに接近できた所を見るに、ウォーモンキーの能力は相当な力を持っているのだろう。
等と考えていると、ウォーモンキーの気配が薄くなっていく。
目の前に居るハズなのに、見失うような感覚が俺達を襲う。
「なっ、消えっ…!?」
「あ、あれ?どこに…?」
「落ち着け!奴は自分を見失わせるスキルを持っている!落ち着いて周りを見れば見つけられるハズだ!」
「……っ、そこっ!」
ユアがなんとか察知し、切りかかろうとする。
だが、すでにウォーモンキーは後方に下がっていたようで、短剣は虚しく空を切った。
(…焦るな、まだ奴は近くに居る。)
俺は小さく息を吐くと、思考を止めて集中する。
じっと動かず、ただ一つのチャンスを伺う。
すると、少し手前の芝が小さく動いた。
「今だっ!」
「ウォキィィィィィ!?」
「くっ、少し外したかっ!」
直後、目の前にウォーモンキーが現れたが、俺はそれを視認するより先に刀を振り上げた。
タイミングは完璧で、ウォーモンキーの体を真っ二つにできる位置で振り上げたのだが、ウォーモンキーがギリギリの所で体を捻り、急所を避けた。
だが、確実に奴にとって辛い一撃が入ったのは確かだ。
現に、奴は気配を消せないでいる。
「よし、このまま一気に…」
「…っ!〝防壁〟!」
「グギュッ!?」
「キャァ!?」
トドメを刺そうとしたイブの右上辺りに、メリアが防壁を使った。
すると、丁度の位置に何かが飛びかかった。
その何かは、防がれるのを想定していなかったのか、無様な姿と声をあらげて防壁にぶつかった。
イブも、突然の事で動揺したのか、可愛らしい声で驚く。
「に、二体目のウォーモンキー!?」
「…まさか、ここは…」
「…恐らく、縄張りの境目なのでしょう。」
「っ、めんどくさい事になったぞ…!」
一体でさえ厄介なウォーモンキーが、二体に増えたのはかなり辛い。
恐らく、先に仕掛けたウォーモンキーを倒し、俺達が油断した所を襲うつもりでいたのだろう。
実際、トドメを刺そうとして、イブが油断していたのは事実だ。
とにかく、これで油断ならなくなった。
片方が手負いとはいえ、二体を相手するのはかなり厳しい。
それに、戦闘経験の浅いウィルとイブには、かなり荷が重い相手だ。
時間はかけられない。
かければかけるほど、こちらが不利になるだけだ。
と、そこで俺は閃いた。
「ウィル!辺りに水を撒き散らせ!」
「っ、分かりましたわ!〝飛水〟!」
ウィルが四方八方、無尽蔵に水を撒き散らす。
その水をじっと見つめると、何も無い場所で水が弾かれた。
その一瞬を、俺は逃さない。
「そこだぁぁぁ!」
水の弾かれ方から軌道を予測し、俺はそこに向かって飛び出し、刀を振るう。
昔、視覚を奪われたモンスターが、音を頼りに攻撃してきた事があった。
それは、「見て行動する」のではなく「感じて行動する」という、真逆の行動だった。
今回はその逆、感じることができないなら、見れる状況を作り出せばいい。
三年間、絶えずモンスターと戦ってきたからこそ思い付いた方法だ。
ウォーモンキーが気づかれた事に気づくより先に、俺の刃が届く。
振るった一撃は、狙ったわけでは無いものの、見事にウォーモンキーの首を切り落とした。
それを見ていたメリア達も、俺と同じように水を見る。
「…!そっち!」
「〝炎〟!」
「グギャァァァァ!!!」
メリアの指示の元、イブが炎を放つ。
その炎は、狙い済ましたかのようにウォーモンキーを捕らえ、その体を焼き払う。
やがて耐えきれなくなり、その体は灰になっていった。
「や、やった!」
「飛水にこんな使い方が…」
ウィルとイブが、それぞれの感想に浸る。
ウィルが居なければこんな戦法は取れなかっただろうし、イブじゃ無ければ仕留めきれなかったかもしれない。
そう感じた俺は、皆の元に歩き出した。
…そう、俺は油断してしまった。
「キキャァァァ!!!」
「っ!?」
その声は、俺の上から聞こえた。
それは紛れもなく、先程まで聞いていたウォーモンキーのものだった。
…懸念していた。
ここは二体では無く、三体の縄張りの境目だったのだ。
「「「っ!」」」
メリア達が声に反応するも、時すでに遅し。
俺ですら視認できて居ないのに、もうすでにウォーモンキーの攻撃は目の前に迫っていた。
俺は一撃食らう覚悟をした。
その上で、反撃を決める。今できるのは、それしか無いと思った。
ようやく、視界にウォーモンキーが映る。
目前に迫ったウォーモンキーが、腕を振り下ろす。
俺は、刀を構える。
と、そこで視界に別の影が写りこんだ。
「ギャ?」
その影は、目にも止まらぬ速さで目の前を過ぎる。
そして、影が過ぎ去った後に俺が見たのは、すでに絶命したウォーモンキーだった。
ウォーモンキーはそのまま、俺の横にドサッと倒れ込む。
俺は、死体を見た。
首があり得ない方向にねじ曲がり、自分が死んだとは全く気づいていない表情をしたウォーモンキーの死体。
それは、紛れもなく先程の通った影の仕業だった。
そしてその影―ユアの方を見た。
「…あ、あぁ…」
彼女は、震えていた。
それは、倒した事に対する震えではない。恐らく、自分が今使った倒し方に対する震えだ。
メリア達が、歩いて近寄ってくる。
「ケインさま、だいじょうぶですか?」
「…あぁ、大丈夫だ…とりあえず、ここを仮の拠点にしよう。休む場は必要だ。」
「…そう、ですわね。」
メリア達も、少し心配そうに見つめる。
未だに体を震わせるユアを。
*
辺りに、美味しそうな匂いが立ち込める。
今俺達がいるのは、先程ウォーモンキー三体と戦った場所だ。
ウォーモンキーは、他の同族がやられても、すぐに縄張りに侵入することはない。
数日かけて、ゆっくりと進行していくのだ。
この場所はウォーモンキー三体分の縄張り後のため、他の場所より比較的安全な場所なのだ。
「………」
「………」
「…食べないのか?」
「っ、…いえ、頂きます…」
明らかに様子がおかしいユアの影響もあって、気不味い感じになってしまっている。
メリア達も、それを感じ取っているのか、先程からほとんど喋っていない。
だが、このまま進む訳にはいかない。
だから、俺から切り出した。
「…ユア。最後のウォーモンキー、あれを倒した技はなんだ?」
「…っ!」
「さっきの死体。あれは首を切り落とせない程度の傷を入れられ、首を落とさぬようねじ曲げた上で首の骨を折られていた。」
「………」
「ユアが使ったのは「敵を倒す」技じゃ無い。「確実に殺す」技なんじゃないか?」
「…!」
「…なぁ、教えてくれないか?お前が震える訳を。…その技を、知っている訳を。」
「………」
ユアは黙りこんだ。
恐らく、俺の推測は的を獲ている。
俺の読みが正しければ、ユアは…
「…分かりました。お話しましょう…」
少しして、観念したようにユアが顔を上げる。
その顔は無表情ながら、未だに恐怖を感じているようだった。
それでも、前に進むために言葉を紡ぐ。
「…私はガテツ様と出会うまで、暗殺者として生きていました。」
そして、彼女は語りだす。
自分の過去―暗殺者として、人を殺め続けてきた時の事を…




