77 出発の朝
七章開幕です。
「…さて、準備はこれでいいな。」
「ケインさま!こっちもおわりました!」
「よし、じゃあ行くぞ。」
日も登り、暫くした頃合の朝、俺とイブはバデュラスの洞穴へ向かう準備をしていた。
魔法鞄のお陰で手荷物はそこまで気にしなくても良いのだが、緊急事態が起きた時の為に、別の袋や鞄等にポーションや食料を入れておく。
俺が三年間冒険者をしてきたうえで、大事にしていたことだ。
まぁ、食料はともかく、ポーションは使わないだろうけどな…
荷物を手に外に出ると、ぼうっとしているメリアが居た。
「…あ、ケイン、おはよ…」
「おはよう、メリア。…ウィルは?」
「…あそこ。」
「…あぁ、なるほど。」
メリアが指差した先には、回りに誰も居ない場所に立っているウィルが居た。
後ろを向いているので断定できないが、歌声が微かに聞こえてくる。
暫くウィルを見ていると、1曲歌い終えたウィルがこちらに気づいた。
見られていた事に少し頬を赤くしたウィルが、少し駆け足でこちらにやって来る。
「おはよう、ウィル。」
「お、おはようございますわ。」
「…?ウィル、どうかした?」
「べっ、別になんでもないですわ!」
「…ふふーん。」
「って、なぜにやついているんですの!?」
「なーんでーもなーい♪」
少し満足げな顔をするイブと、なぜかワタワタとするウィル。
朝から仲がいいなー、と思っていると、近くの茂みからユアが出てきた。
出てきた方角からして、進路の偵察をしていたのだろうか。
ユアの方も、俺達に気づいたようだ。
「皆様、おはようございます。」
「おはよー!」
「それで、なにか持っていく物があるなら、こちらで預かろうか?」
「いえ、お気遣い無く。私はこれで十分ですので。」
ユアの格好は、初めて会ったときと全く同じものだ。
防具はつけておらず、一度でも被弾すればやられてしまいそうではあるのだが、本人がこれでいい、と言うなら問題ないのだろう。
暫くして、工房からナヴィとレイラ、それと、ナヴィに抱えられたコダマが出てきた。
今回、コダマはナヴィ達に預けることにしていた。
そもそも、エレメンタルフォックスは戦闘向きのモンスターではない。
それに加え、コダマはエレメンタルフォックスとしてはまだ子供である。
俺達についてきた以上、危険な事は経験していかなければいけないのだが、あまり無理をさせるわけにもいかない。
その為、今回はお留守番してもらうことにしたのだ。
「おはよう皆。…もう、行くのね?」
「あぁ。ここは任せたぞ。」
「分かってるわ。」
「帰ってくるまで、私達が見張ってるからさ!安心しててよ!」
「お二人とも、よろしくお願いいたします。」
「えぇ。皆、頑張ってきて。…それと、なるべく早く帰ってきてね。」
「…善処するよ。」
「頼んだわよ?…それじゃあ、いってらっしゃい。」
「いってらっしゃーい!」
「くぅ!」
「…あぁ、いってきます。ユア、案内を頼む。」
「了解しました。」
ナヴィ達の見送りを受け、俺達は歩き出す。
ユアの案内の元、バデュラスの洞穴へ向かって。
*
「…メリア、どうだ?」
「…だいじょう、ぶ。気づいて、ない。」
「よし…ユア、行けるか?」
「問題ありません。行きます」
出発してから三時間程経過した頃、メリアの五感をフル活用してモンスターとの戦闘を避けながら進んでいた俺達は、厄介なモンスターの群れを見つけてしまった。
トレント―木に擬態するDランクモンスターである。
環境に合わせた木に擬態し、不用意に近づいてきた者を無差別に襲う凶悪性を持つのだが、肝心なのはそこではない。
トレントの群れの中央には、リリングトレントという、トレントの上位種が必ず存在するのだ。
リリングトレントはトレントの上位種だけあってランクもC。
さらに、獲物を惑わし逃がさない幻覚能力を持っているのだ。
この幻覚がかなり強力で、一度捕まってしまうと、自力で幻覚から抜け出すのはかなり難しい。
だが、常に幻覚能力を使っているわけではなく、他のトレント達が獲物を見つけてから能力を発動する。
つまり、見つからなければ良いのだ。
俺達も、メリアがすぐに気づかなければ、幻覚に捕らえられてしまっていたかもしれない。
見つからなかった以上、トレント達に気づかれること無くやり過ごすのは簡単だ。
だが、このまま放置するのも良くない。
なので、俺達でトレントの群れを討伐する事にした。
トレントは種を通して火に弱い。
討伐するだけならイブの巨大炎で焼き払うのが手っ取り早い。
だが、せっかくなので二人の戦闘経験値、そして、ユアの実力を見せてもらう為の駒になってもらう事にした。
狙いはリリングトレント。
リリングトレントさえ倒せれば、見つかっても幻覚能力を使われる事はない。
なので、ユアには気づかれるより先にリリングトレントを倒す力が求められる。
先行して、ユアが飛び出す。
トレント達が気づくより早く、腰から二つの短剣を引き抜くと、即座にリリングトレントに突き刺す。
そして、突き刺された痛みでリリングトレントが叫ぶよりも早く、その体を切りつけていく。
まさに電光石火の早業により、リリングトレントの体は崩れ去った。
「よし、行くぞ!」
「えぇ!」「はい!」
リリングトレントが倒れたと同時、俺とウィル、イブが飛び出す。
今回、二人にはそれぞれ課題を設けた。
ウィルは回避しながら水刃で、イブは威力の押さえた炎で、一体ずつ倒すことだ。
いきなりトレント相手でやることでは無いのだが、今後戦っていく敵の中には、トレント以上のモンスターも存在する。
キツイ言い方をするならば、この程度でやられるようなら今後生きていくのは相当厳しいものになる、ということだ。
二人がそれぞれ一体ずつを相手にしている間、俺とユアで残りのトレントを倒していく。
俺自身も、波斬を使わずに己の技量だけでトレントを切り伏せていく。
刀という武器に慣れるため、そういう戦闘をしているのだ。
三体目を倒した後、俺はユアの戦闘を眺めていた。
ユアの戦闘スタイルは、二つの短剣を逆手に持ち、素早く敵に近づいて攻撃する、というものだ。
確かにそれは、彼女の戦闘スタイルなのだろう。
だが、どこか無理をしているように見えた。
出ようとしているものを、無理矢理押し留めているような感じがするのだ。
だが、俺には彼女が何を隠そうとしているのか分からなかった。
それに、無理に聞こうとも思わなかった。
それから数分後、ウィルとイブがトレントを一体ずつ倒しきった。
二人とも俺の出した課題通りに倒したようだ。
ただ、回避に失敗したのか、二人とも頬に微かな傷がついていた。
メリアに二人の傷を癒してもらい、トレントの魔石やドロップアイテムを拾っていく。
その後、特に強力なモンスターと出会う事もなく、ゴブリンを何体か倒した後、それは俺達の前に現れた。
「見えました。あれが、バデュラスの洞窟の入り口です。」




