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76 職人として

「刀……」



 俺は戦闘中であることを忘れ、刀に魅入られていた。

 刀という存在は知っていたが、実際に見るのはこれが初めてだ。

 昔は使う者もいたが、今では使われなくなった武器。

 それが今、俺の手の中にあるのだ。



「……グ……グブッ……!」



 と、無理矢理声を出したのか、血を吐きながらゴブリンキングがガテツ達に攻撃しようと、再びこちらに向かってくる。

 だが、その動きは明らかに鈍い。

 このチャンスを、生かさない手はない。



「……お前の力、見せてもらうぞ!」



 俺は刀を握り、腰に鞘を付けると、一目散に駆け出した。

 ゴブリンキングも俺に気づいたのか、ガテツ達にたどり着く前に攻撃に転じた。

 ゴブリンキングの拳が振るわれると同時、大地を踏みしめ、両手で刀を握ると、左下から速度を付けて振り上げる。


 ゴブリンキングの拳が、目の前で二つに割かれる。

 振るった刀が、これまで捌けなかったゴブリンキングの皮膚や肉を、いとも容易く引き裂いたのだ。

 振るった勢いのまま、ゴブリンキングが俺を通り抜け、前に倒れ込む。

 声を失い、片腕を失い、武器を失い、最後に残された拳も失った。

 全てを失いもがき苦しむゴブリンキングが、その場でバタバタとのたうちまわる。


 そんなゴブリンキングを他所に、俺は刀に魔力を流す。

 魔力が変化し、刀身が燃える。

 代用の剣とは違い、ひび割れる事なく、むしろその美しさを引き立たせる。



「〝火炎波斬(バーンスラッシュ)〟」



 俺は振り向き様に、刀を振るう。

 放たれた斬撃が、無防備なゴブリンキングの体を引き裂く。

 そして、二つに分かれた体が、炎によって包まれる。

 ゴブリンキングは、声に出すことができない断末魔を叫びながら、その意識を落としていった。



「……」



 俺も、ユアも、甲冑達も。

 追い付いてきたメリア達も、ただその場で放心していた。

 皆、目の前で燃えている存在から、目が離せなくなっていたのだ。

 そんな中、ガテツだけは全く違う物を見ていた。



「……あやつならば、もしかしたら……」



 その目には、俺が持つ刀が写っていた。

 だが、その瞳の奥では、なにか別の存在を見ているようだった。


 その後、ゴブリンキングを退けた俺の姿を見た男が甲冑達を戻らせ、なぜか逃げるようにその場を後にした。

 とくになにかをされたわけでは無かったが、その動きが妙だったのは言うまでもない。


 と、巨大な馬車が見えなくなった辺りで、ガテツの容態が悪くなった。

 ゴブリンキングに吹き飛ばされた際に、骨が折れてしまったらしい。

 すぐさま工房までガテツを運び、里の医師に見て貰った。

 幸い、他にも傷などはあるのだが、どれも命に別状は無いらしい。

 ただ、暫く鍜冶は無理だと判断された。

 そんなガテツは今、自身の寝室でメリアに傷を直して貰っていた。



「……〝回復(ヒール)〟」

「いつつ……すまんの、迷惑をかけてしまって」

「とんでもない。むしろ、俺達はお礼を言う立場なんだぞ?コイツを届けてくれたからこそ、ゴブリンキングを倒すことができたんだからな」



 俺は机の上に置いた刀を見てそう言った。

 実際、コイツが届けられていなかったら、俺達はおろか、里の人達まで危険に晒されていたかもしれないのだから。



「やはりコイツは、お前さんにとって最高の武器のようだな」

「……そういや、なんで(コイツ)だったんだ?他にも種類はたくさんあるだろ?」

「なぁに、お前さんの武器が教えてくれたんじゃよ」

「俺の……?」

「お前さんの武器、あれは変重心になるように調整されていた」

「……!?」

「変重心にすることで威力と扱いやすさを高める。普通、そんなことは考えんからの」

「……よく分かったな」

「ワシはこれまで何本もの武器を作ってきたのだぞ?それくらい分かるわい」



 ガテツがニカッ、と笑う。

 真の職人とは、恐れ多いものだ。

 たとえどんな形をしていようと、ほんの少しの情報から、そのものがどんな形でどんな扱いをされたのかを見抜いてしまう。

 目の前に居るガテツも、その一人だということだ。

 それを思うと、自然と顔が緩んだ。



「そうか……それで、俺の武器なんだが……」

「まぁ、医師から止められた以上、暫くは作れんな。すまない」

「いや、命があるだけ十分だ。それに、俺達の旅は急ぐものじゃない。焦ることも無いしな」

「……それなら、お前さんに渡したいものがある」


 そう言うと、ガテツが近くにある棚からなにかを取り出し、それを俺に差し出した。

 俺は、それを手に取る。

 メリア達も、興味津々に顔を覗かせる。


「これは……鍵、ですの?」

「そうじゃ。ソイツは、ワシが若い頃に作ったとある武器の封印を解く為の鍵だ」

「……とあ、る、武器……?封、印……?」

「ソイツは、ワシが作った中で最も誇れる武器でな?ここから北に行った場所にあるダンジョン、「バデュラスの洞穴」の最下層に封印してあるのだ」

「バデュラスの洞穴?」

「そこは質の良い鉱物が取れる場所でな。ワシが作る物は、基本的にバデュラスの洞穴の素材で作っておるのじゃよ」

「でも、なんでそんな所に、ぶきをかくしたの?」

「理由はいくつかあるが……一番は悪用されない為、じゃな」

「あくよう……?」

「あぁ、アレは他の武器とは比べ物にならない程強力でな。悪しき者の手に渡さない為に、作った後すぐに封印したのだ」



 その武器は、ガテツが鍜冶の腕を磨きつつ魔導具作りにせいを出していた時に作り上げた武器の一つらしい。

 だが、あまりの出来に、ガテツ自身も恐れを成したらしく、すぐにバデュラスの洞穴へ向かい、最下層に封印したらしい。

 しかも……



「バデュラスの洞穴、その最下層までたどり着くのは容易ではない。だが、その武器を握ったワシは、いとも容易く最下層までたどり着けてしまったのだ」

「……道中のモンスターが、相手にならない程、と言うわけか……」

「そうじゃ。今どの程度のモンスターが居るのかは分からんが、当時はCランクのモンスターも居たぞ」

「さっきのゴブリンキングと同等のモンスターを、簡単に倒せる……それは確かに、悪人の手に渡るのは不味いな……」

「じゃが、お前さんを見て思ったのだ。あやつなら、正しい心を持って、ソイツを振るってくれるだろう、とな」

「そう思ってもらえるのは光栄だが……出会ったばかりの相手に渡しても良いのか?」

「誰よりも真っ先に飛び出したのはお前さんじゃろう?ワシらだけでなく、里の者の事まで考えて動いた者に対する礼と思えば良い」

「……」

「それに、お前さんは正しく物事を判断できる力がある。見せて貰った武器からそれは読み取れたし、何よりお前さんを慕う、そやつらの顔を見れば分かる」

「「「「「……!」」」」」



 いきなり話を振られ顔を赤くし、そっぽを向くメリア達。

 まぁ、さすがに不意打ち過ぎたよな……


 兎に角、メリア達の事も相まって、ガテツの信頼を獲得する事が出来た。

 だからこそ、こんな話をしてくれたのだろう。



「……分かった。その武器、必ず持ち帰ってこよう」

「頼んだぞ。それとユア、お前も一緒に行きなさい。バデュラスの洞穴は、お前の力が必要なハズじゃ」

「ですが、それではガテツ様が……」

「気持ちは分かっておる。じゃからこそ、お前は向かうべきなんじゃ」

「……分かりました」



 少し心配そうな声を出すユア。

 ……まぁ、相変わらず無表情なせいで、本気で心配しているのか分かりづらいのだが……



「それなら、私達が見てあげる」

「ナヴィ、様?」

「貴女一人じゃ、またあいつらが来たときに全て対応出来る訳じゃ無いでしょ?だから、私達が見ておいてあげるわ」

「……良いのですか?」

「少なくとも、大人数で行って、その間に彼がやられるより妙案だと思うわ。ケイン、どう思う?」

「偶然だな。俺もそうしようか悩んでいたところだ。ユアがついてくるっていうなら、尚更そうするべきだな」



 先の戦闘で、ガテツを守りながら戦うには少し危ないところがあるというのは、ユア自身も感じていた事だ。

 その為、バデュラスの洞穴へ向かうグループと、こちらに残るグループに分けようと考えていたのだが、ナヴィも同じ考えに到っていたようだ。



「……分かりました。お願い出来ますでしょうか」

「あぁ、任せておけ。それじゃあ、グループ分けは……」

「それなんだけど、私とレイラが残るわ」


 突然名を呼ばれ、レイラが思わず「えっ」という表情になる。


「……理由を聞こうか」

「大きく分けて二つ。一つ目はウィルとイブの戦闘経験不足。ケインにメリア、それに私と違って、二人は戦闘経験が浅すぎるわ。だからこそ、二人には多くの戦闘を経験してもらう必要があるわ。

 二つ目に防衛の問題。私達の中だと、索敵に向いているのはメリアとレイラ。だけど、ダンジョンに挑む以上、メリアという回復役は必要なハズ。それなら、私とレイラが残って、他の皆はケインと共に最深部へ向かうのが一番だと思うわ」



 俺は思わず感心した。

 ナヴィの言っている事は、どれも的を得ている。

 二人の戦闘経験不足は、ここに来るまでの道中で分かっていた事であるし、ダンジョンを無理なく進むための事も考えられている。

 理由を聞いたメリア達も、納得しているようだ。



「それじゃあナヴィ、レイラ。頼まれてくれるか?」

「分かった!任せといて!」

「えぇ。そういう訳だから、戻ってくるまでの間、私達が護衛するのだけれど、良いかしら?」

「あぁ、お前さんらが居てくれるなら安心だ。こちらこそよろしく頼む」



 その後の話し合いの結果、明日の朝にバデュラスの洞穴へ向かう事となった。

 俺の武器に関しては、引き続き刀を使って欲しいと言われたので、ありがたく借り受ける事にした。

 ガテツの好意で、今日はガテツの工房に泊まらせて貰うことになった。

 その為、その日は日が暮れるまで刀を振り、刀と向き合っていた。




 ***




「……と言うわけで、明日奴等はバデュラスの洞穴に向かうそうです」

「ご苦労。もう下がってよいぞ」

「ハッ、それでは」


 バタンと戸が締まり、部屋には一つの人影だけが残る。


「フッ、フフ、アーハッハッハ!」


 静かだった部屋に、高らかと笑い声が響く。


「僕が逃げたと思って油断したなぁ?ベラベラと話しちゃってなぁ!?」


 誰に話しかける訳でもなく、ただ高揚を抑えきれない男は立ち上がる。


「誰も勝てない武器……まさに、僕の為の武器じゃあないか!アイツめ、これがあるから僕の武器は作らないと言ったんだな?フフフ……打ち首にしてやろうかと思ったが、僕の武器に免じて許してやろう……!」


 男の興奮は収まらない。

 男の中では、すでに最強の武器は自分の物となっているようだ。

 最強の武器を手にした自分の姿を想像したのか、気持ち悪いほどの顔のにやけが収まっていない。



「待っていろ!英雄たるこの僕が迎えに行くからな!」



 巨大な馬車が動き出す。

 向かう先にあるのは、バデュラスの洞穴。

これにて六章「キラヒの里編」完結。

次回より七章となります。

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