75 届けられた願い
「クソッ!コイツ強い!」
「怯むな!挟み撃ちだ!」
「食らいやがれ!」
「……遅い」
甲冑達の一撃が、ユアの持つ短剣によってことごとく防がれる。
短剣では甲冑を貫けないので、かわりに蹴りを入れて後方や左右へ押し退ける。
先回りをしようとする者も、素早く対処をする。
そんな戦闘を、すでに何度も行っていた。
こんな無意味な戦闘を早く終わらせようとするたび、頭の中にそれは過る。
(……ダメ、あれはもう使わないと決めた技)
ユアは、使いそうになるのを必死でこらえる。
そして、再び攻撃を受け、弾き返す。
ガテツの願いを果たすために。
ケイン達の元まで、あと少し。
その矢先、悲劇は起きた。
こちらに向かってきたのだ。ゴブリンキングが。
*
「クソッ!タフすぎないかコイツ!」
「はぁ……はぁ……っ!ケイン、まだですの……!?」
「まだだ!……っ、すまない。使い潰しちまって……」
俺は砕け散った剣を放り、新たな剣を取り出す。
すでに使い潰した剣は三本。
しかも、この剣が最後の一本。
この剣を失ったら、俺は戦闘に参加できなくなってしまう。
ならば、使い潰すより先にゴブリンキングを仕留められれば良いのだが、そうは上手くいかない。
ゴブリンキングの皮膚や肉が思った以上に固く、致命傷になりうる傷をなかなか与えられていない。
それに加え、ゴブリンキングはまだスタミナが有り余っているらしい。
「ゴブァァァァァァ!!!」
「しまっ……!」
そして、あまり激しい戦闘に慣れていないウィルが思わずふらつく。
それを見逃さなかったゴブリンキングが、ウィル一点狙いで突撃してくる。
「ナヴィ!」
「分かってる!」
俺が指示するよりも先に、ナヴィが飛び出す。
そして、ゴブリンキングの攻撃が当たる前にウィルを掴み、なんとか攻撃をかわす。
だが、それはより最悪な状況を作ってしまう原因となってしまった。
ウィルが居た場所、その奥からこちらに向かってくる人影。
ガテツにユア、それに甲冑共だ。
ゴブリンキングはその一帯を見つけてしまった。
そして口角を上げると、その一帯目掛けて走り出した。
「っ!マズい!」
ゴブリンキングが走り出したことで、俺達もガテツ達の存在に気づく。
だが、気づくのが遅かった上、俺は反対方向に、ナヴィとウィルはすぐに向かえるような状況ではない。
(どうすればいい!どうすれば救える!)
必死に思考し、そして……
*
「なっ、なんだあいつ!」
「こっ、こっちに来るぞ!」
「ひ、怯むな!」
ゴブリンキングの存在に気づいた甲冑達が、慌てふためく。
その慌てようからユアも気づいた。
だが、ゴブリンキングはガテツに攻撃が届く直前の位置まで来ていた。
まさに万事休す。
ユアもなんとか守ろうとするが、このままでは自分もろとも吹き飛ばされてしまうのは目に見えていた。
だが、それでも構わない、といった様子で飛び出した。
そして、自らを盾にガテツを守ろうと、ガテツの前に出る。
その時、ユアは見たのだ。
ゴブリンキングの攻撃より早く、自分の目の前に来た存在を。
*
ほんの数秒前、それは思い付いた。
だが、その方法はあくまでも追い付くだけ。ゴブリンキングを止めるには一手足りない。
その一手は、今は一度しか使えないものだ。
だが、今使わずしてどうすると言うのだ。
俺は名を呼ぶ。
彼らを救うために、必要な存在に。
「レイラ!俺をヤツの前まで飛ばせ!」
「えっ?」
「いいから!早く!」
「……!わ、分かった!」
俺の焦ったような言葉使いで、早くしなければ間に合わない事を悟ったレイラが、素早く行動に移す。
「いっけぇぇぇぇぇぇ!!!」
レイラが念力を使い、俺を素早く飛ばす。
弾かれたように飛び出した俺は、すぐにそれを発動させる。
手に持つ剣に、俺の魔力が流れ込む。
その魔力はやがて熱を帯び、炎となる。
だが、それと同時、剣からピシリと音が鳴る。
(頼む!持ちこたえてくれ!)
俺はさらに魔力を流す。
炎はより強くなり、それと同じく剣のひびも大きくなる。
完全に溜めきるのと、ゴブリンキングの前に飛んでこれたのは、ほぼ同時だった。
突如として現れた俺に、ガテツにユア、甲冑達までもが目を見開く。
俺は、彼らを気にする事もなくゴブリンキングを見る。
放てるのは一度きり。この一撃で終わらせる。
その事だけを考え、俺は叫ぶ。
「バーン……」
炎がより激しさを増す。
そして、剣も限界に達そうとする。
だが、俺は止まらず振り抜く。
その一撃に、全てを託して。
「スラァァァァァァッシュ!」
渾身とまで言える叫びと共に、炎の刃が解き放たれる。
そして同時に、剣は粉々に砕け散った。
俺は打ち出した反動で受け身を取れず、そのまま地面に叩きつけられる。
放たれた火炎波斬は、一線の狂いもなくゴブリンキングへと向かう。
そして、首もとに直撃し、爆炎と爆発を起こした。
突然の攻撃に、声を出すこともできなかったようで、ただ爆発音だけが響いた。
その場に居た誰もが、声を失い、同時に動くことができなかった。
俺は、痛みを必死にこらえ、なんとか体を起こす。
俺の目には、ガテツとユア。そして、その前に立ち込める爆煙が写った。
そして、煙が弱くなった時、皆が絶望した。
生きていたのだ。俺の渾身の一撃を受けたというのに。
だが、無傷というわけではない。
持っていた棍棒は砕け散り、左腕も肘辺りから先はなく、右手も数本指がない。
体の至るところが火傷しており、切り傷も酷い。
また、喉を完全に潰されたのか、ヒュウヒュウと息をする音しか出てこない。
ゴブリンキングは火炎波斬が当たる直前、攻撃に使う行動を、無理矢理防御に使ったのだ。
そのため威力が少し落ちてしまい、完全に仕留めきることができなかったのだ。
「っ!?」
「ぐおっ!?」
ゴブリンキングが右腕を振りかぶる。
それに気づいたユアがとっさに防御体制をとる。
威力は俺達が対峙していた時より格段に落ちてはいるが、それでもユアをガテツごと俺の前まで吹き飛ばす。
ゴブリンキングは、腕の無くなった左腕を押さえながらこちらにゆっくりと歩いてくる。
俺にはもう武器が無い。
だが、理由はどうであれ、願いは果たされた。
ケインの元へたどり着くという、ガテツの願いが。
「コイツを使え!」
ガテツが俺に何かを投げる。
俺はそれを受け取った。
「これは……?」
手に取ったのは、黒い鞘に入った剣らしきもの。
だが、よく見る剣とは違い、細くて重い。
俺は柄を握ると、鞘からその剣らしきものを抜いた。
刀身は細く反っており、先の方以外は刃が片面にしか付いていない。
だというのに、普通の剣よりも確かに感じる重みがある。
鞘から抜かれたその刃が、これでもかと光を浴びて美しく輝く。
そして何より、とてつもなく手に馴染む。
「そいつは刀……お前さんの求めていた武器になるかもしれん!」




