69 幼き少女の夢と野望
「……」
「……」
誘拐事件が起きたその日の夜、ブライビアの屋敷にある応接室。
今この部屋にはブライビアとイブ、屋敷の使用人が四人ほど、それに俺達がいる。
だが、その空気はなんとも言えない、気まずいものになっていた。
ブライビアは、その原因でもある俺を、正確には俺の左腕を見ている。
そこには、本来なら俺の正面にいるはずの少女が、俺の左腕に抱きついていた。
いや、抱きついていただけならまだいい。
先程からクイッと袖を引っ張られたり、頬擦りをされたりと、やたらとかまって欲しそうな態度を取ってくるのだ。猫か。
その正体は勿論、イブである。
俺達がこの部屋に入ってきてすぐ、イブは俺の左腕にくっついた。
メリアが剥がそうとするも剥がれず、少し脹れっ面になったのも覚えている。
その手には、火傷の後など残っていない。
倒れそうになったイブを受け止めた俺は、イブが手に酷すぎる火傷を負っている事に気がついた。
慌ててメリアを呼び、回復で火傷を治していく。
イブはそのまま眠ってしまったが、大事には至らず、火傷痕も残らないようで安心した。
そして、そのまま背負ってここまで連れてきたのだ。
ちなみに、他の子供達は森の出口付近に集まっていた親達に迎えられた。
微妙な顔をしたブライビアが、ため息混じりに話しかける。
「……イブ。なぜそんなことをしているんだい……?」
「なぜって、おうじさまの側に居てはいけないのですか?」
「王子様か……そう、か……」
「はい!」
満面の笑みで答えるイブ。
その笑みに、ブライビアもどう反応すれば良いのか分からない、といった表情になる。
なにせ、少し前まで表情を失っていたイブが、今は嬉しそうに笑っているのだ。
それは、ブライビアの目的でもあったが、こうもあっさりと叶ってしまったのだから、なんとも言えない表情になるのは仕方がない。
ブライビアは再度ため息をつくと、俺の方を見た。
どうやら、イブの事はもう大丈夫らしい。
「……ケイン君、それに君達も。イブを救ってくれて感謝する」
「……あぁ」
「このデッドラインには冒険者ギルドは無いが、これは私からの依頼として扱おう。後で手紙を書くから、どこかの冒険者ギルドへ行ったときに処理して貰うといい」
「……いいのか?」
「構わんよ。それくらい、君達には感謝しているんだ」
そう言って、ブライビアは使用人に手紙の準備をさせる。
本来、冒険者ギルドを通じた依頼を受けなければ、冒険者ランクは上昇しない。
だが、今回の誘拐事件のように、迅速な処理が求められる、依頼を申請できない状況下にある、人の生死がかかっている、等といった場合に限り、依頼主の紹介があれば、ギルドを通じたものとして処理することができる。
他にもいくつか例外が存在するが、今回はこの三つだろう。
人の好意は受け取っておくものだ。
指示をしたブライビアが、改まって口を開く。
「……そういえば、ケイン君はイブを助ける際に、剣を失ってしまったそうだね」
「……」
「なんでも、君の大切な剣だとか。……イブを救ってくれたとは言え、本当に申し訳ない」
深々と頭を下げるブライビア。
俺は立ち上……れなかったので、座ったまま言葉をかえす。
「……謝らなくても良い。コイツの限界を見極められなかった俺にも問題がある。無理をさせたこともあるしな……」
「だが、武器はどうするんだい?この町にも武器屋はあるが、恐らく君が求める武器は存在しないだろう。……そこで、だ」
ブライビアは、一つの封筒を差し出してくる。
俺はその封筒を受けとる。
シンプルな見た目であり、その裏にはブライビアともう一つ、「ガテツ」という名が書いてあった。
「……これは?」
「この町の西側の山を一つ越えた先に、キラヒという里がある。そこにいるガテツというドワーフにその封筒を渡してくれ」
「ガテツ……とは?」
「私の知り合いの鍛冶職人だ。少なくとも、ここら一帯では彼に敵う職人はいないだろう。なにせ、彼は魔道具の作成もできるのだからな」
「魔道具だって……!?」
魔道具には、色々な物が存在する。
魔力によって動くもの、人の補助をするもの、物体そのものにスキルが入っているものなど多種多様に存在する。
その作成はとても難しいとされ、世に出回る物もかなり限定されている。
だが、ガテツというドワーフは、一から魔道具を造り出せるらしいのだ。
「彼であれば、君に合った武器を作ってくれるハズだ。少し気難しい性格ではあるが、君ならば作ってくれるだろう」
「……と言うわけなんだが、良いか?」
俺は、仲間達を見る。
「……あたり、まえ」
「問題ないわ」
「むしろ、確認しなくても良いのにー」
「私達は、ケインについていくだけですもの」
それぞれが頷いてくれる。
これで、次の目的地が決まった。
「……分かった。ありがたく受け取らせてもらう」
俺は、ブライビアから手紙を受けとる。
次の目的地はキラヒの里、そこにいるという鍛冶職人のガテツに、俺の武器をつくってもらうのだ。
と、そこで口を開く者がいた。
イブだ。
「イブも!イブもおうじさまについていく!」
「「なっ!?」」
俺とブライビアが、同時に驚きの声をあげる。
メリア達は「やっぱり……」といった表情になり、使用人達は「あらあら」といった感じだ。
ブライビアがイブに問いだす。
「イブ、自分の言っている事が分かっているのかい?」
「もちろんです!」
「もしかしたら、今回より酷い事に巻き込まれるかもしれない」
「それでもです!」
「心の傷も、深くなるかもしれない」
「おうじさまが側にいてくれるなら、どんなことでも乗りこえてみせます!」
ブライビアの問いに、一切の迷いなく答えるイブ。
その目には、何があってもケインと一緒にいたい、という思いと覚悟が宿っていた。
その事に、ブライビアは最初から気がついていた。
それでもイブに聞いたのは、その覚悟を知るためだった。
ブライビアは、元よりついていくことを止める無かったのだ。
「……ケイン君」
「……はい」
「私は、イブの思いを止めるつもりは無い。だが、決めるのは君だ」
俺は、イブを真っ直ぐ見つめる。
イブも、俺から目を離すまいと見つめ返してくる。
「俺達の旅は、本当に辛いことが沢山あるかもしれない。本当に良いのか?」
「はい!」
イブのハッキリとした答えを聞き、今度は仲間達を見る。
「お前達は……って、聞くまでも無さそうだな」
「そうね、聞く必要は無いわ」
「仲間が増えるんでしょ?大歓迎だよ!」
「ま、まぁ、ケインの窮地を救ってくれましたし?私も止めませんわ」
「ウィル、なんで、そんな言、い方……?」
「うっ……な、何でもないですわ!」
「……?」
普段通りの仲間達を見たあと、俺は再びイブと向き合う。
その目は、じっと俺を見つめている。
もう、答えは出ていた。
「イブ」
「……はい」
「俺は、お前に一度救われた。その恩を忘れることはない」
「はい」
「だから、俺からも言わせてもらう。俺達の旅についてくる気は無いか?」
「……!」
「勿論、嫌なら嫌って言って」
「行く!ついていきます!嫌なはずなんてありません!」
「わ、分かったから!そんな乗り出さなくてもいいから!」
俺に言われ、おとなしく座り直すイブ。
だが、その顔には嬉しさで溢れかえっている。
「ただ、王子呼びだけはやめてくれないか?どうにもむず痒くてな……」
「ご、ごめんなさい……えっと……」
「ケイン。ケイン・アズワードだ」
「よろしくおねがいします!ケインさま!」
「ちょっ!?」
俺の名を叫びながら抱きついてくるイブ。
その顔は、とても幸せなものだった。
次は、俺達の番だ。
*
「……と言うわけだ」
「「……」」
深夜、俺はウィルとイブの二人に、デュートライゼルでの事を話した。
その話は、レイラの正体を知る事だけではなく、メリアがメドゥーサであること、その力を制御できていないこと、そして、結果的に俺達がデュートライゼルを滅ぼしてしまったことを二人に教えることとなった。
「この話を聞いて、俺達を嫌っても構わない。これは、逃れられない事だからな……」
俺は少し下を向く。
どんな言葉でも受け入れる覚悟をして、二人からの言葉を待つ。
先に口を開いたのは、ウィルだった。
「ケイン、私から言えることはただ一つ。そんな事で、貴方達を嫌いになったりしませんわ」
「そうだよ!わるいのは、ケインさま達じゃない!」
「ウィル……イブ……」
「むしろ、話してくれて感謝しますわ。それだけ私を信用してくださっている、ということにも繋がりますし」
「……」
「だから、私は貴方についていきますわ。どんな事があっても、ついていくと決めたのは私なのですから」
「イブだってついていく!」
「二人とも……」
俺は、二人の言葉を聞いて、少し気持ちが軽くなった。
メリア達も、同じように感じたらしい。
俺は、いい仲間に出会えたようだ。
と、俺にテクテクと近づいてくる一つの影。
コダマだ。
コダマは俺の元へ来ると、その頬を擦り付けてくる。
「……お前も、一緒にいたいってことか?」
「くぅ!」
肯定するように一鳴きするコダマ。
実は、コダマは誘拐事件の最中も俺と一緒にいた。
だが、相手がテイマーだと分かったので、定位置から出ないよう言っていたのだ。
その定位置と言うのは、俺の魔法鞄である。
出会って間もない頃、なぜかその場所を気に入ったらしく、ちょくちょく潜り込んでいたコダマ。
そのうち、コダマは収納されずに鞄の中に留まる事ができると判明した。
一応、俺が意識すれば収納できるのだが、コダマが不機嫌になるのでしない。
コダマ一匹分の重さは生まれてしまうが、コダマ自身が軽い方であり、戦闘中は自ら収納されにいくので俺は気にならない。
そのため、俺が出てもいいと許可をすると、素早く俺に飛び付いてきたのは可愛かった。
「ケイン、良かったね」
「あぁ……ほんとにな……」
思わず顔が緩む。
それは偽り無い、自然にでた笑みだった。
その笑みを見た皆が、なぜか頬を少し赤らめる。
なぜなのかは分からないが……まぁ、いいか。
*
皆が寝静まった頃、一人自室で考え事をしている者がいた。イブである。
(みんなのあの顔……ケインさまを慕う……いや、あれはイブと同じ……だけど、気づいてなかったり、おし留めてたり……)
先の赤面に、イブは皆が心のどこかで思っていることに気がついた。
自分がそうであるからこそ、気づいたのだ。
(だけど、そんなのはダメ……隠してちゃ、きっとつらいのに…………!そういえば!)
イブは、自室にある1冊の本を手に取った。
それは、イブの一番好きな本「クリスティア伝記」である。
パラパラとページを捲り、目的のページへたどり着いた。
それは、主人公を救う王子が、自身の兄と会話をするシーンである。
その兄には嫁が複数人いた。いわゆる、ハーレムというものだ。
それは、イブに一つの解答をもたらした。
(これだ!みんながケインさまを思うのなら、みんなをうけとめてもらえばいい!そうすれば、みんな幸せになれる!)
イブは決断した。
ケインをハーレムにすると。
それこそ、自分が、皆が幸せになる方法だと思って。
(みんなの思い、イブが必ずかなえてみせる!)
「へくちっ」
「メリア?」
「ん……だいじょーぶ」
「そうか……なら良いけど……無理はするなよ?」
「うん」
(……なんだろ、なにか、すごい悪寒がしたけど……気のせい……かな)
翌日の朝、俺達は出発した。
新たな仲間、イブを加え、新たな目的地、キラヒの里を目指して。
ハーレム志望系魔族幼女・イブを仲間にしたところで、デッドライン編は終幕。
次回、キラヒの里編。
皆大好き(?)あの種族が登場します。




