68 呪い人形 その3
「……そ、んな……」
どこからともなく、そんな言葉が溢れる。
絶望的な状況の中、ようやく見つけた突破口は、刀身の崩壊という形で潰されたのだ。
だが、他の誰よりも辛いのは、俺自身だ。
冒険者を始めた時からずっと、この剣を使ってきた。
何度ボロボロになっても、腕のいい鍛冶職人の手によって何度も手直しを施され、その度により強くなっていった。
火炎波斬だって、この剣が無ければ完成しなかったかもしれない。
そんな、俺のこれまでを支えてくれた剣は、ボロボロに砕け散ってしまった。
旅に出てからは、俺自身がメンテナンスを行っていたが、特に刃こぼれ等は見当たらなかった。
だが、壊れてしまったという事実は変わらない。
刀身が半分無くなった剣を見ていた俺は、壊れた箇所を見て、ふと気づいた。
それは、テドラでの決闘中の事。
俺は、反撃発動のために大地割りを一度受けた。
その衝撃は、俺の体を一瞬で行動不能にまで追い詰める程の、強烈なものだった。
―もし、その衝撃が全て俺に流れておらず、剣に残ってしまっていたとしたら?
見た目にはダメージは無くても、強力な攻撃を受けたことには変わりがない。
そして、先の攻撃。俺は、剣を盾代わりにしていた。
恐らくは、その時点で限界に近かったのだろう。
そこに、火炎波斬を放つ、という衝撃が加わった。
すでに限界だった剣は、その一撃で力を使い果たし、粉々になってしまったのだ。
だが、俺がいくら悲しもうと、相手が待ってくれるハズがない。
ようやく火が止まった呪い人形が、こちらを睨み付ける。
それは、これまでとは比較にならないほどの殺気を孕んだものだった。
失った腕は元には戻らないようで、未だにポタポタと音を立てて、傷口から何かが漏れている。
その視線に、俺は一瞬怯んでしまった。
剣を失った事により、冷静な判断をすることができなかったのだ。
そして今度は、左腕が振り上げられる。
絶対に殺す。
そう言われているような気がした。
皆の叫び声が聞こえる。
俺の足は、動かない。
視覚以外の全てが、シャットダウンする。
もう、終わりなのか……?
そう思った刹那、闇色の豪炎が、呪い人形を飲み込んだ。
*
イブは、苦しんでいた。
痛みで苦しいのではない。自分の想い人が、目の前でいたぶられている事に胸を痛めていた。
だが、助けに行くことができなかった。
イブは、魔力制御がまだ出来ていなかった。
教えるべき存在は、イブが教わる前に亡くなってしまったから。
そのため、イブは現在三つのスキルを持っていながら、一人ではまともに使うことができず、むしろイブ自身を傷つけてしまう恐れがあるのだ。
一応、杖を通してならば制御できるのだが、この場に杖があるハズがない。
そのため、一度スキルを使ってしまえば、自身が壊れてしまうかもしれない。
そんな恐怖が、イブが動けない原因の一つでもあった。
シャンデリアの攻撃を耐えられ、壁に飛ばされるケイン。
それを見て、イブは思わず「あっ!」と声を上げた。
だが、それでも体は動かない。
そして、ケインが叩き潰されそうになる直前、炎を纏った斬撃が、その腕を焼き切った。
「……火だ。コイツは火を嫌がっているんだ!」
その言葉に、イブはハッとする。
なぜなら、イブが持つスキル。その一つは、炎を打ち出すスキル「炎」であるからだ。
そう。この場にいる者の中で、呪い人形に対抗できるのは、ケインとイブの二人だけだったのだ。
そして、手慣れた連携で二撃目を放とうとするケイン達に訪れたのは、剣が崩壊するという絶望だった。
そのときのケインの顔は、イブの目にやけに鮮明に写った。
大切にしていた物が、目の前で無くなってしまった悲しみ。
それは、イブが体験したことのある感情だった。
そして、呪い人形が動きだす。
ケインを……イブの想い人を、殺すために。
(助けたい……)
イブの心から、恐怖心が薄れていく。
(助けなきゃ……!)
ケインを助けたい。ただそれだけの思いは、イブの体を突き動かす。
(私が……!)
そう思った瞬間、弾かれるように前に飛び出した。
メリアが、ナヴィが気づくより先に、イブは前へと駆け出す。
そして、スキルを発動する。
(炎……)
イブがかざした両手の前に、赤き炎の渦が現れる。
統制など無い歪な炎は、一瞬で巨大化する。
制御という枷が外れた、暴走の炎だ。
制御できなくても、十分な威力になるのは明白だ。
だが、イブはさらにスキルを発動する。
(闇……!)
それは、ナヴィも持つ闇のスキル。
イブから溢れ出た闇が、炎の渦に飲み込まれ、融合していく。
炎と闇が融合し、闇色の炎となる。
―炎と闇の混合スキル、その名は
「煉獄!」
イブの言葉と共に、闇色の炎が呪い人形に向かって放たれる。
制御など無い暴虐の炎は、うねりながらも目標に向かって行く。
そして、炎が敵を飲み込んだ。
断末魔など叫ばせない、と言わんばかりの勢いで、敵を滅しにかかる。
呪い人形も抵抗しようとするも、むしろ苦しみが増していく。
やがて、力尽きたのか、左腕を天に仰ぐようにして倒れこんだ。
「はぁっ……はぁっ……」
燃え続けている炎と、イブの息の声だけが、その場にはあった。
誰もが声を失い、その光景に目を奪われていた。
そして、イブは今にも倒れそうになるのを必死で堪えていた。
かざした手の平は、煉獄を杖無しで撃った反動で、酷い火傷を負っていた。
それに、魔力全てを先の攻撃に使ったため、魔力切れも起こしていた。
ケインを助ける、その一心で、今持つ全ての力を出し尽くしたのだ。
やがて、体が限界に達したのか、イブはふらりと倒れこむ。
その体は、地につく前に誰かに抱き抱えられた。
イブが、朦朧とする意識の中、チラリと覗きこむ。
姿はハッキリと見えず、何かを話しているようだが、途切れ途切れで上手く聞き取れない。
でも、妙に安心していた。
(おうじさま、助けれた、かな……)
イブは、そんなことを思いながら目をつむり、眠り始めた。
想い人の、腕の中で。




