67 呪い人形 その2
「っ!クソッ!」
ナヴィを戦線から離脱させるために呪い人形の攻撃を引き受けた俺は、振り下ろされた腕をなんとか回避する。
その一撃一撃がとても重く、徐々に正確性を増していく。
初めこそ隙を突いて一撃与えたり、波斬を撃ち込んだりできていたが、今ではそんな余裕は無い。
恐らくナヴィも、この異常な対応力にやられたのだろう。
だが、ナヴィの時とは違う点がある。
そのために、俺はひたすらにかわし続ける。
そして、部屋の中央におびき寄せた直後、
「今だ!」
「「りょーかい(ですわ)!」」
俺の合図と共に、呪い人形の頭上にあったシャンデリアと水の刃が、物凄い速度で落ちてくる。
その犯人は、レイラとウィルだ。
俺が屋敷に侵入したとき、俺は脱出する際のプランをいくつか立てていた。
そのうちの一つが、シャンデリアを落とす、というものだった。
この作戦は、立ちはだかる敵が大きい、もしくは数が多い場合に最も効果のある攻撃である。
大きい敵、または沢山の敵というものは、言い換えれば的が大きい、と言える。
そこで思い付いたのが、レイラの念力でシャンデリアを高速で落として叩き潰す、という作戦だ。
シャンデリアが形を保てる、一度きりの攻撃ではあるが、完全な不意討ちができるため、立ち直るまでの間にトドメを刺すもよし、逃げて子供達の安全を確保するもよしと、色々なプランが立てられる。
勿論、外せばそれまでなので、最後の手段として考えていた。
元々脱出用の作戦であるこの攻撃を思い付いたのは、攻撃を引き受けた最中であった。
そこで、隠蔽状態で呼んだレイラに作戦を伝え、そのままメリア達にイブと男を預け、シャンデリアの前でウィルと共に待機させた。
そして、感づかれないように立ちまわり、このチャンスが訪れるまで粘り続けたのだ。
さすがの呪い人形もこれには対処できず、そのまま床に叩き付けられた。
「よぅし!」
「やりましたわ!」
声を上げて喜ぶレイラとウィル。
作戦が上手く決まり、喜びを表にしている。
一度しか使えない攻撃が、呪い人形に見事に命中したのだ。
ウィルの放った水刃も、残らず命中した。
だが、それで安心してはいけない。
俺はすぐさま指示を出す。
「今だ!今のうちに子供達をっ!?」
俺の言葉は、そこで遮られた。
巨大な腕が、俺を凪ぎ払おうとしてきたからだ。
一瞬の油断が命取りになるこの状況における、最悪の一手。
当然反応が遅れた俺は、ろくに防御をすることができずに凪ぎ払われ、そのまま壁に叩き付けられる。
「がはっ!?」
「ケイン!?」
宙に浮いていたレイラが真っ先に声を上げる。
それにより、突然の出来事を理解したメリア達が声をかけようとするが、それよりも早く敵が動きだす。
「……そ、そんな……!?」
「ぐっ…………化け物か、コイツっ!」
攻撃した本人であるウィルと、剣を盾にして辛うじて腕の直撃だけは避けた俺が、剣を支えに立ち上がりながら言葉を溢す。
呪い人形は、ほぼ無傷だった。
所々に切り裂かれた跡があるものの、ダメージが入ったとは思えない。
今できる最大の攻撃であったはずの作戦が、全く通用しなかった。
完全に起き上がった呪い人形が、ゆらりと俺を見つめる。
俺はまだ、立つことすらままならない。
まさに、絶体絶命。
呪い人形は、無駄にゆっくりと俺に歩み寄ってくる。
「このぉ!」
呪い人形の背後から、地上に降りてきたウィルが水刃を飛ばす。
だが、呪い人形はそんなダメージはお構い無し、と言うかのように振り向かず、俺にジリジリと歩いてくる。
何度打ち込んでも、振り向くことは無かった。
俺がなんとか立てるようになった時には、すでに目の前にソイツは居た。
「くっ……こっのぉぉぉぉ!」
それは、無意識の行動だった。
呪い人形が腕を上げようとした瞬間、俺は剣に魔力を流し込んだ。
流れ込んだ魔力は刀身を赤く染め、高熱の炎を纏わせる。
俺は、その剣を振るった。
その攻撃は炎を纏った斬撃となり、呪い人形へと襲いかかる。
―火炎波斬
俺が生み出した、高熱を持たせた斬撃を飛ばすスキル。
生み出してからずっと使ってきたスキルが今、この極限な状況の中で、高熱を持った斬撃から、炎を纏った斬撃へと進化を遂げたのだ。
炎を纏った斬撃は、呪い人形の右腕へ飛んでいく。
攻撃体勢になっていた呪い人形が慌てて防御をしようとする。
だが、勢いよく振り上げている途中であった右腕を止めることはできず、そのまま斬撃を喰らう。
斬撃は右腕を焼き切り、肘から先を切り離した。
『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!』
呪い人形が、幾人もの声が重なったような、断末魔に等しき叫び声で咆哮する。
これまでどんな攻撃でも無傷に近かった呪い人形が、想定外の一撃で右腕を失った。
失った部分から、形容しがたい何かが流れ落ちている。
そして、右腕を焼き切った当事者である俺は、未だ何が起こったのか理解できていなかった。
完全な無意識で行った攻撃、急なスキルの進化、目の前で苦しんでいる敵の姿。
その一つひとつを、俺は未だ理解できておらず、ただ漠然と立っていた。
だが、先の断末魔のおかげで我を取り戻し、そして気づいた。
呪い人形の右腕に、未だに残って燃え続けている炎の存在に。
「……火だ!コイツは火を嫌がっているんだ!」
俺が物理、ナヴィが風と闇、レイラは物を使うという意味で物理、ウィルが水。
俺達が使う攻撃方法に、火を用いた攻撃は一つも存在しない。
もし火が弱点なのだと仮定すれば、全く攻撃が通らなかった理由になる。
炎攻撃ができない俺達にとって、呪い人形は勝てる可能性が限り無く低い存在だったのだ。
しかし、それは火炎波斬の進化という形で崩壊した。
このチャンスを逃すわけにはいかない。
俺は再度剣に魔力を流し込む。
先程は無意識で撃ち込んだため右腕に被弾したが、今度はしっかりと胴を狙う。
先の俺の叫びで、俺の攻撃が有効だと悟ったレイラとウィルが、未だ苦しみに悶えている呪い人形の足をしっかりと押さえつける。
逃げられなくなった呪い人形の胴目がけ、俺が火炎波斬を放つ。
必死に抵抗する呪い人形だったが、弱点である炎を耐えきれず、その胴を二つに分けた。
……そうなる、ハズだった。
事実、その一撃が決まれば、確実に呪い人形を倒すことができた。
だが、現実は残酷なものだった。
ピシッ……
「……!?」
ケインが魔力を流し、構えようとした刹那、ケインの剣にひび割れが映る。
ひびは、剣先から丁度半分の位置ほどまでに広がり、パキィ……という音と共に、ケインの相棒は目の前で砕け散った。
その光景に、誰もが声を失った。
ようやく見えた攻略の糸が、掴むことすら許されずに、切り落とされたのだから。




