66 呪い人形 その1
―一年前、ギルド内資料室にて―
「……人の持つ負の感情を食らい、その力を増す性質を持つ、ねぇ……」
一人しかいないその部屋に、ケインの声が響く。
ケインは今、今後のための知識を蓄えている最中であった。
「生息場所、及び発現条件は不明。ただし、人の負の感情が強い場所ほど多く発見されているため、人の感情こそが発現条件と考えられている……」
いつか対面するかもしれない。
その一心で、ひたすらに読んでいく。
「負の感情をあまり取り込めていない個体は普通の人形に化け、人の負の感情を食らう事がある。負の感情を取り込めば取り込む程その個体は大きくなり、強大な力を得るモンスター……」
***
「呪い人形……クソッ、こんな時に出会うとは……」
俺は、頭をフル回転させて、敵の情報を引き出した。
―呪い人形―
負の感情を取り込む程に力が増し、巨大化していくモンスター。
人形に擬態し、負の感情を食らう事から名付けられたそのモンスター……そのランクは、驚異のB。
生態から発現条件、強さまでもが予測不可能な事から、Bランクという位置付けにされている。
そんな凶悪なモンスターが、今目の前で立ち塞がっている。
運が悪いにも程がある。
恐らく、この屋敷に残っていた負の感情か、子供達の不安や恐怖に反応して現れたのだろう。
いずれにせよ、最悪な事態であることには変わりがない。
「はぁ……はぁ……や、やっと……追い付き、ましたわ……!」
「ケーイーンー?いきなり走るだなんて聞いてな……って、なんじゃコイツはぁぁぁぁぁぁ!?」
「ふぇっ!?で、でっかい人形さん!?」
「ど、どど、どーゆう状況ですの!?説明を求めますわ!?」
後ろの方から、追い付いてきたウィル達の驚きの声が響く。
だが、振り向いたり返事を返している暇はない。
すでに敵は、こちらを叩き潰す気なのだから。
ゴウッ、という音と共に、呪い人形の腕が迫ってくる。
俺とナヴィは左右に別れ回避する。
人形とは思えないその一撃は、獲物を失い床に叩きつけられる。
その一撃だけで屋敷全体が揺れ、一瞬全ての物体が浮いた。
それはウィルや防壁の中にいたメリア達も例外ではなく、ウィルに至ってはバランスを崩して尻もちをついてしまった。
それでも、敵の勢いは止まらない。
狙いを手負いのナヴィに定めると、グリンッと向きを変え、連続で殴りかかる。
ナヴィも必死でかわすが、ケインが来るまでに受けたダメージと疲労感で、だんだんと追い詰められていく。
「はぁ!」
俺は狙いをこちらに向けるべく、呪い人形の背後から切りつける。
呪い人形は一瞬だけ体を仰け反らせたものの、すぐに体勢を持ち直し、ナヴィを狙おうとする。
だが、ナヴィは仰け反った一瞬で、腕がすぐに届かない場所まで移動していたため、俺の思惑通り、俺に狙いを定めてきた。
俺が回避に専念している間に、ナヴィがメリアの元に辿り着く。
*
メリアとナヴィが呪い人形と対面したのは、丁度エントランスに子供達とやって来た時である。
階段を下り、進もうとした矢先に、扉を壊して入り込んできたのだ。
呪い人形はメリア達を見つけると、一切の迷い無く襲いかかってきた。
だが、メリアが防壁を張り、初撃を防いだ事で、勢いよく飛びかかった呪い人形は、反動で体勢を崩した。
そこにナヴィが飛び込み、影の槍の一撃を叩き込む。
ナヴィもメリアも、それで倒せると思っていたのだが……ソイツは倒れなかった。
メリアに子供達を任せ、ナヴィは何度も攻撃を仕掛けていった。
だが、何度撃ち込んでも呪い人形が倒れる気配は無く、むしろ少しずつではあるが、確実に攻撃を入れてくる。
最初こそ圧していたナヴィだったが、だんだんと追い詰められていく。
いつしか、ナヴィは一切の攻撃もできない程追い詰められていた。
致命傷は避けているが、すでに何十発と入れられている。そのため、飛んでいるのもやっとなほどだった。
そして、ついに叩き落とされた。
やられる!
ナヴィはそう感じ、心の中で彼を呼んだ。
して、その思いは―
*
「はぁ……はぁ……いっ!?」
「ナヴィ、しっかり……!」
「だ、大丈夫……それより、お願いできる?」
「で、でも、休んだ方、が……」
「ケインが換わってくれたから休む、なんてできないわ……私もすぐに加勢しなきゃ、っ……!」
「だ、ダメ……!暫く動か、ないで……!」
「で、でも……!」
ずっと一人で相手をしていた為、ナヴィの怪我は大きく、メリアが回復を使ったとしても、すぐに動けるようになる訳ではない。
だが、ナヴィはまだ戦おうとしている。
なので、メリアは切り札を口にした。
「……ナヴィ、ケインが言ってた。「ナヴィを戦わせないでほしい」って」
「……!?」
「それと、こうも言ってた。「これ以上戦ったら、ナヴィが壊れてしまうかもしれない。それは、俺達が望んでいる事じゃない」って」
「……」
「ナヴィ、ここは任せよ?私も、ナヴィにこれ以上戦わせたくない」
「……分かったわ……」
真剣な表情を見せているうえに、仲間のみの場所でないと見せない、本来の喋り方になっているメリアの言葉を聞き、諦めたようにナヴィは頷いた。
本当はまだ戦いたい。ケインと、皆と共に戦いたい。でも、これ以上怪我をした体で戦っても困るのはケイン達であると、自分に言い聞かせた。
それでも、悔しい気持ちが無いわけではなかった。
(もっと……もっと強くなりたい……!)
ナヴィは、心の中でそう願った。
だが、その願いの根本に、彼への思いが含まれていることには、まだ気づいていない。




