65 終わらぬ悪夢
俺は今、非常に困惑している。
ベットで眠っていたイブを見つけ、少し様子を見ていたら、目覚めたイブに急に抱きつかれた。
それも「おうじさまぁ~♪」こんなふうに……
それと、暗くて気づかなかったが、イブには角も生えていた。黒くて可愛らしい、けれども立派な角だ。
「「……」」
「ウィル、レイラ……見てないで助けてくれ……」
「「……」」
ウィル達はウィル達で、先程から顔を少し赤らめてジッと睨み付けてくる。
俺、どうすればいいんだ……
結局、イブが泣き止むまで俺は抱きつかれていた。
ウィル達の視線も、イブが離れて暫くすると治まった。
俺から離れたイブは、少し恥ずかしがっていた。
まぁ、仕方ないとは思うが……
「イブ、体に異常があったりするか?」
「だ、だいじょーぶです!おうじさま!」
「異常が無いならいいんだが……その呼び方はやめてくれ……」
「どうしてですか?おうじさま」
「いや……仲間の視線が痛いんだよ……」
イブの「おうじさま」呼びで再び鋭い視線を送ってくる二人。
当の本人はキョトンと首を傾げるし……
……うん。今は諦めよう。脱出優先。
俺は一つ咳払いをすると、二人に指示を出す。
「ウィルはイブを頼む。俺は男の拘束作業をするから、レイラは町まで運んでくれ」
「……わかりましたわ」
「……わかった」
指示は聞いてくれたが、どこかまだムスッとした様子の二人。
イブは素直にウィルの背に乗っかった。
辛い思いをしたはずだが、わりと元気がある方で良かった。
部屋を出ると、少し前に落ちてきたのか、男が床で伸びきっていた。
イブの目が大きく見開かれ、ウィルに答えを求めてきたので、ウィルが「三人でやっつけたんだよ」と答えた。間違ってはいないから問題はない。
そんなやり取りを他所に、俺は素早く男を縛り上げる。
そのあまりの手際よさに、ウィルが少し驚いた。
「……ねぇケイン、どうしてそんなに早くできるの……?」
「ん?……まぁ、冒険者をやっていると、山賊とか盗賊の討伐依頼が来ることがあるんだ。その場で倒してしまうのは楽だが、時々捕虜として何人か捕まえてほしい、って書いてある時もあるんだ。そういう依頼も受けてたから、自然と身に付いた、ってわけだ」
ちなみに、俺の縛り方はかなりエグいらしく、都市にいた頃に力自慢の冒険者相手にやってみせたところ、数十人がかりでも縄を少し緩める程度で脱出には至らなかった程である。
勿論普通の縄であるため、刃物などで切りつければすぐとは言わずとも解けるのだが。
俺が縛り終え、レイラがそのまま念力で男を宙に浮かす。
男は未だに気を失っており、体も万全とは言えない。
普段は胴だけ縛るのだが、今回は足まで縛り上げているため、意識が戻っても怪我と相まって逃げることすら叶わないだろう。
俺達は、男がなにかしら罠を残していないか十分に注意しながら地下通路を戻っていく。
そんな中、イブを背負ったままウィルがレイラに話しかける。
「……ねぇ、レイラ」
「ん?なーに?」
「貴方、ゴーストになる前は、何をしていたんですの?」
「……え?」
レイラが思わず硬直する。
ウィルは先程のレーゼとの会話にでてきた「地下牢」「一族の誇り」といったワードが頭に残っていた。
そこから、レイラは生前はとても良い一族にいたものの、何かしらの罪を犯してしまったのではないか、と考えたのだ。
実際はそんなことは無いのだが、突然の事で動きを止めてしまった為、ウィルも少し顔を歪ませた。
状況について行けていないイブは放置して、俺が訂正がてら横やりを入れる。
「ウィル、レイラはお前が思っているようなことはしていないぞ」
「え?」
「むしろ、レイラをゴーストにしてしまった原因のうち、半分くらいは俺達なんだ。詳しいことは後で話すが……とにかく、レイラは悪者ではない。それだけは理解してくれ」
「……わかりましたわ」
俺の真剣な、でもどこか罪悪感のある目を見て、ウィルもそれ以上詮索するのを止めた。
レイラから「ありがと……」と、珍しく元気の無い声でお礼を言われた。
俺にとっても、レイラにとってもあまりいい思い出ではないが、仲間であるウィルにずっと隠すわけにもいかない。
時を見て話そうと思っていたが、以外と早く話すことになってしまった。
まぁ、早く話した方がウィルの為にもなるので、割りきってしまうのがいいだろう。
話を聞いたウィルが、俺達と別れると言い出しても、受け入れる覚悟はあるからな。
「……ねぇ、ケイン。上が騒がしくない?」
地下への入り口に近づいたところで、レイラが違和感に気づいた。
確かに、上が騒がしい。
まるで、何かと戦っているような……
何事かと思っていた時、それは聞こえた。
「……このっ!」
「……!」
「ケイン!?」「何事ですの!?」「おうじさま!?」
たった一言、余程のことが無い限り、聞き逃してしまいそうなほど小さな声を聞いた俺は、弾かれるように走り出した。
その行動は三人には予想外だったようで、それぞれが同時に驚きの声を上げるが、俺は止まらない。
道中に罠など無かったので一切の邪魔もされず、目の前の階段も一目散にかけ上がる。
地下の出口に近くなればなるほど、その声はより鮮明に聞こえてくる。
「ぐぬぅぅぅぅ!」
声の主は、ナヴィだ。
何かと戦っている。それも、かなり苦戦している声だ。
きっと、子供達を助けた後で、何か問題が起きたのだろう。
その「何か」は分からないが、ナヴィが苦戦する程の相手が現れた、と考えるのが妥当だろう。
俺は、さらに加速してナヴィの元へと向かう。
俺が階段を登りきった先で見たのは、今まさに叩きつけられようとしているナヴィの姿だった。
俺は、一気に加速する。
「はぁ!」
「ケ、ケイン!?」
ナヴィを押し潰そうとしていた何かを、俺が横から蹴り飛ばす。
防御をする構えを取っていたナヴィだが、突然飛び出してきた俺に驚く。
「ナヴィ、大丈夫か!?」
「え、えぇ……問題ないわ」
ナヴィの安否を確認した俺は、改めて現場を見る。
屋敷の至るところはひび割れ、砕けた壁が辺りに散らばり、照明器具は地に落ちている。
部屋の角には防壁を張ったメリアがおり、その後ろに一ヶ所に固まって、体をガクガクと震わせている子供達の姿があった。
メリアも、突然飛び出してきた俺に驚いた表情を見せている。
一方のナヴィはというと、右手に影の槍を持ったまま、片膝をついた。
服装もボロボロで、かなり激戦だった事を物語っていた。
負けているからボロボロになった。というわけではなく、むしろ守っているが故にボロボロになった。という方が正しいだろう。
……ちなみに、服が破れて下着がチラチラと見えているのだが、そんなことを気にしている場合ではないので何も言わない。
気にしていないったら気にしていない。
そんな、ナヴィをボロボロにした相手は、今も俺達の前に立ち塞がっていた。
ソイツは、とても巨大な存在だった。
腕も、足も、体も……その全てが巨大。
頭とおぼしき部分に開いた穴から、目のような光がギョロリと睨む。
俺は、その敵がなんなのかを悟り、苦虫を噛むような顔になる。
ソイツは、男が連れていたモンスター達とは比べ物にならない程の強敵であり……
今、最も出会いたくないモンスターでもあった。




