63 レーゼ
「……あの、ケイン」
「……なんだ?」
「どうなってるんですの……?あれ……」
「俺にも分からない……」
俺とウィルの呟きが、やけに鮮明に通路に響く。
それもその筈、先程まで一方的に攻撃されていた男は、その原型が辛うじて分かる程までボコボコにされたあげく、最後に食らったアッパーにより天井にめり込んでいる。
見た感じかなり深くめり込んでいる為、落ちてくるのにかなり時間がかかりそうである。
だが、そんな男はどうでもいい。
一番の問題はレイラの方である。
人が変わったように豹変し、息をするのも辛くなる殺気を放ち、見たこともない光を纏ったかと思えば、一切の躊躇もなく男を殴り飛ばした。
そんな彼女は、未だその場で浮遊していた。
ふと、こちらを向くレイラ。
その瞳は鋭く、思わずウィルが肩を震わせる。
そんなウィルを気にも止めず、ゆっくりとこちらに近寄ってくる。
そして、俺とウィルの前に立つと、彼女の方から口を開いた。
「そんな警戒しなくてもいいぞ。ケイン」
「レイラ……じゃないな。お前は一体誰なんだ?」
俺はそう質問した。
目の前の女子は、レイラであってレイラではない。
この女子は、レイラの姿をした誰かであると、俺は確信していた。
その答えは、彼女の口から語られた。
「私の名か?そんなものは無い。だが、私が何者かは知っている。レイラの別人格、と言えば分かりやすいかな?」
「なっ!?」
ウィルが驚きを露にする。
だが、そんなことは気にせずにレイラの別人格を名乗る女子は話を続ける。
「私が自我を持ったがいつの事だかは分からない。でも、なぜ私が産まれたのかは分かる」
「……もしかして「怒り」、か?」
「そうだ」
自分の家族が大切にしていた証を、己の私利私欲のために使われた事に対する「怒り」。
自分だけじゃない、仲間に対しても悪口を言われ続けた事に対する「怒り」。
地下牢で初めて見たときも、この場で再び現れたときも、レイラが抱いていた感情は怒りだった。
それならば、彼女が産まれた理由は、何かに対する「怒り」が原因だろう。
「私は、レイラが激しい怒りを感じたとき、初めて面に出ることができる。それを自覚したのは、ケイン、お前と出会ってからだ」
「……俺と?」
「あぁ、お前と出会う前から、レイラとは夢の中で会うことはできた。まぁ、私から一方的に、だが。
地下牢に放り込まれたときも、レイラが壊れていくのをなんとか抑えていた。それでも、日に日に生きる渇望が無くなっていくのが分かった。自分の事だからな」
「……そこで、俺と会うわけか」
「そうだ。お前と出会った事で、お前から話を聞いた事で、レイラは悲しみ……そして怒った。一族の誇りを悪用された事に……なにより、何も出来なかった自分に」
「……」
「だが、その怒りが私を目覚めさせた。ただし、初めての事だ。レイラと上手く入れ替われなかった為、少しだけ出る形で収まったがな」
「入れ替わった……ですの……?それじゃあ……」
「あぁ。今、レイラは眠っている。怒りによって目覚めた私と、入れ替わる形でな。
安心しろ。じきに私とレイラは入れ替り、お前達のよく知るレイラに戻る」
そこで、彼女の話は終わった。
いつも明るく振る舞っているレイラが、激しい怒りを感じたときに呼び出される人格。
あの時感じた違和感は、彼女のものだった。
「……もうひとつ聞きたい。さっきの攻撃。あれはどうやったんだ?」
「簡単な事さ。念力の応用だよ」
そう言って、彼女は再び青白い光を右手に纏わせる。
「レイラがゴーストになり、何度もこの力を使う中で、私はこの能力の詳細を知ることができた」
「詳細……ですの?」
「この能力は、例えるならば「見えない手で物を持つ」能力だ。見えない手は、自分の意思で動かせられるし、物に触れることもできる」
「……っ、まさか?」
「気づいたか?」
「……お前の例えで言うなら、見えない手を意思で扱うのが「念力」。それなら、お前のそれは、見えない手を自分の体で扱うもの……違うか?」
「正解。そう、この光は念力そのもの。見えざる手を、自分の手に憑依させたものだ。私の意思で触ることはできても、他者の意識では触ることができない」
そう言って、彼女はおもむろに俺の手に触れる。
そこには確かに、手に触れられた、という感触を感じられた。
俺が確認の為に、反対の手で触り返そうとすると、彼女の腕はすり抜けた。
彼女の言葉通り、彼女が一方的に触れるもののようだ。
「……でも、それならもう一人の貴方……レイラも、その事に気づけば、同じような事ができるのでは無いですの?」
「いや、無理だ。レイラは昔から格闘戦に乏しかったからな。それに、これはすこぶる燃費が悪いうえに、精神にかなり干渉してくる。一度発動すれば、暫くは安静にしなければならない。そんな事を、レイラにやらせるわけにはいかない」
「……だから、怒りでしか出てこれないお前が使い、レイラに負担を与えないようにしたい……そういうことか?」
「その通りだ。私の精神は、普段から眠っているようなものだから、この力を使うには丁度良い」
その瞳には、もう一人の自分を思う気持ちが映っているように感じた。
怒りで産まれた人格にしては、妙な程に優しい人格である。
思わず顔が綻んだ。
「……む?なぜ笑っている」
「……いや、なんでもない」
「……まぁ良い。私はそろそろ眠る」
「貴方から、レイラに変わる……ということですのね?」
「その通りだ。私が出ていられるのは、持ってもあと一分程度が限界だろう」
そう言って、彼女はレイラに戻ろうとする。
だが、その前に言わねばならないことがある。
助けてもらったのに、未だに言っていなかった言葉。
俺はそれを、彼女の名と共に口にした。
「ありがとな、レーゼ」
「……レーゼ?」
「あぁ、いつまでもお前って呼ぶのも悪いしな。即興で思い付いた名前だが……どうだ?」
「レーゼ……レーゼ……ふふっ、悪くない」
「気に入ってくれてなによりだ」
「あぁ、大切にさせてもらうよ。……さて、そろそろ私は眠る」
レーゼが、段々とその意識を眠らせていく。
「ケイン、普段のレイラはまだまだ子供だ。お前がいるからこそ、レイラは安心できる。
レイラを……私をよろしくな。ケイン……」
レーゼは最後に笑みを浮かべると、瞳を閉じ、その意識を落とした。
そして、再び目が開かれたときには、レーゼは眠りにつき、いつものレイラに戻っていた。
「う、うーん……あれ……えーっと……」
「……目が覚めたか?レイラ」
「え?あぁ、うん。……あれー?なんで眠ってたんだっけ……?」
レイラは入れ替わっていた時の記憶が無いようだった。
それなら、無理に言う必要は無いだろう。
俺とウィルは、そう思ったのだった。
「っと、そんなことをしてる場合じゃない。イブを助け出さないと!」
「ええ、早くした方が良いですわね。レイラ、お願いしますわ」
「オッケー、こっちだよ!」
レイラが先行し、男が出てきた部屋の前まで進む。
レイラと俺が確認し、罠などが無いことを確認した後、部屋に入り込んだ。
部屋には少しの家具があり、奥に開けっ放しの部屋があるだけの殺風景な部屋。
その開けっ放しの部屋にあるベット。
そこに、イブはいた。
新キャラ(?)レーゼさん登場です。
彼女が使用した能力について補足しておくと、五分ほど使うだけでも、代償として短くても三日は精神が眠ってしまう程の負担がかかります。
それに伴い、使用時間が伸びれば伸びるほど精神が眠っている時間も長くなります。




