62 蹂躙せし無害
「……!?」
突然の罵倒に、レイラが硬直する。
確かにレイラはゴースト―世間で言うところの、ほぼ無害なモンスター、というやつだ。
だが、レイラ自身の特殊な生前のお陰で、ゴーストになった今もケイン達と意志疎通ができており、かつ他のゴーストを寄せ付けない程の能力を得ていた。
それが、ゴーストとなったレイラの小さな自慢であり、誇りであり、喜びであった。
そんなレイラの思いを、男は一言で踏みにじった。
―お前も、そこら辺のゴーストと一緒だ。と……
男は、さらに叫ぶ。
「あークソッ!なんでそんなゴミモンスターが俺のモンスター達を倒せるんだよ!おかしいだろ!」
男は怒りに任せて罵倒する。
「大体なんで俺の罠を見つけられた!?そこの足手まといで役立たずの女の為か!?アァ!?」
その矛先はだんだんと誰に向かっているのか分からなくなっていく。
言葉も意味を成しているのか分からなくなる。
だが、その言葉一つ一つが俺達―主に、レイラに突き刺さっていく。
「あーホント、なんでこの俺が、テメェみたいな……テメェみたいなゴミと役立たずを連れたヤツに膝をつかなきゃなんねぇんだよ!」
それは、男が無意識に言った言葉だった。
特に何も考えていない、ただ俺を罵倒する為だけに放った言葉。
だがそれは、彼女を目覚めさせてしまった。
その事に気づかぬ男は、さらに罵倒を続ける。
「ゴーストなんてなーんにもできねぇゴミの癖に、俺のモンスター達を倒しやがって……!」
「貴方、レイラの事を悪く言うのはやめなさい!さもなければ……!」
ウィルが我慢ならないと言う感じで水を発動させて脅しにかかる。
だが、男はお構いなしに叫び続ける。
「うるせぇ!役立たずの分際でゴミの肩を持つんじゃねぇ!」
「キ、キサマァ!」
ウィルがあまりの怒りに、いつもの口調ではなくなる。
俺の方も、そろそろ限界だった。
ウィルが構え、俺も剣を構えようとしたその刹那
「……言いたいことは、それだけか?」
「「「……!?」」」
俺達に、圧倒的な殺気が襲いかかってきた。
その殺気は、その場にいた者達全てを硬直させ、話すことすら困難にさせた。
俺は、その殺気を放つ存在―レイラの方を見やる。
そして気づいた。
「レ、レイラ……?」
そこには、鋭い目で男を睨むレイラの姿があった。
だが、俺が見たレイラの変化。それは、前にも見たことがあるものだった。
―……四つ目。お前がここに連れてこられた状況、理由。全部詳しく教えろ。―
始めてレイラと出会った檻の中で一瞬だけ見えた、レイラではないような存在。
それが今、鮮明に現れている気がした。
「言いたいことはそれだけかと聞いている。答えろゴミクズ」
その口調は、いつもの明るく振る舞っているレイラのものではない。
完全に別の何かから発された言葉だった。
一方の男は、この状況の中でも怒りが収まっていなかった。
自分がずっと口にしていた悪口を返されたということもあったが、何よりも自分が雑魚ごときに怖じ気づいている、という事が一番の原因のようだった。
男が、放たれる殺気の中、声を振り絞るかのように叫ぶ。
「お前ッ、みたいなッ、ヤツがッ、俺にッ、指図ッ、すんじゃねぇ!」
「……そうか」
たった一言、その言葉を発した瞬間、少女が真っ直ぐ男に飛んでいく。
それに対し、男は驚きはしたものの、内心では嘲笑っていた。
たかがゴースト。触れられもせず、ただ悪戯をするだけの弱小が何をしても無駄だ―と。
だが、そんな男の考えは否定された。
男に接近する少女の右手に、青白い光が集まりだす。
それは、その場にいた誰もが知らない光景だった。
そして、男に接近した少女は、右腕を大きく振りかぶった。これから、男を殴ると言わんばかりに大きく。
それを見た男が何をしているのだと呆れたと同時、少女の拳が男の顔面に振るわれる。
男は当然、拳はすり抜けると思った。しかし……
少女の拳は、男をすり抜けることなく直撃し、男を鈍い音と共に地面に叩きつけた。
男が「ガハッ!?」と声をあげ、同時に口から血を吐いた。
食らうはずのない攻撃により、痛み、苦しみが男を襲う。
だが、それで少女が止まるはずかなかった。
瞬時に青白い光を両手両足に纏わせた少女は、男への追撃を開始する。
顎、肩、みぞおち、関節……ありとあらゆる部位に、少女の拳が、蹴りが炸裂する。
その全てが深く、重く入っていく。
男も、体を蝕む激痛を堪え、なんとか拳を一発入れようと突き出す。
だが、相手はゴースト。放たれた拳は、ただ虚しく空を切り、逆にカウンターを決められる。
放たれた拳が、蹴りが、男に何度も何度も入り込み、地に叩きつけられたままだった体が、ついには宙で静止した。
少女の攻撃が、尚も男を弄ぶ。
男の顔は見るも無惨に曲がり腫れ、曲がってはいけない方向に四肢は折れ、服や床、壁は男の血が物凄い速度で染めていく。
今、普通ではあり得ない光景を、その場にいた者達は息をするのも忘れるほどに見ていた。
無害と言われるゴーストによる、一方的なまでの蹂躙劇を。




