58 少女達を救え
屋敷に侵入した俺達は、内装を見て驚いた。
殆ど劣化していなかったのだ。
床や壁に血だまりや食事の後がある点を除けば、綺麗そのものだった。
だが、ぶら下げられたシャンデリアや、あちこちに付けられた照明に明かりが灯っておらず、外からの光のみで薄暗い。
この暗さに慣れるまでは、視界はあまり役にたたないだろう。
「よし、じゃあ手筈通りに。そっちは頼んだぞ」
「任せて」
「そっちも、頼んだわよ」
「あぁ」
メリア、ナヴィと別れ、その場に俺とレイラ、ウィルが残された。
「さて、こちらも行くぞ。レイラ、案内を頼む」
「オーケー、こっちだよ」
そういって、俺達は奥の方へと駆けていった。
***
「……静かすぎ」
「ですね……」
メリアとナヴィは、メリアの五感を最大限に使い、警戒しながら進んでいた。
……だというのに、進めど進めど反応がない。
子供達の泣き声は聞こえるが、他の音が聞こえてこない。反応もない。
……見張りはいないのだろうか?
などと考えながら、二人は三階へと到着した。
やはり、見張りが見当たらない。
どういうことだと疑問に思いながらも、声がする方へ進んでいく。勿論、細心の注意を払いながら。
やがて、一際目立つ扉の前でメリア達は止まった。
「……ここ」
「ついたのね。準備は良い?」
「だいじょーぶ」
「それじゃ、開けるわよ」
ナヴィが先行してその扉を開ける。
扉の先は、大きな書斎のような場所だった。
そのど真ん中に、一際目立つ黒い檻があり、中にレイラの情報通り、幼い少女が数人うずくまっていた。
少女の一人が、扉が開く音に反応し、ビクッと跳ねる。
だが、入ってきたのがこれまでとは違うと知ると、目を大きく見開いた。
助けが来てくれた。助かるんだ!
それは、少女の後に気付いた少女達も同じような気持ちだった。
メリア達は少女達を確認すると、ゆっくり檻へと近づいていく。
そこで、一人の少女が声をあげた。
少女達には、助けを乞うより先に、知らせなければいけないことがあったから。
「ダメ!近づいちゃ!」
「「!?」」
突然の叫びに、二人の足が止まる。
「それいじょう近づいたら、かいぶつがでてきちゃう!」
「怪物……?」
「もしかして、モンスターのことかしら」
「かいぶつ、すごい数いるの!だから、きちゃダメ!」
少女が必死に叫ぶ様子を見て、二人は少し考え込んだ。
少女の言葉が本当なら、この部屋にはトラップのようなものが仕掛けられており、作動すれば数多くのモンスターが沸いてくる、という感じなのだろう。
恐らく、脱走対策のトラップで、前に起動したところを見たのだろう。
だが、ここで引くわけには行かない。
メリアとナヴィは、二人同時に足を踏み出した。
少女の「あっ!」という声と共に、魔方陣のようなものが姿を現す。
そして、その魔方陣からモンスターが何体も現れた。
メリアとナヴィはすぐに臨戦態勢をとった。
現れたのは、ゴブリンだった。
確かに、少女達では歯が立たないし、この程度でも良いのだろう。
だが、侵入者対策としてはあまりにも弱すぎる。
少しして、全て召喚し終えたのか、魔方陣が消えていく。
顕現したのはゴブリン30体。
その中には、3体ほどハイゴブリンらしき個体もいた。
一部の少女達は、ゴブリンを見て顔を青ざめた。
前に起動した時、何があったのか知っている故にだろう。
だが、そんな顔はすぐに収まった。
ゴブリン達が一斉に襲いかかってくる。
だが、その全ての個体が空中で壁にぶつかるように静止し、弾かれた。
メリアの防壁だ。
態勢が乱れた所にすかさずナヴィが近づき、ゴブリンを引き裂く。
今回、ナヴィは遠距離ではなく、近距離戦をすることにしていた。
デュートライゼルで、ナヴィが店主から受け継いだスキル「影の槍」。
旅の合間に、ケインに付き合ってもらいながら少しずつ使いならしていた成果を、ここで一度試してみようと思ったからだ。
一方のメリアはというと、防御に専念していた。
メドゥーサということもあり、運動神経は常人の何倍も高いものの、戦闘に関してはからっきしなメリアは、ひたすら防壁で足止めをしていた。
馬鹿の一つ覚えも良いところに、ただただ突っ込んできては弾かれるゴブリン達。
そうして時間を稼いでいるうちに、後ろの方の気配が無くなった。
そして、またしても突っ込んでこようとするゴブリンの腹部を、飛んできたナヴィの槍が貫き、そのまま引き裂く。
そんな二人の無双を見ていた少女達は、目を輝かせる者、唖然とする者、ぺたりと座り込む者と、さまざまな様子を見せていた。
そして、戦闘が始まって僅か7分、30体いたゴブリンはすでに残り1体になっていた。
メリアとナヴィは、警戒していた。
いくら弱くても、いくら残り1体にまで減らしたと言えど、残った1体はゴブリンの上位種であるハイゴブリンよりも上、Dランクモンスターであるゴブリンリーダーだ。
ゴブリンと言えど、彼には少なからず知性がある。
それは、ただ命令を聞き、命令のままに動くゴブリンよりも厄介な存在である。
先に、ナヴィが仕掛けた。
狙いは一点、ゴブリンリーダーの腹部だ。
ナヴィが一気に加速し、ゴブリンリーダーへ突撃する。
ゴブリンリーダーは手持ちの盾で防ごうとするが、槍の刃は盾を貫き、狙い通り、ゴブリンリーダーの腹部へ深く突き刺さる。
ゴブリンリーダーが、苦痛の声をあげる。
だが、ただではやられまいと、影の槍の柄を掴み、引き裂こうとしていたナヴィの動きを止める。
ナヴィも、その行動に少し驚いた表情を見せた。
だが、それで攻撃が止められた訳ではない。
ナヴィはすぐに影の槍を解除し、少し後退する。
力一杯柄を握っていたゴブリンリーダーは、急に得物が無くなったことでバランスを崩し、前屈みに倒れかける。
その隙を見逃さず、ナヴィは再びその手に影の槍を作り出し、横凪ぎに振るう。
体制を崩したゴブリンリーダーは、止めることすら叶わず、その首を宙に浮かばせた。
それを見た少女達の歓喜の声が上がるのは、少し後の事だった。




