56 誘拐事件 その2
「……」
「あはは……ごめんってば」
「……」
「いやまぁ……やり過ぎたわ。ごめんなさい」
「……」
ナヴィとレイラが謝罪の言葉を投げ掛けても、膨れっ面をしたまま二人を睨み続けるメリア。
先程、試着室で着せ替え人形と化してしまったメリアは、羞恥心と怒りで顔を赤くしている。
その事に、二人は反省しているような言葉を投げ掛けている。
三人が店を出てから、ずっとこの調子だった。
そのうち、メリアが諦めたように小さく息を吐く。
「はぁ……もう、いい、よ……わかっ、た、から……」
「うん……ほんっとーにご『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??』めっ!?」
突然、レイラが言葉を遮るように、幾人もの悲鳴が聞こえた。
その悲鳴は、メリア達のよく知る方角―ブライビアの屋敷の方角から聞こえてきた。
そして、メリアが何かを察知したのか、すぐさま駆け出していく。
ナヴィとレイラも、少し遅れながらもメリアを追いかけていく。
メリアがその場についたとき、そこにはあり得ない光景が広がっていた。
「グルゥヴァァァァァ!!!」
「くっ、このっ!」
「バァルゥヴァァァ!!!」
「ぐはっ!?」
メリアが目にしたもの。それは、住民や騎士を襲うモンスターの姿だった。
住民はその場から逃げる者や、怪我をして動けなくなったりする者が居た。
騎士達は住民を守るため、モンスターに立ち向かっている。
ブライビアも、自分の屋敷の前で起きた事ゆえに、住民の避難の手伝いをしに出てきている。
そして、突然現れたモンスターは、メリアには見覚えがあった。
ガビューウルフ。ビード達を救う際に倒した相手だ。
だが、問題はそこではない。
どうして、町中に突然モンスターが現れたのか?
追い付いたナヴィ達も、同じような事を思った。
だが、そんな事を考えている場合ではない。
メリアとレイラは怪我人の手当てへ、ナヴィは殲滅へとそれぞれ動きだした。
「レイ、ラ……!」
「まっかせて!」
レイラが念力を使い、怪我人をすぐさま戦線離脱させ、メリアが回復を使っていく。
その場に居た騎士達は、いきなり現れた三人にギョッとするものの、メリア達の行為を見て、すぐさまその意図を理解する。
大怪我は私達が直すから、貴方達は殲滅に集中して、と。
その意図を理解した騎士達は、大怪我を恐れずにガビューウルフ達に突撃する。
レイラはそんな騎士達の合間を縫うように、怪我で動けない市民を念力でメリアの元へと運ぶ。
そして、メリアは彼らに次々と回復を掛けていく。
市民達は、メリア達に感謝を述べ、その場から逃げていく。
一方のナヴィは、ガビューウルフを空中から攻撃していた。
いくら魔力系スキルが強いナヴィと言えど、地上では騎士達が常に動いているため、急に飛び出されて被弾してしまう可能性がある。
ならばと、騎士やガビューウルフ、メリア達と、全体の動きが見易い空中から攻撃することにしたのだ。
メリア達の介入によって、一気に押していく騎士達。
あと少しで殲滅、といった矢先に、それは起こった。
「たすけてぇ!」
「きゃぁぁぁ!」
騎士達が居た場所とは別の場所から、子供の叫び声が聞こえた。
メリア達がその方角を見ると、ガビューウルフが子供達を咥えているのが見えた。
はたから見れば、ガビューウルフが子供を捕食しようとしているように見える。
だが、彼らは咥えたまま、森の方へと連れ去っていった。
メリア達はその行動に理解が追い付かなかった。
モンスターが、子供を拐っていく。
しかも、好戦的であるガビューウルフが。
どう考えても異様な行為だった。
だが、さらに異様な事が起きる。
今度は反対側、ブライビアの屋敷の方から「バリィィィン!」とガラスの割れる音が響く。
「っ、イブ!?」
ブライビアが、屋敷の方を見て叫ぶ。
なんと、いつの間にか潜り込んでいたガビューウルフが数体、ブライビアの屋敷の一部屋に突撃し、そこから一人の少女を咥えて出てきたのだ。
メリア達はブライビアの叫びで、あれがケインの言っていた魔族の少女、イブだと認識した。
イブは先の子供達と違い、ガビューウルフに咥えられたまま、ぐったりと動かない。
ガビューウルフはそのまま、先程の個体と同様森の方へと向かっていった。
ブライビアと騎士達数人が追いかけようとするも、残っていた個体が行く手を阻む。
明らかにおかしい。
まるで、最初からそれが目的だったような行動。
それに、常に二匹で攻撃していること、相手の油断を突くように子供を拐っていったこと、初めから分かっていたかのように迷わずイブの部屋に突撃したこと。
そして、追いかけさせまいと残った者で行く手を阻んでいること。
あまりにも正確で、統率が取れ過ぎている行動に、メリア達は驚きを隠せなかった。
そうこうしているうちに、ガビューウルフはどんどん離れていく。
「イブ!くっ、邪魔をするなっ!」
ブライビアの叫びで、メリア達はハッとすると、すぐさま追いかける姿勢を取った。
ブライビア達は、残りのガビューウルフの相手をしていて動けない。
そもそも、彼らの足では満足に追いかけられない故の判断だった。
レイラが素早くガビューウルフを追いかけ、メリアとナヴィはブライビアの元へ駆け寄る。
「子供達は私達が追うわ。貴方達は、コイツらの相手を頼むわ」
「待ってくれ!イブは私が取り戻……くっ!」
「今の貴方達は満足に動けないでしょう?だったら、私達に任せておきなさい!」
「っ!……分かった。頼む!」
「頼まれたわ。メリア、気配は?」
「だいじょ、ぶ。まだ、おえて、る」
「OK、飛ぶわよ!」
ナヴィはメリアを抱えると、素早く森の方へと飛んでいく。
メリア達が飛んでいく様子を見て、驚愕した騎士達だが、すぐさま持ち直して残ったガビューウルフを相手取る。
そんな中、ブライビアだけが浮かばない顔をしていた。
どうしてイブが狙われたのか。
どうして、あのモンスター達はイブの部屋を知っていたのか。
頭の中で、その考えがグルグルと廻っていた。




