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53 魔族の少女

 魔族。

 彼らは亜人の中で、最も人間らしい種である。

 しいて違いを上げるのであれば、個々によって異なるが、角や翼があることだろう。


 だが人間とは違い、内に秘めた魔力量がとてつもないものになっている。

 その魔力量は、成人した魔族であれば、俺達の中では最も魔力のあるナヴィを遥かに凌ぐほどである。


 ただし、魔族は極めて子孫を残しづらいという問題がある。

 そもそも魔族自体あまりおらず、その数は少しずつ少なくなっている、という噂がたつほどだ。

 だが、それでも人間よりはるかに長命なので、そう易々とくたばるような種族ではない。と俺は考えている。


 そんな魔族、それも幼い少女がこちらの様子を伺っている。

 少しだけ見える小さな翼が、魔族だという証拠だ。

 俺が急に止まったのを不思議に思ったメリアが、俺の視線の先―少女の方を見ると、その少女はスッと扉を閉めてしまった。



「おや?どうしたんだい?」

「いや、あの部屋から女の子がこちらの様子を伺っていたので」

「あの部屋?…あぁ、イブか」

「…イブ?」

「ここで話すのもなんだから、先に部屋に案内しよう。話はその後だ」



 ブライビアは、少し難しい顔をしながらも、俺達の泊まる部屋に連れてきてくれた。

 俺達に宛がわれた部屋は二つ。

 部屋割りは俺とメリアとコダマ、もう片方にナヴィとウィルが泊まることになった。

 レイラはゴーストなので、部屋割りする人数には数えなかった。だって通り抜けられるし。


 部屋を割り振った後、俺の泊まる部屋に俺達とサグリヴァ、ブライビアが集まった。

 ビード達は別の用件があると言い、ここには来なかった。



「さて、ケイン君が聞きたいのはイブの事だね?」

「…それがあの子の名前なら、そうですね」

「うーん…そもそも私達はその子を見てないんだけど、ほんとに魔族なの?」

「あぁ。イブは確かに魔族だ」



 そうして、ブライビアは淡々と語り始める。



 *



 元々、イブには本当の両親が居た。

 両親は共に魔族であり、同時にブライビアの親友でもあった。

 そのため、今よりも幼かったイブは、よく会っていたブライビアにも大層なついていた。


 そんな平和な日々は、突然終わりを告げた。


 それは、ブライビアの家から帰宅する最中の出来事だった。

 その日も、普段の帰り道を、イブは両親と手を繋ぎながら歩いていた。

 なんの変哲もない、親子の会話をしながら、普通に帰路を辿っていた。


 ザシュッ


 そんな音と共に、イブを掴んでいた手から力が抜けた。

 イブが何事かと父親の方を見る。


 そこには、()()()()()()()()()()父親の姿があった。


 イブには幼いがゆえ、何が起きたのか理解できなかった。

 その剣は、容赦なく下へと父親の体を引き裂く。

 血がイブに飛び掛かり、イブの半身を血で染める。


 だが、それでは終わらなかった。


 イブは気づいていなかったが、母親も父親と同じく心臓を貫かれていた。

 そして、同じく下へと降り下げられる。

 イブのもう半身に、母親の血がべたりと貼り付く。


 イブは叫ぶ事も、逃げることもできず、ただその場にペタンと座り込んだ。

 隣には、先程まで楽しく話をしていた両親が、切り裂かれた姿で横たわっている。


 これを見たイブが、どうなったかは想像がつくだろう。


 ブライビアが騒ぎに駆けつけたときには、すでにイブの心は壊れていた。

 ただただその場に座り込み、虚ろな目をしていた。


 それから暫くして、イブの両親を殺した犯人は捕まった。

 犯人は、別の大陸で解雇を言いつけられ、追いやられるように露払いされた二人の騎士だった。

 彼らはイブの両親以外にも未遂事件を起こしていたこともあり、ほどなくして処刑された。


 それでも、イブの心は閉ざされたまま。


 ブライビアは自分の家へと迎え入れ…



 *



「私の親友だった二人のために、私はあの手この手で心を開かせようと努力した。あの子には元気になって欲しかった。だが、あの子の心はずっと閉じたままなんだ」

「……」

「最近ようやく外にも連れ出せるようにはなったんだが、何を見るにも無関心。何を言われても無関心。ただただ虚ろな目を向けるだけ…」

「……」



 想像の、数倍重たい話だった。

 その場にいた全員が黙り混むほどに。

 あの少女、イブは今よりも幼い時に両親の死を、それも目の前で見てしまった。

 それは、どんな諸行よりも残酷で、心を塗り潰すには過剰なほどの衝撃だ。

 あの少女は、そんな闇を抱えているのか…



「でも、何も成果がなかったわけじゃないんだ。あの子が好きだった物語。それだけは、ほんの少しだけ反応してくれたんだ」

「物語?」

「〝クリスティア伝記〟名前くらいは聞いたことがあると思うのだが」



 クリスティア伝記


 それは家族を失い、心を閉ざした一人の少女が一人の男子と出会ったことで、少しずつ心を開いていく…という物語だ。


 クリスティア伝記は俺も読んだ…というよりは、親が読み聞かせていたのを聞いたことがあるので知っている。

 あまり、昔の記憶は思い出したくないのだが。



「どうしてこの物語に反応したのか…恐らく、イブはこの物語の主人公である少女に、自分を投影したんだろう。自分と同じ、家族を失っているのだから…」

「…」

「…重い話をしてしまったね。申し訳ない」

「…!いいや、無理に話させてしまったのはこちらです。謝らないでください」



 俺達の顔が、少し険しくなっているのに気がついたブライビアが、話を切り上げた。

 俺達はハッとしたように気持ちを切り替えると、ブライビアに頭を下げていく。


 だが、俺はイブの事が未だに気になっていた。

 俺の仲間達も、みな家族に関する事情がある。

 だが、それはイブのような物心つく前ような時の話ではない。


 だからこそ、俺は心配だった。

 閉ざした状態が長く続けば続くほど、心は永遠に戻らなくなると、知っていたから…

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