52 デッドライン
「おぉぉ……ここが……」
「デッド、ライン……」
「というか、黒すぎません?」
デッドラインに下り立った俺達の目に写るのは、黒一色と言っても過言で無いほどの町だった。
街灯の明りや看板、通路、服装などを除いた殆どの物が黒に染め上げられており、まるで別の世界に来たかのような錯覚を覚える。
「そういえば、この町亜人は結構いるけど人は少ないね」
「そりゃあ、この大陸は亜人による開拓地が殆どだからな」
「人間もいるけど、その殆どは私達みたいに依頼で来る人ね」
「ふーん……じゃあ私たちみたいなのは珍しいわけね?」
「そうね。特に何も決めずに来るなんてあまり無いわね」
ビードとセーラにこの大陸についてもう少し詳しく教えてもらった。
ちなみにギルはデッドラインしか知らなかった。
この大陸は、自然豊かで主に作物が盛んである。
鉱山や洞穴も一定数あり、鍛冶や加工なども盛んに行われているようだ。
また、この大陸の都市や村はその殆どが亜人達が開拓したものである。
種差別などは無いが、場所によっては人にとっては過酷な環境にある都市もあるため、駐在する人間は少ないようだ。
「それで?ビード達の目的地はどこにあるんだ?」
「あぁ、それならもっと奥だ。行こう」
俺達はビード達の後をつけていく。
奥に進むにつれ、だんだん建物一つ一つが大きく広くなっていく。
ちなみに、道中メリアとナヴィが屋台を漁ろうとするのはわかっていたので、ケインが始めに上限を決めておいたのだか、着いた時点で少し上限を越えてしまい、ケインに軽く怒られたのはまた別のお話。
「ついたぞ」
「……でっか!?」
「これは……とてつもない広さですわね……」
「まさに豪邸ね……」
「……すご」
俺達が多種多様な反応をする中、レイラだけ「私の家だった城よりは小さいなー」と言っていた。
いやいや、城と比べられても困るだろ…
そうこうしているうちに、ビード達が門番に近づく。
「……む?お前達は?」
「俺達はテドラ冒険者ギルドのモーゼギルド長の命により、手紙を届けに来た。それと、これが依頼書だ」
「拝見しよう」
門番の人は、ビードから手紙と依頼書を受け取ると、怪しい箇所は無いか、変な術が施されていないかなどを調べていく。
暫くして、何もないことを確認すると、手紙と依頼書をビードに返した。
「拝見しました。どうぞこちらへ」
「あぁ。……それと、彼らも入れてもらえないだろうか」
「彼ら?」
門番は俺達の方を見る。
俺はビード達のやりとりを見ていたが、メリア達は屋敷の方を見ていた。
「ふむ……彼らとはどういう関係で?」
「俺達の護衛……みたいなものだ。」
ビード、適当な事を言うな。
「なるほど……一応、身体チェックをさせてもらうがいいか?」
「あ、はい」
ということで、俺達は身体チェックを受けた。
俺は門番に、メリア達は使用人にチェックしてもらい、特に危険は無いと判断された。
一応、俺が武器を持っているので、使用人が一人つくことになった。
「サグリヴァと申します。」
「ケインです。よろしくお願いします。」
軽く挨拶を済ませたところで、ようやく門をくぐり中に入る。
屋敷までの道には、広々とした庭園が広がっており、メリア達は興味津々に見ている。
俺は、その姿を見てほっこりした後、ふと屋敷の方を見ると、二階の方から俺達を覗き見ている人影を見つけた。
その人影は、なぜか少し冷たいような目線を飛ばしてきている。
少しすると、俺に見られているのに気づいたのか、奥の方へと引っ込んでしまった。
そこそこ遠くだったのでハッキリと言えないが、小さな子供だった気がする。
そんな子が、なぜそんな目線をしていたのか。
そして、なぜメリアは反応していないのか気になったが、考えても答えは浮かばなかったので、少しモヤッとしたものを抱えつつも屋敷の方へと歩きだした。
いつの間にか、視線の主は再びケイン達を見ていた事に、気づく者は居なかった。
*
「いやぁ~久しぶりだねギル君」
「久しぶりです。ブライビアさん」
「ビード君にセーラ君も。元気にしてたかい?」
「あぁ」
「はい」
俺達は屋敷に入った後、この無駄に広い応接間に案内された。
そこには応接間とは思えないほど大きなテーブルと椅子が並べられており、思わず「えっ、案内する場所間違えてない?」と口にしてしまったほどだ。
レイラが。
「それで、君達が同行してきた者達だね」
「はじめまして、ケインです」
「……メリ、ア」
「ナヴィよ」
「レイラでーす!」
「ウィルですわ」
「くぅ!」
「あ、この子はコダマです」
「はじめまして。私はブライビア。このデッドラインの貿易を担当している」
各々挨拶がすんだところで、ブライビアがビードから手紙を受け取る。
中に入っていたのは色の違う二枚の紙。
その一つ一つをじっくり読んだ後、少し微笑んだ。
「ふっ、モーゼめ。なかなか粋なことをする」
「えーと?」
「ビード君。依頼書を出してくれるかい?」
「はい」
ビードから依頼書を受け取ると、依頼完了のサインを書いていく。
物の配達や護衛依頼などでは、依頼書に依頼完了のサインをしてもらう必要があるためだ。
「よし、これで良いだろう」
「ありがとうございます」
「これでCランクになるための試験が受けられるようになるというわけだ。頑張りたまえ」
「ありがとうございま……って、なんで知っているんですか!?」
「そりゃあ、この手紙に書いてあったからね。この依頼を達成したら試験を受けられるようになる、ってね」
「親父……」
どうやら、手紙の片方はモーゼによる息子自慢だったようだ。
それで依頼にするのもどうかと思ったが、もう片方はちゃんと貿易に関する事のようだった。
「それと、ケイン君」
「はい?」
「君達は、どうやら暫くこちらに滞在するそうだね」
「はい。そのつもりです」
「手紙には、もし良かったら滞在している間の面倒を見てくれないか、と書かれているんだ」
「……はい?」
「こちらとしても、モーゼが気に入った君達の事を知りたい。私はこの申し出は受けても良いと思っているが……どうする?」
俺達は少し悩んだ末に、お世話になることにした。
せっかく泊めてもらえるのならそうさせてもらおう、という事になった。
「よし、なら部屋に案内しよう。ビード君達も、今日は泊まっていきなさい」
「お世話になります」
「サグリヴァ。必要ないかも知れないが、彼らの世話役を頼む」
「了解しました」
俺達はブライビアとサグリヴァの案内で、客人用の部屋へと向かっていた。
その道中、T字路をまっすぐ抜けようとした時、俺は再びそれと目があった。
扉を少し開け、こちらの様子を伺うように俺達を見ていたのは、幼い少女だった。
だが、普通の少女ではない。
あれは、魔族だ。




