50 新しい約束
コンサートが終わった直後、俺は舞台裏にいた。
暫くして、誰もいなくなった頃合いに彼女達がでてきた。
ウィルとビシャヌだ。
俺は結果発表でウィルが最下位だと知った直後、無意識に体が動き、ここに来ていた。
そして、ウィルの叫びを聞いていた。
二人は俺に気づいていない。
「私の歌に、価値なんてないんですの……?」
ウィルは、そう口にした。
それは、自分を否定する言葉だ。
これまでの自分を、これまでの努力を裏切る言葉だ。
だから、
「そんなことはない!」
俺はそう言葉にした。
*
「あ、貴方は……昼間の……」
「すまない。覗くつもりは無かったんだが……」
「そう……どうせ貴方も笑いに来たんですのね?生まれた時から、ずっと比較され続けていた私を!」
「俺は、お前の歌が好きだ」
俺は、素直に思いを伝えた。その方がちゃんと伝わると思ったから。
「……え?」
「俺は歌にはあまり縁がない。だけど、お前の歌に惹かれた。それは、紛れもない事実だ」
「……そっ、そんなこと、言うだけならどうとでも」
「そうだな。言うだけならどうとでもなる。でも、俺はこの気持ちに嘘はつきたくない。お前だって、そうなんじゃないのか?」
「……」
ウィルは、再び下を向く。
自分の先の言葉を、吐き出したくなかった言葉を、呟いてしまったことを後悔するように。
「改めて言う。俺はお前の歌が好きだ。綺麗で、ひたむきで、真っ直ぐで」
「……」
「その子に聞いたよ。お前が歌う理由」
「……!」
「詳しいことは分からない。だけど、誰かに自分の歌を聴いてほしかった。そして、認めてほしかった」
「……」
「でも、同時に怖かったんじゃないか?誰かに聴いてもらって、そして否定されることが」
ウィルは人魚としては異常な存在だ。それでも、自分を見てくれる人がいると信じて歌いつづけた。
だが、誰にも認めてもらえず、誰にも誉めてもらえず……
いつしかウィルは、自信を無くしていたと思う。自分の歌に。認められる事に。
「だったら、もう怯えなくていい。世界中がお前を否定しても、俺はお前を否定しない」
「うっ……うぅ……」
「ウィル」
「ビシャ、ヌ?」
「見つけたね。認めてくれる人」
「うん……うぇぇぇぇぇ……」
ウィルが泣きながらビシャヌに抱きつく。あれが、真の友なのだろうか。
「……ところで、いつまで出てこないつもりなんだ?」
俺は後ろを振り向き言い放つ。
茂みに隠れる形で、メリア達がそこにいた。
「……いやぁ……ケインが勝手に出てったから追いかけたら、すっごい熱弁してるんだもの。出るに出にくいわよ」
「ちょっと熱くなってたよね?途中から意味わかんないこと言ってるぽかったよ?」
ナヴィとレイラに言われたことは、実際そうなのでぐぅの音も出ない。
メリアはと言うと、真っ直ぐウィルの方へと向かっていた。
「……」
「……うぐっ……な、なんですの?」
「うた、よか、ったよ」
「……!」
たった一言。それだけ伝えると、メリアは俺達の元へと戻ってきた。
それでも、メリアの思いはちゃんとウィルに届いていた。
「……ほら、いつまでも泣いていないでさ」
「べっ、別に泣いてなんか……」
暫しの間、その場にウィルの泣き声が静かに響いていた。
*
「さて、そろそろ行くか」
「はーい!」
「分かったわ」
「ふぉっ、とふぁっ、へ……」
「メリア、落ち着いて?」
翌朝、俺達は船へと戻る道を進んでいた。
出航は昼過ぎだが、早めに行動するのは基本であるし、乗り遅れもなくなるからだ。
最初、ウィル達に挨拶しようと思ったのだが、二人が止まっていた宿から二人がすでに宿を出たことを知らされた。
それもあって、早めに戻ることにしたのだ。
暫くして俺達は乗船場についた。そこには、ウィルとビシャヌの二人がいた。
まるで、俺達を待っていたかのように。
「ん……やっと来ましたわね」
「その言葉だと、俺達が来るのを待っていた、ってことか?」
「はい。お待ちしておりました」
どうやら、本当に待っていたらしい。
「ちょうど良かった。俺達も挨拶しようと思ってたんだ。これから二人はどうするんだ?」
「えぇ、私は夕刻の船で故郷へ戻ることになります」
「そうか……じゃあここでお別れになる……ん?」
そこで俺は違和感を感じた。
なんでビシャヌは私と言ったんだ?故郷に戻るなら、私たちじゃないのか?
少しの間、静寂が流れる
「……」
「……」
「……ウィル、ほら」
「わ、分かってますわ!」
ビシャヌに押され、ウィルが俺の前に来る。
というか、なぜ顔が少し赤いんだ?
「え、えっと……昨日は、ありがと……」
「え?あ、あぁ」
「い、言っておきますが!貴方が慰めようとしなくたって、私は立ち直っていましたわ!」
「お、おう……」
なんか当たり強くない?
「……で、でも、嬉しかったですわ。だから……その……」
少し俯いたウィルの顔がどんどん赤くなる。
だが、意を決したように俺の方を向く。
「っ~えぇい!ケイン!私を、貴方達の旅に加えなさい!」
顔を真っ赤にしたウィルは、そんなことを言い出した。
予想外だった。
確かにウィルとはまたどこかで会いたいとは思っていたが、まさか向こうからこちらについてきたいと言い出すとは思わなかった。
俺は後ろにいたビシャヌを見る。
視線を察したのか、ビシャヌが語りだす。
「ケインさん。ウィルをお願いできませんか?」
「……その様子だと、納得しているんだな?」
「本当は、私もウィルと一緒に居たいのです。ですが、元々私は一度帰らねばならない事情がありまして…本来はウィルも共に帰る予定だったのです。
でも、ウィル自身が貴方についていくと決めたのです。ならば、笑顔で送り出してあげるのが、親友というものです。それに……」
「それに?」
「せっかくウィルに春が訪れたんですから、応援しなければいけないじゃないですか」
「ちょっ、ビシャヌ!?」
ウィルが顔をより真っ赤にして慌てふためく。
「ふふっ、いつも他人にツンツンしてるウィルがそんな顔をするんですよ?少なからず、その気持ちはあるんでしょ?」
「うっ」
「……改めてケインさん。ウィルをお願いできませんか?」
ビシャヌが頭を下げる。その姿にウィルがあたふたする。
どうしてそんなにあたふたするのだろうか…
でも、そんなことされなくても、答えはすでに出ている。
「なぁ」
「な、なんですの?」
「俺達の旅は何処へ行くかも、どんな危険があるかも分からない。それでもいいのか?」
「私が、自分の意思でついていくと決めたんですもの。その程度じゃ、曲げる気はないですわ」
「そうか……なら」
俺は、右手を差し出す。
「これからよろしくな。ウィル」
「っ!え、えぇ!」
俺の出した手を、ウィルがしっかりと握り返す。その姿を見て、ビシャヌはニッコリと笑っている。
「ケインさん。ウィルをお願いします」
「あぁ。任された」
「……おこがましいとは思うのですが、もう一つよろしいですか?」
「なんだ?」
「もしよろしければ、なんですが……私が故郷でのやるべきことを終え、再び再会することができたなら……私も一緒についていってもよろしいですか?」
「なぁ!?」
なぜか、ウィルが過剰に反応し、そのまま少し離れたところで話始めた。
こちらにはメリアがいるから離れても意味がない……と思ったが、なぜかナヴィしかいなかった。
なぜなのだろうか。
「ナヴィ。メリアとレイラは?」
「ちょっと、ね。それより、今回は相談無しに決めたわね?」
「……あっ」
「大丈夫。私たちも歓迎してるから。気にしないでいいわよ」
「はぁ……本気なんですのね?」
「えぇ」
ウィル達の方も、話がついたようだ。
「それで、なんだったんだ?」
「いや……」
「こちらの事情というものです。気にしないでください。……それで、返事の方はどうなのでしょうか?」
ビシャヌが少し不安げに伺う。
隣のナヴィをみやると、小さく頷いてくる。
「分かった、約束だ」
「ありがとうございます!」
「うぅ……」
ビシャヌが喜ぶなか、ウィルは少し顔を歪ませた。
なにか、ヤバイことでもあるのだろうか?
「さて、それじゃあ行こうか……って、そうだ!」
「?どうしたのよ」
「ウィルってあの船に乗れるのか?」
俺達が乗ってきた船は、普通の客船ではない。
なので、途中で新たに客を乗せることができるのか分からなかった。
そう考えていると、船の方から声がした。
メリアとレイラだ。
「たっだいま~聞いてきたよ~」
「ありがとう、お願いして悪かったわ」
「だい、じょう、ぶ」
「えーと……どういうことだ?」
「さっきのケインの疑問の答えよ。それで、どうだった?」
「えっとね、ちゃんとお金は払ってもらうし、他の人との相部屋になるけど、途中から乗るのは大丈夫だって」
「部屋は、私た、ちの部屋でも、いいっ、て」
「だってさ」
どうやら二人は、ウィルがついていくと言ってきた辺りからナヴィに頼まれて確認しに行っていたらしい。
そして、俺の心配は無くなったということだ。それに、支払う金額も手持ちが一気に減るような金額ではない。
……むしろ、まだあるのが謎なんだが……
「……もう行かれるのですね」
「あぁ」
「それでは、ウィルをお願いします」
「あぁ。それじゃあ、また」
「えぇ、また」
ビシャヌと別れを告げ、俺達は船へと向かった。ビシャヌはそのまま手を降り、俺達も返す。
また会うと約束した。いつになるかは、分からないけど。だから、その「いつか」に向けて、俺達も前へ行こう。
新しい仲間、ウィルと共に……
「……足りませんね」
「え?」
「これではまだ、追加でお乗りする分には足りません」
……
「「「「「えええええええええ!?」」」」」
これにて四章「欠落の歌姫」編完結。
次回より、五章に入ります。




