49 魅惑の歌とただの歌
「~♪」
ステージではウィルが人ではなく人魚の姿で歌っている。その姿から、俺は目を逸らすことができなかった。
それだけではない。
ウィルの歌そのものも、俺の心を掴んでいた。これまでの誰の歌よりも、俺は惹かれていた。
ナヴィもレイラも俺程ではないが、確実に惹かれていた。
……しかし、メリアはそうではなかった。
正確には、メリアも惹かれているのだ。
だが、それ以上に俺達以外がウィルに向けているものに反応しているのだ。
「……ねぇ、ケイン……」
「……どうした?」
「すごい嫌なものが混じってる。「期待外れ」とか、「物足りない」とか」
「なっ!?」
メリアが反応したのは、恐らくウィルではなく観客達だろう。
メリアはデュートライゼルでの一件以降、感覚が少しではあるがより敏感になった。
そのため、観客の不満を感じとってしまったのだろう。
「「物足りない」だって……?こんないい歌声なのに?」
「うん……なんか、呆れてるような人もいる……」
俺は、再びウィルを見る。
やはり、物足りないと言われる理由が分からない。
だが、隣にいたナヴィは原因に気づいたようだ。
「……!ケイン、原因が分かったわ」
「原因……それは?」
「魔力よ。ウィルの歌には、魔力が込められてないの」
「魔力……?なんでそれがないといけないんだ?歌うだけなら必要なんて……」
「人魚の歌は〝魅惑の歌〟とも呼ばれていてね、魅了に近い魔力が込められているの。それはどの人魚にも共通で、無意識に込められるものなの」
「無意識に?」
「えぇ。人魚の中には意識して魔力を込めずに歌う者もいるんだけど、その歌は魔力が込められていないただの〝歌〟。〝魅惑の歌〟を一度聞いたことのある者からすれば、物足りないと感じるのは間違いないわ」
「それじゃあウィルは、魔力を込めずに歌っているってこと?」
「半分正解で半分間違いね。あの子は全力で歌っているわ」
「全力で歌って……あ!」
レイラが声をあげる。俺もすでに答えは出ていた。
ウィルは人魚である。そして、人魚の歌には魅惑する力がある。
人魚は意識して魅惑を無くした歌を歌えるが、物足りないと感じ取られる。
だが、ウィルは本気で……なにも抑えたりせずに歌っている。
それが意味するのは…
「ウィルは魅惑の歌を歌えないってことか……?」
「詳しいことは分からないけど、少なくともあの子は歌に魔力を込められない。もしかしたら、事情があって魔力を込めないようにしている、って可能性もあるわね」
「でも、それってどっちにしても……」
「えぇ。観客達には響かない。それどころか、逆に……」
俺は、改めてウィルを見た。
自分の歌に、魔力が込められていない事を知りながら、なおも全力で歌っている。
たとえ魅惑の歌じゃなくても、自分の歌が価値ある物だと信じて。
その姿に、俺は……
*
「……」
「ウィル……」
「なんで……なんでなんでなんで!」
「あぅっ……」
「頑張ったのに……!努力したのに……!」
コンサートの結果、ウィルは最下位だった。
ウィルは人魚でありながら、生まれつき〝魅惑の歌〟が歌えなかった。
いくら魔力を込めようとしても、いくら練習しても、魅惑の歌が歌えるようになる気配は無かった。
そのため、他の人魚達はおろか、家族さえも私を遠ざけていた。
それでもウィルは歌った。歌うことが好きだから。
誰よりも努力して、笑われながらも耐え抜いて。
それなのに、
「「君の歌は魅力が無い」だなんて……!そんなのっ、そんなのっ……!」
「……」
「そうですわ……私は、魅惑の歌なんて歌うことができないですわ……!」
「……」
「でもっ!それでも、歌うのが好きだから歌ってるのに……なのに……!」
「ウィル……」
ウィルの口から、言葉が溢れ出る。どれだけ言っても納まらない。
この一日で、ウィルの全てを否定されたようなものだから。
「……ねぇビシャヌ。私の人生、意味なんて無かったんですの……?」
「それは……」
ウィルは、自身の歌を唯一誉めてくれた友達に問いかける。しかし、彼女はなにも答えない。
いや、答えられないんだろう。ウィルのした質問は、そういうものだから。
「貴女も、本当は私の歌を笑いたくて仕方がないのかもしれませんわね……!」
「ちがっ」
「じゃあ!どうして誰も私を見てくれないんですの!どうして誰も……誰も私を認めてくれないんですの!」
「……」
「私は、魅惑の歌が歌えない人魚ですわ!それでも……それでもっ……!」
ウィルは今、自分の表情がわからなかった。ビシャヌの表情すら、まともに見られず、言葉もろくに紡げない。
ウィルの心は、こらえてきた言葉で、認めたくなかった言葉で侵食される。
「私の歌は、誰にも届かないんですの……?私の歌に、価値なんてないんですの……?」
「ウィル……!」
「そんなことはない!」
ウィルとビシャヌ以外の声が、ウィルの問いに答える。
ウィルは、顔をあげる。
その顔を、ウィルは涙でハッキリと見ることはできなかった。だが、そこにいるのが誰なのか、ウィルは分かっていた。
ウィルの目の前に、昼間ぶつかったケインが立っていた。




