48 ウィルとビシャヌ
よく親は「人通りの多い場所で走らない」と子に諭す。
それは、急に横から出てくる人や物にぶつかって怪我をしたり、事故を起こしたりするのを防ぐ為だ。
だが、それは相手も同じ。
相手も気を付けていないと、結局怪我や事故に繋がる。
なぜそんな話をするのか。
それは、現在進行形で目の前に女子が走って来た訳で…
「「あぐっ!?」」
俺と少女は激突した。
お互いに反動で進んでいた道とは逆の方に弾かれる。
少女の方は走っていたので、俺より弾かれ、地面に倒れこんだ。
「いったた……いきなり飛び出してくるなんてあり得ませんわ!」
「いやいや、お前が飛び出してきたんじゃないか……」
「なんですの!?なにか文句でもっ……!?」
「あー、頭打ったかもしれないのに大声だすから……ほら、立てるか?」
「助けなんかっ、必要ないっ、ですわ……!」
立つのを補助しようと手を差し出したが払われ、少女は自力で立ち上がる。
まぁ、まだふらふらとしているのだが。
むしろ寝ていた方が良いのでは……と心配していると、遅れて別の少女がやって来る。
「はぁ……はぁ……ご、ごめんなさい!ウィルが急いだばっかりに……」
「ちょっ、ビシャヌ!なんで貴方が謝ってるんですの!悪いのは……」
「今回悪いのはどう考えてもウィルです!ちゃんと謝ってください!」
「なっ、なんでですの!?私は走っただけな」
「ウ ィ ル ?」
「わ、分かりましたわよ……ぶつかって悪かったですわ!それじゃ!」
「あっ、ちょっと!ウィル!」
そう言うと、ぶつかってきた少女は駆け足で奥へと行ってしまった。
その場に俺達と、遅れてきた少女が残された。
「えーっと……」
「もぅ……本っ当に申し訳ありませんでした……」
「ま、まぁ、飛び出してくるなんて思っていなかったこちらにも非はあるから……えっと……」
「あ、私はビシャヌです。で、さっきの子は私の友達のウィルです」
「それで、どうしてあの子はあんなに急いでるわけ?」
「はい……皆さんはこのあとコンサートがあるのはご存知ですか?」
「あぁ知ってる……もしかして」
「はい。ウィルはそのコンサートの参加者、それも歌う側です」
なるほど、だから急いでいたのか。
「ウィルにとって歌うことは、自分を認めてもらうための、唯一の方法なんです。だからあんなに焦って……」
「……認めてもらう?」
「あっ、そろそろ行きます!それではまた!」
「あっ」
「行っ、ちゃった、ね」
「あぁ……」
「にしても、あの子が言った言葉って……」
『自分を認めてもらうための、唯一の方法なんです』
「あのウィルって子、色々事情がありそうね……」
「そうだな……でも、俺達が詮索する意味はない。むしろ、彼女に悪いことを思い出させるかもしれない」
「そうだね……じゃあ、ほっとくのが一番かな?」
「仕方ないだろう。」
わざわざ掘り返すのは得策ではないし、踏み込むのもどうかと思う。
だから、そっとしておこう。
……だが、気にならない訳ではない。ウィルという少女は、自分を認めてもらう為に歌っている。
だが、「どうして自分を認めさせよう」としているのか。それが分からず、俺の心につっかえていた。
*
「いやぁ~良い場所取れたねぇ~」
「あぁ、なんとかな」
「にしても、皆上手ね。甲乙つけがたいわ」
「それでも、決めなきゃいけないとか酷だよなぁ……」
「そう、だね」
俺達はステージの近くで、一番歌を聞きやすい位置にある宿を取ることができた。ちなみにわりと空いていた。
理由はまぁ……宿泊費が高かったり、今日に限っては眠りにくかったりするからだろう。
俺達は窓からステージを覗いている。
今歌っているのは、どこかの大陸で歌いながら放浪している詩人家らしい。
力強い歌声で、聞く人全てを元気にしてくれそうだ。
今、その人の歌が終わった。観客席、さらにその他から拍手が降り注ぐ。
俺達も、軽く手を叩く。
「いやぁ~今の人凄かったね!」
「なんというか……元気になる感じがしたわ」
「……ちょっと、うるさかったけど」
「あぁ、メリアはそうだよね」
『次に歌っていただきますのは、マリンズピアからお越しのウィルさんです!どうぞ!』
「あっ、ウィルってさっきの子よね?」
「あぁ」
ここからでも、その容姿は目に写る。
青く煌めく長い髪。昼間に会った時とは違う、ステージ用の衣装。
そしてウィルの横には…浅めの水槽。
どうして水槽があるのかと俺が疑問に思っていると、ウィルがその水槽に体を入れる。
深さは大体膝くらいだろうか。暫くすると、ウィルがその姿を変える。
その姿を見て、会場が少しどよめく。
「なっ……!?」
「ねぇケイン、あの姿って……」
「あぁ、誰が何と言おうと人魚だな……」
「えっ、それじゃあ、あの子の正体って人魚ってこと!?」
「そうなるわね……」
足だった部分は、青白く輝く鱗を纏った、長細い胴へと変わっている。
それはまさに、俺達がよく知る人魚の姿であった。
「でもさ、私達が会った時って人間の体をしていたよね?あれは?」
「あれは〝人化〟。亜人や高位種のモンスターの中には人の姿になれる種もあるの。人魚もその一つね」
「ナヴィ、物知りだね」
「私は吸血鬼よ?同じ亜人のことくらい知ってるわ。……まぁ、全て知ってる訳じゃないけどね?」
「……っと、始まるみたいだぞ」
話しているうちに、準備が整ったようだ。優しい感じのメロディが流れ始める。
先ほどまでかなりの高レベルな歌い手達がいた。
はたして、それに打ち勝てるのだろうか……そんな心配を他所に、少女が歌いだす。
「~♪」
その歌声を聞いた瞬間、俺は心を捕まれたような感覚を覚えた。




