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408 狐火は面影を見る ①

 ゲーズヴァル家という貴族について、ガルヴァナは、デュートライゼルに生まれた大きな汚点であると考えていた。

 両親は、滅多に表立って動かず、笑顔を浮かべているだけのくせに、裏では酷く悪どいことを考え、実行している。

 弟は、そんな両親の悪いところだけを学習し、自身が絶対であると勘違いを起こしている。

 ゲーズヴァル家に仕える騎士や従者たちも、似たような野心を抱えた者ばかりだった。


 そんな家の中で、至って普通の思考を持って生まれたガルヴァナという存在は、異端そのものであった。


 両親の教えに真っ向から嫌悪感を抱き、弟が酷くなっていくさまを見て、抱いていたハズの姉としての気持ちも無くなっていた。

 日を追うごとに腐っていくそれを見ていられず、正そうとしたこともあったが、まだ幼かったガルヴァナには、どうすることもできなかった。

 だから、ガルヴァナは七歳にして、猫を被るようになった。表向きは大人しくなり、家族の悪行を見てみぬふりをするようになった。

 日に日に増していく嫌悪感。それを必死になって押し殺し、絶縁し、自立するための準備を整えていった。

 そして、成人を前にして、ガルヴァナは絶交を言い渡し、家を、デュートライゼルを飛び出して行ったのだった。


 最初は、苦労ばかりの連続だった。


 どれだけ腐敗していても、ゲーズヴァルは貴族の家系。なんの助けも得られず、誰にも証明できるものがなく、たった一人で生きていかなければならないという現実に、ガルヴァナは何度か折れそうになった。

 だが、その度に、ガルヴァナの脳裏に浮かび上がり、蝕もうとしてきた。

 他人を見下し、他人を貪り、自分たちだけが裕福になろうとしている元家族……いや、下衆の姿が。


 ガルヴァナは、必死になって生きた。

 泥まみれになりながら、汗まみれになりながら、びしょ濡れになりながら、血まみれになりながら。

 元貴族だとは思われないほど、必死に。


 そんなある日、ガルヴァナは出会った。同じような境遇に追われ、同じように逃げてきたジルスと。

 二人が意気投合するのに、そう時間は必要なかった。二人が共に行動するようになるのも。


 そうして何年も共に生きてきた数ヵ月前。ガルヴァナの耳に、その報せが届いた。


 ―デュートライゼル、崩壊。生存者、不明―


 ガルヴァナは、一瞬頭の中が真っ白になった。

 下衆たちのことなどどうでも良かった。むしろ死んでろ、なんて思ってしまっていた。

 だが、生まれ故郷であるデュートライゼルが崩壊したという報せは、ガルヴァナにとてつもない悲しみを与えることとなった。


 謎の声によって生まれたダンジョンに潜ることを決めたのも、デュートライゼルを滅ぼしたとされる元凶に、ケジメをつけさせるためであった。

 だが、ダンジョンを進んだ先で待っていたのは――



「その()は、遠く遠く離れた、私にとっての因縁だ」



 *



「「はぁ……ッ、はぁ……ッ!」」

「――花火」

「「――ッ!」」



 ガルヴァナとジルスは、一人の少女によって、執拗的に追い詰められていた。

 その原因は、ガルヴァナが捨てた旧姓、ゲーズヴァル。それだけで、ガルヴァナは酷く苦しい表情を浮かべていた。


(ゲーズヴァル……どうして私は、あんな家なんかに……ッ!)


 縁を切ったのに、関わりたくもなかったのに、ただその家に生まれたというだけで、ゲーズヴァルの名はガルヴァナの足を掴み、逃がすまいと引っ張ってくる。

 その現実が、ガルヴァナはとてつもなく嫌だった。

 そしてそれは、長年付き添ってきたジルスにも伝わってきていた。


 *


 ジルス自身は、ガルヴァナのように、幼い頃から家に対しての嫌悪感があったわけではない。むしろ、成人する前までは良好な仲だったと言える。

 だが、ジルスが成人して間もなくして、彼の両親はとんでもない数の見合い話を持ってきたのだ。

 見合い話を持ってくること自体はまだ許容できたジルスだったが、問題はその相手。

 同年代や近しい年頃の女性は全くと言っていいほどおらず、明らかに歳を取った女性が大半を占めており、中には高齢なんてレベルじゃない女性までいたのだ。

 当然、ジルスは両親を問い詰めた。だが、両親は「それがなにか?」という態度を変えることはなく、次から次へと見合い話を持ってきたのだ。

 ジルスは何か裏があるのではと思い、自身と相手の家、その両方を調べ上げた。これで何か出てくれば……そう思っていたものの、結果は白。自身の家が借金をしているわけでも、相手の家から何かされているわけでもなかったのだ。


 そこに、なんの恐怖も抱かないというのは、無理な話だった。

 ジルスは即座に家を飛び出し、逃げて逃げて逃げ続けた。好きだったハズの家族が、今やおぞましいモノに見えて仕方がなかった。

 勿論、その道中は楽なものではなかった。日銭を稼ぐために冒険者になるも、最初から上手くいくはずもなく。冒険者としてなんとか様になるのに、一年近くかかってしまった。

 そうした中で、ガルヴァナと出会えたのは、ジルスにとって運命だったのだろう。


 ジルスは、自らを恥じた。

 ガルヴァナに会うまでは、自分が最も酷い人生を過ごしてきたのでは……なんて思っていたが、ガルヴァナの人生の方が、遥かに酷いものだった。

 幼少期から、何もかもに嫌悪感を抱き続け、それを成人する直前まで耐え続ける。ジルスに、それが出来ただろうか?

 ジルスの中に、ガルヴァナに対する尊敬と、幸せにしてあげたいと願う気持ちが生まれたのは、この時だったのだろう。


 二人は、共に行動するようになった。

 最初はぎこちないものであったが、徐々に息が合うようになり、めきめきと成長していくことが出来た。


 だがそれでも―過去というものは、いつまでもその人の足を縛り、引っ張り続けるものだった。

 そしてそこに、部外者であるジルスは、強く踏み込むことができなかった。

 昔も、そして今も―


 *



「――花火」

「「ガハッ……!?」」



 また一人、また一人と、少女が放つ炎によって倒れていく。二人よりも強そうな冒険者も、勇敢な騎士も、呆気なくやられていく。

 少女の目的はガルヴァナ。それは間違いない。だが、少女はどういうわけか、二人以外の人物から先に倒していっていた。



「さて……これでようやく落ち着けるかな」



 そう言って、少女は二人の方に身体を向ける。少女と二人の周囲には、少女によって倒された冒険者たちが横たわっていた。

 中には意識を保っている者も居たが、すぐには戦えない状態であり、実質戦えるのは、二人だけであった。



「……ガルヴァナ。僕の後ろに」

「っ!?駄目よ!あれの狙いは―」

「分かってる。だから、僕が守らなきゃいけないんだ……っ!」

「ジルス……」

「うーん……目の前でイチャイチャされるの、なんか癪に触るわね……ってことで、えい」

「「――ッ!?」」



 少女が小さな火の粉を、二人に向けて飛ばす。その火の粉は、二人の近くまで飛ぶと、そのまま爆発した。

 威力こそ、先ほどまでの攻撃に比べれば低かったものの、それでも強力な熱波を放ち、二人の体勢を意図も容易く崩した。



「全く……私だってそういうのに憧れないわけじゃあ無いけれど、空気くらい読んで欲しいわ」

「くっ……何を言っ――て!?」

「ジルス!?」

「安心しなさい。私、物理的な攻撃は苦手な方だから」



 一瞬のうちにジルスの側まで移動し、腹部に一撃を叩き込んで起きながら何を言っているんだ、とガルヴァナは思った。

 だが、少女の言う通り、威力は殆ど無いのか、ジルスは吹っ飛ばされたり、意識を飛ばしたりすることは無く、腹部を抑え、その場で片膝を付く程度で済んでいた。



「かはっ……お前、何が狙いなんだ……!?ガルヴァナの事を、目の敵みたいに言うわりに、ガルヴァナのことは狙わないなんて、一体――」

「それは、彼女の方が分かっていると思うんだけれど……ねぇ?」

「な……そ、そんなこと、急に言われましても……」

「……ん?もしかして……一つ聞きたいのだけれど、デュートライゼルでの事、()()まで知ってるのかしら?」



 少女はトンッ、と一歩前に出ると、ガルヴァナを覗き込むかのような姿勢で、ガルヴァナに問う。

 見た目は、成人していない少女だと言うのに、口調はまるで大人のよう。そして、合ってしまった瞳から、底知れない〝凄み〟を、ガルヴァナは感じ取った。



「し、知ってるも何も、貴女たちがメドゥーサを連れてきたんでしょう!?それで、デュートライゼルを――」

「あぁーなるほど。あー……その可能性を追えて無かったなぁ……」



 少女はガルヴァナの元から一歩引くと、天を仰ぐようにして頭を抱えると、すたすたと二人の元から離れていく。

 その背中は無防備で、今すぐにでも攻撃を仕掛ければ倒せてしまえそうなほどに油断している。

 が、二人は動かない。あの少女がそう易々と油断するとは思えなかったのもあったが、それ以上に、自分たちの知らない何かを知っている素振りを見せたことが、何よりも気になってしまったからだ。

 そして、少女はくるりと向きを変え、再び二人と正面から向き合った。



「さて、と……貴女、名前は?」

「え、な、名前……?が、ガルヴァナですけれど……」

「そう、じゃあガルヴァナ。貴女は、〝どこ〟まで知りたい?」

「どこ、まで……?」



 その言葉に、ガルヴァナは、先ほどまで僅かながらあった、真実への興味が消え失せ、背筋が凍るような恐怖を感じた。

 知ってはならない。知れば元には戻れない。そんな恐怖が、そのたった一言に込められていた。

 それでもガルヴァナは、前に進むことを選んだ。



「……そんなの、全部に、決まってますわ……!そうでなれけば、私が、ここにきた意味がありませんもの……っ!」

「……僕もだ。僕も、全部知りたい。そうでなきゃ、彼女の隣になんて居られないから……!」

「ジルス……」

「……君は?」

「ジルス。彼女の仲間で―恋人だ」

「そう……じゃあガルヴァナ、ジルス、それと――後ろで、寝たふりをして期を伺ってる人たち」

『……っ!?』



 少女が後ろを振り返ることもなく告げた言葉に、少女の言うとおり、倒れたふりをしてチャンスを待っていた冒険者たちの身体が、僅かに反応を見せる。

 そして、取り繕うのを諦めて起き上がり、壁にもたれる者もいれば、変わらず横になったままの者もいた。



「教えてあげるわ。あの日の出来事を。あの日、あの国で、何があったのかを」

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