407 その糸に導かれ ③
呪い人形が浮かべた、不気味な笑顔。
炎に焼かれているのに、何故そんな顔ができるのか。明らかに効いているハズなのに、どうして笑っていられるのか。
ミブナが、そんな疑問を浮かべるよりも先に、人形は両腕を勢いよく振るう。それによって発生した暴風が、人形を中心にして放たれ―無傷の人形が、その姿を現した。
「……は?」
ミブナは、思わずそんな声を洩らした。
炎が当たらなかった訳ではない。何かを間違えた訳でもない。仮に、彼らの火力が、人形を焼き尽くすには足りなかったとしても、無傷なのはあり得ない。
そもそも、明らかに効いていたというのに何故―そう考えた時、ミブナはそれに気がついた。
人形が炎をかき消した際、その炎が地面に飛び散り、この暗い森の中で、光源となって周囲を照らしていた。そのおかげで、これまで暗くて見えていなかった人形の姿が、はっきりと見えるようになっていたのだ。
人形の身体は、最初に近くで見えたとおりツギハギだらけで、原型こそ留めているものの、そこに面影らしきものは感じられない。
そんな、幾つもの皮や毛皮で型どられた人形の身体の中の一つに、ミブナは覚えがあった。
(あれは確か、炎に強い耐性を持つモンスターの毛皮……まさか!?)
そこで、ミブナは最悪の想像をしてしまった。もしそれが本当なのだとしたら、ミブナは今度こそ、打つ手が無くなってしまう。
だが、そうでも無ければ、目の前の事象に説明がつかなくなってしまうのだ。
(まさかコイツ、モンスターの特性ごと取り込んで、自身の一部としたのか……!?)
少なくとも、ミブナはそのような特性を持つモンスターのことなど、聞いたこともない。
仮に、人形が取り込んだ毛皮の持ち主が、ミブナの想像しているモンスターのものだとすれば、炎への耐性はその毛皮の部分のみしか持たないハズ。
だが、目の前の人形は、明らかに炎への耐性を持っている。1ヵ所だけではなく、全身に。
鱗の付いた皮などはともかく、他の毛皮も多少焦げついていたりはするが、被害はその程度。
耐性を持っていなければ起こり得ない状態が、人形の全身に見られたのだ。そんなことは、本来あり得ないというのに。
「―――」
「っ、しまっ――が……ッ!?」
あまりの衝撃に、思考が戦闘から逸れてしまっていたミブナ。そこに付け入るように、人形は一気に駆け寄ると、無防備に近いミブナに向かって、その爪を突き立てた。
ミブナもギリギリのところでそれに気付き、なんとか剣での防御を試みるも間に合わず。剣のおかげで、致命傷こそ避けたものの、腹部と肩に、深く爪が突き刺さってしまった。
ミブナの身体に、久方ぶりの激痛が走る。暫く忘れていたその痛みに、ミブナの視界が一気に歪んでいく。
そして、そんなミブナに爪を突き刺した人形は、まるで鬱陶しいと言わんばかりにそのまま腕を外側に向かって強く振るい、ミブナを近くに立っていた樹木に、おもいっきり叩きつけるように放り投げた。
「かはっ――」
不意の激痛、出血過多に加え、視界も歪んでいたところに強い衝撃を受けたことで、ミブナの意識が一瞬、完全に飛ぶ。
手に力も入らなくなり、地面に倒れると同時に、剣も手放してしまった。
だがそれでも、ミブナは立ち上がろうとした。
それが、無意識によるものか、意地によるものか、はたまたそれ以外によるものか。それは定かではなかったものの、ミブナは立ち上がり、戦おうとしていた。
しかし、ミブナは立ち上がることができなかった。
「させぬぞ」
「――ッ!」
ミブナが立ち上がるよりも先に、ベイシアの糸が、ミブナの四肢をガッチリと縛り上げる。
それにより、手足を完全に塞がれたミブナは立ち上がることが出来ず、再び地面に転がることになった。
「……本当ならば、妾をこうしたお礼をたっぷりとしてやりたい所じゃが……まぁ、こやつの乱入で命を拾ったということもあるしの」
そう言うとベイシアは、ミブナを糸で吊り上げ、その身体を糸でさらに巻き上げていく。その際、人形によって深い傷を負った肩と腹部を、念入りに強く巻き付けた。
「それに、ご主人からの〝お願い〟のこともあるからの。これで我慢してやるのじゃ。だから――精々歯ァ、食いしばるんじゃよ?冒険者」
「――ガッ!?」
完全に糸に巻かれ、昆虫の繭のようになったミブナの顔面を、ベイシアは思いっきり殴った。
元より意識が朦朧としていたミブナは、その一撃によって、今度こそ、完全に意識を失った。
「はぁ……まさか、あのような実力者までおったとは……さて」
ベイシアは、身体の向きを変え、冒険者たちの方へと視線を向ける。そこには、頼みの綱であったミブナが完全に倒され、絶望の表情を浮かべる冒険者たちの姿があった。
(また同士討ちをさせるのも良いが……まぁ良いじゃろう。問題は……)
ベイシアは、隣に立つ呪い人形を見上げる。
だが、表情のない人形を見たところで、何かが分かるわけでもなかった。
(はぁ……生きるためとはいえ、妾はなんという面倒ごとを……まぁよい。最悪、妾の命で許しを乞うとしよう)
勝利のために手を借りた存在。その目的が誰なのかを理解してしまっているが故に、無事に乗り切れた後のことを思い、ベイシアは、強いため息を吐くことしか出来なかった。
哀れな傀儡≪マリオネット≫
ベイシアの従魔スキル。
対象に特殊な〝糸〟を巻き付け、意のままに操ることができる。操る精度は、巻き付ける糸の数に比例する。
最大で10人まで同時に操作が可能。ただし、前述のとおり、精度が格段に落ちてしまうため注意が必要となる。




